第567話 秘密ノ暴露

 万和5(1580)年8月20日。

 もうあと、10日程で夏休みが終わる為、女学生は、宿題に追われていた。

 山城真田家の女学生は以下の通り。

[大学生 8人]

・小太郎、ヨハンナ →4年生

・幸姫、茶々,、甲斐姫→3年生

・松姫、千姫、アプト→1年生

[高校生 5人]

・お初      →3年生

・珠、マリア   →2年生

・楠、お江    →1年生

[中学生 2人]

・朝顔      →2年生

・伊達政宗    →1年生

[小学生 4人]

・愛姫、愛王丸  →4年生

・与祢      →3年生

・伊万      →1年生

 と、年代が幅広い。

 その為、不得意な科目は、補える長所があった。

 大広間に集まり、19人は、共同で宿題を熟していた。

「―――」

「―――」

「―――」

 大人数の為、騒がしいが、朝顔とヨハンナが同席している以上、必要以上に騒ぐ

事は無い。

 その間、大人達は、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 大河の私室に集まっているのは、

・誾千代

・謙信

・お市

・小少将

・綾御前

・早川殿

・エリーゼ

・ラナ

・ナチュラ

・橋姫

・阿国

・鶫

・与免

 の13人。

 この他、

・前田利家

・芳春院

・山内一豊

・千代

・最上義光

・釈妙英

 の夫妻も居る。

 珍しく居ないのは、累や心愛等の子供達だ。

 彼等は、他の部屋で乳母や侍女の下、昼寝している時間帯である。

 学生や子供達が居ないのは、非常に珍しい事だろう。

「ととさま~♡ かかさま~♡」

「「与免~♡」」

 与免は、約数日振りの再会を果たす。

 城内に前田家の屋敷がある為、頻繁に会う事が出来るのだが、まだまだ可愛い年頃。

 夫妻にとっては、本心では一緒に過ごしたい筈だ。

 その間、一豊、千代と義光、釈妙英は、大河と話す。

「与祢は、最近、如何ですか?」

「粗相していませんか?」

「全然。勤勉で働き者ですよ」

「伊万は、御迷惑をおかけしていませんか?」

「もし、何かあれば、思う存分叱り付けて下されば光栄です」

「いえいえ。良い子ですよ」

 親子ほど年の差がある婚約者の言葉に、4人は、それでもまだ疑心暗鬼の様だ。

 一応、手紙でも頻繁にやり取りはしているのだが、まだまだ可愛い盛りの娘である。

 又、相手は、上皇の夫でもある近衛大将。

 必要以上に心配するのは、当然の話だろう。

「や!」

 与免が這い這いで、大河の膝に座る。

「あ、与免!」

 未就学児の為、甘えん坊枠を独占出来ている今、まさにこの世の春であろう。

 大河の代わりに誾千代が言う。

「与免様は、我が家を明るくさせて頂いていますから御安心下さい」

「そうですよ。あの子は癒しですから」

 謙信も援護射撃。

 誰1人、非難する事は無い。

 それだけで、利家と芳春院は、安堵だ。

 エリーゼが、大河の背後を陣取る。

 そして、脇の下から手を伸ばし、与免の頭を撫でた。

「きゃはははは!」

 与免は大笑い。

 その存在は、確かに癒しだ。

 早川殿、綾御前、小少将、お市の4人は、母性本能が刺激された様で、笑う与免を抱っこし、取り囲んで愛で始めた。

「「「「与免様♡」」」」

「あい~♡」

 フットワークが軽い与免は、義母であっても変わらず愛を振り撒く。

「サナダ、あの子みたいな子供欲しいよ」

「私もです♡」

 ラナ、阿国は、大河に熱視線を送る。

「分かってるよ」

 与免が空いた分、膝に誾千代と謙信を乗せた後、

「ラナは、こっち。阿国はこっち」

 と左右に指し示す。

「「♡」」

 2人は笑顔で、各々、その場所に座った。

 1人1人、平等に愛を振り撒いている光景に、千代と釈妙英は安堵する。

(与祢も大丈夫そうね)

(伊万からの手紙で『愛されてる』ってあったけれど、こういう事だったのね)

