第729話 切歯扼腕

 スーツは目立つ為、大河は、基本的に城内外ではかみしもなのだが、何分、和服は着るのに時間がかかる。

 その為、予定が何も無い時には基本的にジャージなど、すんなり着れる物を好んでいる。

 姫路殿にもたれ掛かったジャージ姿の大河は、甲斐姫と井伊直虎から抱き締められつつ、左右に与祢と伊万を侍らせていた。

「あの、若殿……業務が出来ないんですが?」

「与祢、主人を癒すのも業務だよ」

 生真面目な与祢の頭を撫でつつ、大河は微笑む。

 反対側の伊万は、飴を差し出す。

「若殿、どうぞ」

「ありがとう。伊万も食べていいからね?」

「はい♡」

 高級なお菓子を頬張る。

 これは、仕事の付き合いで大河宛てに贈られてくるものだ。

 それを食べれるのは、役得である。

「私にも下さいな」

「はい。姫子様」

 姫路殿にも飴を渡す。

 大河の暗殺を謀った姫路殿は、彼を慕う女官から大層評判が悪い。

 が、大河が守っている為、嫌がらせに遭うことはほぼ無い。

い、雨はいつまで続く?」

「予報では、1刻(現・2時間)後だそうです。ただ、あくまでも予報なので―――」

「分かってるよ」

 甲斐姫に接吻し、態度で謝意を示す。

 天気というのは、ゲリラ豪雨などがあるように予報でも的中出来ないことが多いものだ。

 しかし、そんな当たり前が通じない場合もある。

 東欧に位置するハンガリーのその例だ。

 2022年8月22日、改革相が気象局の局長と副局長を「天気予報が外れた」との理由で解任した(*1)。

 政府が天気予報に介入するのは、同年8月20日に予定されていた4万発もの花火が放たれる国家的行事が原因だ(*1)。

 例年最大240万人が鑑賞されることもあって、政府は準備していたのだが、異常気象警報を理由に開催7時間前に行事を1週間後に延期することを発表した(*1)。

 だが予報は外れ、暴風雨は首都を襲わなかった(*1)。

 翌日、気象局はSNSで謝罪し、火消しに走るも結局担当者は解任されたという訳である(*1)。

 流石に大河は、天気程度で怒ることは無いが、一応は権力者なので甲斐姫もそこは怖がっているのだろう。

「雨が続くと、遠足も難しいな」

 直虎が口を開く。

「遠足、どうしましょうか?」

「子供達に悪いが、延期だろうな」

「中止は無い?」

「思い出は出来る限り、作らせてあげたいからね」

 大河の言葉を受けて、傍に控えていた珠がお辞儀後、出ていく。

 国立校の方針に口を出さないが、今回ばかり介入するのは今後の為である。

 雨を理由に遠足が中止になれば前例として残り、今後、同様の事案が起きれば中止が続く筈だ。

 そうなると、年によっては遠足を経験出来ない子供が出てきて、教育格差が生まれる。

「若殿は慈悲深いかたですね?」

「そんなんじゃないよ。子供が第一だから」

 謙遜けんそんすると、直虎の髪を撫でる。

「ああ、それと。直虎」

「はい?」

「鶫が休職中の間、直虎が代理だから」

「!」

 まさかのことに直虎は、目をむく。

「正式に決まったんですか?」

「そうだよ。アプトと相談して決めたんだ」

「楠様や可いが妥当では?」

「それも考えたけど、楠はくノ一だし、可いは戦の経験が無いだろ? その点、君は経験者だ」

「はい」

「そういった理由だよ」

「私、選ばれたかったです……」

 甲斐姫は項垂れる。

 病気療養休暇の鶫の代替要員とはいえ、用心棒の班に配属されるのは、大出世だ。

「済まんな」

 甲斐姫の額に接吻し、なだめる。

「若殿~」

 その時、稲姫がズカズカと入ってきた。

 そして、大河の首横に薙刀なぎなたを突き刺す。

 数mmずれていたら、死んでいた所だ。

 唐突なことに武勇に秀でた甲斐姫、直虎のコンビは動くに動けない。

「「……」」

 稲姫は2人を一瞥いちべつ後、大河を睨んだ。

「何故、私は候補にすら上がらなかったんです?」

 本多忠勝の娘である稲姫は、史実の関ヶ原合戦中、その名声を届かせた女丈夫じょじょうふである。

 夫・真田信之は東軍に、義父・昌幸、義弟・幸村が西軍についたのだが、その義父と義弟が上田城に入る際、その計略を見抜き、開門を拒否(*2)(*3)。

 見事、上田城を守り抜いた(*2)(*3)。

 徳川氏側の資料では開門し、丁重に歓待したもの、家臣に襲撃対策を指示し、それを見た昌幸は敵ながら激賞したという(*4)。

 資料によっては差があるが、上田城を守り抜いた功績は変わらない為、男社会な武士の世界でも活躍した女傑であることは変わらない。

「千の専属を採用するのは、流石に重労働かと」

「私がそんな腰抜けに見えますか?」

 自尊心が傷つけられた稲姫は、怒り心頭だ。

 本多忠勝の娘なので、日頃から女丈夫としての意識が強いのだろう。

「……見えないよ」

「だったら―――」

「そんなになりたいなら、千の許可を取ってくれ。じゃなきゃ出来ないよ」

 あくまでも稲姫は千姫の専属護衛だ。

 それを勝手に大河が家臣にすることは難しい。

「分かったわ」

 稲姫は不承不承に納得した後、千姫に手紙を出すべく退室するのであった。


[参考文献・出典]

*1:BBC 2022年8月23日

*2:沼田市 HP

*3:編・信濃史料刊行会 『新編信濃史料叢書 17巻 真田家御事蹟稿』

   信濃史料刊行会 1977年

*4:『改正三河後風土記』

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