第750話 帰家穏座

 4人が生まれたことで、1番喜んだのは、与免よめであった。

「えへへへへ♡」

 お抱えの絵師が描いた4人の赤ちゃんの浮世絵を嬉しそうに見上げている。

「上機嫌だな?」

「うん。うれしいから」

 与免は両手を伸ばし、抱っこをせがむ。

「甘えん坊だな」

 苦笑しつつ、大河は与免を抱っこする。

「だって、さなださま、赤ちゃんをゆーせんするでしょ?」

「隔離期間が済めばな」

「だから、それまでいっぱい甘えるの♡」

 与免に頬ずりされる。

 言い分は分かるものの、大河としては、別に積極的に人によっては、態度を変える気は更々無い。

「ありがとう。でも、俺にだけ甘えたら、お市が嫉妬するかもよ?」

「それは駄目」

 焦った顔で、与免はお市を探す。

 日頃から面倒をみてもらっている以上、嫌われたくないのだ。

「お市さまは?」

「確か豪とお風呂入っているんじゃないかな?」

「おふろ!」

 叫んだ後、与免は飛び降りて大浴場に駆け出す。

 豪姫にお市を独占されたくない、という意識が働いての暴走だろう。

「元気なこった」

「若殿の所為せいです」

「そーです」

「うん?」

 見下ろすと、与祢と伊万がそれぞれ右足、左足に某ぬいぐるみのように抱き着いていた。

「歩けないんだけど?」

「「失礼しました」」

 2人は離れるも、真横にぴったり張り付く。

「おいおい、業務は?」

「これが業務です」

「奥方様より、若殿のお世話をするよう、ご指示されました」

 2人は本来、大河付きの侍女なのだが、誾千代たちが妊娠して以降は、4人に付くことが多くなった。

 出産後、誾千代たちの意向もあり、侍女は削減傾向にある。

 再配置により、2人が大河専属に復帰するのは当然の人事異動だ。

「分かったよ」

 大河は2人と手を繋ぐ。

「若殿、気持ちは嬉しいんですが」

「業務に支障が出ます」

 困惑する2人に対し、大河は笑顔で続ける。

「いいから」

 そして、握力を強くする。

「じゃあ、与祢には肩を揉んでもらおうかな」

「はい!」

 勢いよく与祢は、返事した。

 一方、伊万は、不安げだ。

「若殿、私は?」

 名指しされていない分、暇になるのが怖いのだろう。

「伊万には、爪切りを頼みたい」

「! 爪切り、ですか?」

 重要な業務に伊万の顔が引きる。

 爪切りは意外と神経を使う。

 深爪だと感染症に繋がりやすく、何より刃物なので、万が一のことがあれば、今後、閑職かんしょくに追いやられる可能性も否定出来ない。

 だが、態々わざわざ難しい仕事を任せるのは、逆に期待の表れでもある。

「努力します」

「その意気だ」

「はい♡」

 大河に頭を撫でられ、伊万は微笑むのであった。


 基本的に大河は、散髪も爪切りも自分でするのだが、昇進していくにつれて、侍女が出来、彼女たちがするようになった。

「……若殿、どうですか?」

「ああ、上手いよ」

「肩もみの位置は誰にも譲りませんから」

 与祢は、強弱をつけて肩揉みを続ける。

 一方、爪切りの方は、

「……」

 伊万が真剣な表情で行っていた。

 爪切りで行う上で大切なことは、白い部分———爪半月そうはんげつを少し残すことだ。

 それ以上、切ると深爪となり、危険である。

「……出来ました」

「おお、お疲れ様」

 少し凸凹でこぼこ感は否めないが、初心者にしては頑張った方だろう。

「……あんまり綺麗じゃないですね」

 教科書と見比べて、伊万はしょんぼり。

 完璧主義者なのか、あんまり納得していないようだ。

「良いよ。これでも綺麗だから」

「……若殿」

 与祢が溜息を吐いた。

「お優しいのは分かりますが、それだと人材は育ちませんよ? 時には厳しく接して頂きたいです」

「あー……」

 叱り慣れていない為、大河は戸惑う。

 与祢の言い分は分かるものの、基本的に褒めて伸ばす性分の大河には、叱るのはある種、苦行だ。

「……そうだな。でも、余程悪質じゃない限り怒らんから」

「全く。若殿はそう言う所が家臣を増長させる遠因で―――」

 与祢の説教が始まり、大河は伊万を抱っこしつつ、苦笑いで傾聴の姿勢に入るのであった。

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