 如何せん、京都新城には朝顔が居る為、余りその私生活は、例え親族であっても耳に入ってこない。

 その為、手段は手紙やメールなのだが、自主規制か検閲なのか。

 定型文で、朝顔の事は明確に避けられている。

 大河は、”姫武将”2人も膝に乗せて、抱き締めた。

 千代、釈妙英が逆に恥ずかしくなるくらいに。

 それに比べて、芳春院は、余裕綽々だ。

「真田様」

 大河の前に歩み寄り、

「4人を幸せにして下さい。そして、この子も」

 見せて来たのは、5人目の千世。

「……」

 御包おくるみの赤子は、すやすやと眠っている。

 直近では心愛がこんな感じであった。

「この子も側室なんですか?」

「お願い出来ますか?」

「丁重に御断りします」

 大河は、毅然とした態度で断った。

「その子の将来はその子が決める事です」

「ですが、三姉妹は、どうなりますか?」

「現状、側室候補ですあ、3人の希望であれば、自由恋愛を優先させます」

 利家が眉を顰めた。

「! 真田殿、それは―――」

「分かっています。ですが、自分には、既に幸が居ます。これ以上の増員は、3人次第と考えています」

「では、裏を返せば、3人が好きになれば、側室になれると?」

「そうですね。陛下や誾と要相談ですが」

 そう言って、誾千代の背中に頬擦りする。

 くすぐったいらしく、顔が蛸並に赤くなっていく。

「ではこの子もお願いしたいのですが」

「それはこの子に判断能力が備わる年頃でお願いします」

 三姉妹の嫁入りを認めたのは、留学、という名目があってからだ。

 特例中の特例なので、千世にもそれが適応されるか分からない。

 真剣に話し合う大河と芳春院を見て、与免が不安になったようで、

「わたしのこと?」

 とやって来た。

 子供は、大人が思う以上に周囲の空気に敏感だ。

「何でもないよ」

 謙信が両手を広げると、与免は、笑顔で抱き着く。

 女性陣が多数派であり、基本的に尻に敷かれている大河だが、芳春院とのやり取りの通り、家長としての務めはある程度果たしている。

 謙信の腕の中で、温もりを感じたのか、与免は笑顔になった。

 そして、大河を見る。

 残念ながら、大河は、誾千代をクンカクンカしつつ、左右のラナ、阿国を抱き寄せ、背中のエリーゼからは、首を絞められている、というカオスな状況の為、視線に気付く暇は無い。

「うえすぎさま」

「ん?」

「さなださま、うわきもの?」

「そうだね。日ノ本一だよ。だから、与免が大きくなった時、管理してあげてね?」

「うん! わかった!」

 えへへへ、と笑い、与免は大河の腕に触れるのであった。


 学生達が宿題と奮闘する中、大河は引き続き義父母の応対だ。

 城内にある射撃訓練場に連れて行き、国家保安委員会の訓練を見せる。

 本来ならば、長官である小太郎がその役目なのだが、彼女は先述通り、宿題で忙しい。

 3組の夫婦は、イヤホンと眼鏡を装着した上で、その様子を眺めていた。

「「「「「「……」」」」」」

 イヤホンの御蔭で銃声は殆ど聞こえないが、視覚からの情報が凄まじい。

 横並びの10人は、各々の個室ボックスから100m先の標的を撃っている。

 標的は、刑務所に収監中である筈の囚人達である。

「「「……」」」

 皆、薬物でも投与されているのか、目は虚ろで、涎を垂らし、一切動かない。

 更に恐ろしい事に彼等は全員、手足が無い。

 達磨だるまの様な状態だ。

 ―――

『天正四年(1576年)五月、越前で発生した一揆について、前田利家は残忍の限りを尽くして成敗した。

 その仕置きは、

「前田又左衛門尉(利家)殿、一揆千人ばかり、生け取りさせられ候なり、御成敗は磔、釜に入れられ、あぶられ候」

 と記載され、「前田利家」が如何に兇暴な殺戮集団の指導者で有ったかが判る。

 この一揆で殺害された者は野山に隠れていた女子供も含む1万2千人とされる。

 封建時代には、反発する者は捕えられ、民衆は「磔柱」に縛られて両脇を非人が槍で突き刺す「磔の刑」や大きな鉄鍋を熱して縛った民衆を放り込み悶え死ぬのを楽しんだ「釜煎り・釜茹での刑」、縛り付けた柱の周りに薪を積ませて火を点けて罪人を焼き殺す「火焙りの刑」等で殺害されたと云う。

 後の前田利常も家臣には、

「逆らう者は首を刎ねて徹底的に弾圧した」

 と伝えている(*1)』(*2)

 ―――

 と史実にある様に、一向宗に対しては、強硬路線を採り、鉄鍋に民衆を放り込んだ事もある利家だが、流石に達磨までは思いもつかなかった。

 夫と共に辛く激しい戦国時代を経験した芳春院、千代、釈妙英に至っては、

「「「……」」」

 目を逸らしている。

 義光が尋ねた。

「何故、達磨に?」

「実験ですよ」

 平然と大河は答える。

「人間、どの程度、血液を失えば死ぬのか。ギリギリ生きるのか、それを調べているんです」

「医学の発展の為ですか?」

「そうです」

 大宝元(701)年に大宝律令で腑分け(解剖)が禁止されて以降、日本では、江戸時代、京都の医学者・山脇東洋(1706~1762)が幕府からの許可を得て、宝暦4(1754)年2月7日に刑死者を解剖するまで、公式には、約1千年に渡って腑分けは出来なかった。

 江戸時代当時は、日本近代医学中興の祖である吉益東洞よしますとうどう(1702~1773)等が腑分け不要論を主張していたほどである。

 この為、安土桃山時代の今、腑分けを忌避する者は、多いのだ。

 大河がわざわざ、部下を使って人体実験をしているのは、世論の反発を考慮しての事だろう。

 然し、近代化する為には、医学の発展は、必要不可欠だ。

 医学者は、大河の許可の下、どんどん人体実験を行い、供給者である彼も又、死刑囚を用いて射撃等の訓練が出来る。

 両者WIN WINと言った所だろう。

 世界史では、非倫理的な人体実験の例が後を絶たない。

・ナチス

・タスキギー梅毒実験(1932~1972)

・グアテマラ人体実験(1946~1948)

 ……

 これらは、被験者が一般市民である。

 この点、大河が選んでいるのは、死刑囚なので、前例と比べると、マシに感じるだろう。

 国家保安委員会が謎に包まれているのは、この様な人体実験にも関与している為である。

 3組の夫婦は、禁忌に触れた様な気がしてならなかった事は言うまでもない。


[参考文献・出典]

*1:『微妙公夜話』

*2:浅香年木あさかとしき 『百万石の光と影』 一部改定 

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