第662話 優美高妙

 累と心愛の壮絶な姉妹喧嘩もありつつも、京都新城は基本的には至って平和だ。

 万和6(1581)年3月20日。

 この日、大河は、

・松姫

・綾御前

・小少将

・早川殿

・井伊直虎

 と過ごしていた。

 それぞれの経産婦けいさんぷの隣には、子供も居る。

 小少将には、愛王丸。

 早川殿には、今川範以いまがわのりもち

 井伊直虎には、井伊直政だ。

 子供達は、大河とは血縁者ではないが、義理の息子である。

 なので、自由に登城することが出来るのであった。

 子供を産んでいない松姫、綾御前は両側から大河に寄りかかっていた。

「真田様、私もいずれは子を産みたいです♡」

「私も♡」

「母性本能、刺激された?」

「「はい♡」」

 大河は2人を抱き寄せつつ、義理の息子たちを見る。

「愛王丸、範以、直政、楽しんでいるか?」

「「「はい」」」

 3人は、元気よく返事した。

 3人の前には、和菓子と洋菓子、それとジュースが並べられ、飲み食いしている。

 全て大河が子供達の為に用意したものだ。

 大河は、松姫、綾御前を膝に乗せ、左右に小少将と直虎を引っ張ってくる。

 流石に身重な早川殿には、無理をさせない。

「春、最近会えなくて済まんな」

「全然。お手紙下さったり、伝言下さるだけでも嬉しいですから」

 早川殿は微笑んで、範以の手を握る。

「真田様、この子が相談をしたいと」

「相談?」

「範以」

「は」

 範以は、大河の前で居住まいを正す。

義父上ちちうえ、相談がありまして……」

 真剣な眼差しに大河も同様の視線で返す。

「人払いしようか?」

「いえ、その必要はありません。単刀直入に申し上げますと、貴隊きたいに入りたいのです」

「……ほぉ」

 大河は感心し、目を細める。

 貴隊、というのは即ち山城真田隊以外に無い。

 山城真田隊は、国軍の首都防衛隊である。

 現在は、軍縮の傾向にあり、最盛期ほど予算も人も規模も少ないのだが、それでも、世界一の軍隊なので、武士の就職先として人気が高い。

 北条早雲を祖とする名門・後北条氏の出身である範以が、義父の居る軍隊を志すのは当然のことだろう。

「確認だが、正規軍で良いんだな?」

「と、言いますと?」

「軍に入るには」

 大河は、人差し指を立てる。

「①志願兵

 こっちは、入って筆記試験と身体検査、思想調査で問題無ければ入れる。

 んで、もう一つが」

 中指も立てる。

「②予備兵

 こっちは、契約期間があって、志願兵と違いあんまり待遇は良くない。

 兵隊の殆どが農閑期のうかんきの農民だな。

 ただ、有事になれば志願兵と共に国防に努める」

「……志願兵を希望します」

「分かった。でも義務教育を修了してからな?」

 日ノ本では、義務教育を重視している。

 中学校を卒業すれば、その後、

・進学

・就職

 は、個人の自由だ。

 なので、寿司職人や大工、農家を父親に持つ家では義務教育終了後は、家業を継ぐ場合も見受けられる。

 軍隊も同じく、中学校を卒業すると、自動的に受験資格が得られる。

義父上ちちうえ、自分も志願兵を希望します」

 直政も続いた。

「良いけど、実家ではなくこっち?」

 北条氏は弱体化の為、軍縮し、人員整理リストラクチャリングで北条隊に入るのは厳しい。

 一方、井伊隊は、主君・徳川氏が譜代なので、その恩恵もあり枠も多い。

 直虎の息子・直政だと、縁故主義の枠もあるだろう。

「はい。近くで母を支えたい、というのもあるので」

「!」

 直虎は、驚いた。

「直政?」

義父上ちちうえには母を幸せにして下さった大恩があります。その恩に報いたい気持ちもあるのです」

「……気持ちはありがたいが、直政の人生だ。自分の為に生きろ」

 強い口調でそう言うと、大河は、直虎の手を握る。

「……真田様?」

「俺が直虎を娶ったのは、本心からだ。決して他人の為じゃない」

 寡婦かふばかり娶っている為、大河を人は時に「篤志家とくしか」と呼ぶが決してそうではない。

