「!」


 呪術司室の扉を開けたケンミンを襲ったのはケイホウだった。予想外の敵に二人は反撃もないまま捕らわれる。


「東の呪術師。お前が俺を探ろうとしているのは知っている。そのまま利用しようかと思ったんだが、下手に動いてもらうと面倒だからな」

「?!」


 二人はコンの言葉が理解できなかった。しかし、そのしばらくして甘い香りが漂ってきて何をされようとしているかわかった。

紺と闇の呪術師達は煙を吸わないように布で口元を覆っている。


「くそっつ。将軍と同じ事をするつもりか!」

「ふふ。そうだよ。あたいと楽しもうじゃない」

「そんなことさせない!」


 恋人の顔に気安く触れる桂を明が睨みつける。


「威勢がいいねぇえ。お嬢さん。お前の相手は俺がするぜ」


 呆が明の顔をなでる。


「猿男!触るな!」


 それを見て賢が怒りの声を上げ体を動かそうとする。しかし、桂達に縛られ、二人は身動きが取れなかった。そして闇の呪術師に対しての怒りも甘い香りによって徐々に薄れていくのがわかった。頭がぼうっとして、意識が遠のいていく。


「いいな。お前たちは新しい帝を守る呪術師なのだ。わかったな」


 紺の言葉が二人の意識を支配していく。 

半刻ほどして、香りが部屋から消えたとき、そこにいたのは紺に仕える忠実な呪術師と化した二人だった。


*


「さて、草くん。私を元に戻してくれるよね?」


 ランは目を赤くはらし、すこし照れた様子の少年にそう言った。


 泣くだけ泣いてソウ落ちつきを取り戻した。そして一行は帝の救出に向かうことを決めた。藍は女性らしい体つきのレイの体は戦闘には向かないし、呪いをかけた本人がいるのだからと、とりあえず先に元の姿に戻して貰おうと草に申し出た。


「草。もし麗の姿が恋しかったら元に戻さなくてもいいよ」

テン様?!」


 思わぬ師の言葉に藍が驚いた声を出す。


「典さん!そんなわけないです」


 草は真っ赤になりながら否定する。先ほど藍に抱きしめられ、母を思い出し安らぎを覚えたが、母がすでにこの世にいないことは承知しており、藍に対しても多少の罪悪感も芽生え始めていた。


「じゃあ、呪いを解いてくれるんだね?」

「はい、もちろんです。リン様、力を貸してくれますか?」

「ああ、もちろんだ」


 そうして藍の呪いを解く作業は始まった。

 まず、四方にそれぞれの方角を書いた石を置く。 

 北と南、東と西を線で結び、できた点の場所に藍を立たせる。


「草、心を落ち着かせるんだ」


 弟子にそう言い聞かせ、凜はその肩に手を置く。そして空いた手の平を藍に向ける。


(大丈夫かな)


 藍はふいに不安になった。しかし表情を変えないように凜と草を見る。典は南の呪術師とその弟子から少し離れた場所にいた。

 

(死んだりしないよね?)


 藍は凛の冷たい青い瞳を見つめる。深海のような青さで感情が読み取れない色だった。


(そういえば、この人、氷の呪術師とも呼ばれてるんだっけ)

 

 その瞳の冷たさを見て、藍はそんなことを思い出す。


(ああ、どうか、成功しますように)


 藍は目を閉じた。


「草、お前も目を閉じるんだ。母親の姿を思い出せ」


 藍の耳に南の呪術師の言葉が届く。

 次の瞬間、光に包まれたのがわかった。

 それは数日前に典から元に戻るためと呪いをかけられたときと同じ感触だった。


(ああ、でもこっちのほうがなんか暖かい)


 しばらくして光が止むのがわかる。

 藍は恐る恐る目を開けた。

 胸のふくらみが小さくなっていた。

 銀色の髪の毛が見えなかった。


 藍はどきどきして、師の顔を見る。

 すると典はふわりと優しい笑みを浮かべた。


「おかえり。藍」


 師の言葉に藍は思わず嬉しくなる。そして気がつくと走り出し、その胸に飛び込んでいた。


「藍?!」


 自分に抱きつく弟子に典はぎょっと体を強張らせる。しかし、その苦労をいたわり、そっと抱き返した。

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