 好きになった人と結婚しているだけだ。

 直虎の頬に接吻後、大河は続ける。

「本心にのっとって生きろ」

「……はい!」

 直政の目は、決意に満ちたものであった。

「直虎?」

「……本人の意思なので尊重します」

「分かった」

 大河は、振り返って、

「珠、説明書を2冊」

「は」

 珠が頭を下げて、本棚から説明書を取ってくる。

 親としては、子供に厳しい世界に行かせたくは無いが、『可愛い子には旅をさせよ』。

 厳しい世界に涙こらえて送り出すのも親だろう。

「……」

 自分以外の2人が軍人を志す状況に、愛王丸は戸惑いを隠せない。

 2人のように入隊し、国家に貢献し、大河の為に頑張りたい気持ちはあれど、自分は仏僧だ。

 宗教上、殺人は禁じられている。

 なので、2人と違って入隊は還俗げんぞくしない限り、難しい。

「申し訳ございませんが、義父上ちちうえ。自分は―――」

「分かってるよ。押し付けないし、尊重してるよ」

「! ありがとうございます」

 軍の管理者な分、大河には色々なしがらみがある筈だ。

 ―――

『子供を軍に入れないのは、軍人として失格』

『子供を軍に入れて、国に貢献させろ』

 ―――

 そんな声が大河に届いていてもおかしくはない。

 それでも、子を優先するのは、理想的な父親だろう。

 小少将も愛王丸を軍人にするのは、本意ではないらしく微笑む。

「真田様、ありがとうございます。愛王丸の気持ちをご優先してくださいまして」

としては当然だよ」

 大河と愛王丸は、血が繋がっていない。

 にもかかわらず、こうして父親として接してくれるのは、愛王丸と小少将には、非常に嬉しいことであった。

 直虎、小少将に口づけした後、大河は松姫と綾御前を抱き締める。

「2人も子供産んでも、子供の人生には、不干渉でお願いな?」

「分かりました♡」

「分かってるよ♡」

 子供の人生は子供のもの。

 大河の放任主義、自由主義な精神は、家父長制の強い日ノ本に大きな風穴を開けるのであった。


 子供たちが帰った後は、夫婦の時間だ。

 大河と妻達は、寝台で愛し合う。

・松姫

・綾御前

・小少将

・井伊直虎

 は乱れに乱れ、1刻(現・2時間)もすれば、最早もはや、フルマラソン完走後の走者ランナーのようにクタクタである。

「「「「はぁ……♡ はぁ……♡」」」」

 倒れて動けない4人を左右と両脇に侍らせつつ、大河は唯一、外れた早川殿と会話を楽しむ。

「今日も随分とお愉しみになりましたね?」

 不満げに早川殿は、大河の胸板に仰向けになる。

 本当はうつ伏せで向かい合いたい所だが、妊娠している為、流石にそれは自重した方が良いだろう。

「済まん」

「放置された分、出産後は、沢山愛して下さいますからね?」

「分かってるよ」

 早川殿と接吻し、大河はその頬を撫でる。

「今日はこのままここで寝て良いですか?」

「眠たい?」

「はい。恐らく妊娠の影響かと」

 妊娠期間中、最も眠い時期とされているのが妊娠初期だ(*1)。

 その1番の原因と考えられているのが、妊娠成立と同時に大量分泌されるプロゲステロン(黄体ホルモン)の影響である(*1)。

 プロゲステロンは妊娠維持の役割がある必要不可欠なホルモンだが、副反応として(*1)、

・眠気

・浮腫み

・便秘

・頭痛

 などの症状を引き起こすとされている(*1)。

 また、夜中にも悪阻つわりによって不眠となり、結果、日中、眠くなる場合もある(*1)。

 アプト、誾千代、橋姫も最近はよく寝る。

 なので、大河と時機タイミングは合いにくい。

「じゃあ、お休み」

「いいんですか?」

「たっぷり甘えてくれ。出産後は自分の時間は少なくるんだから」

「……ありがとうございます♡」

 早川殿は大河と接吻し、目を閉じた。


[参考文献・出典]

*1:育ラボ 2017年11月15日

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