籠鳥檻猿

第546話 盛衰興亡

 チーン……

 仏壇を前に、小少将は、合掌する。

「……」

 朝倉義景、愛王丸の父子の位牌を前に涙ぐむ。

 2人が逝ったのは、天正元(1573)年の事。

 越前国(現・福井県)は、一条谷城で織田軍3万と朝倉軍2万が激突した時の事だ。

 時系列で言うと、以下の様になる。

 ―――

 元亀4/天正元(1573)年4月、武田信玄死去。

 同年7月、信長包囲網盟主・足利義昭追放(槇島城まきしまじょう合戦)。

 8月8日、織田軍3万、近江国に侵攻。

     浅井長政、5千の兵力で小谷城に籠城。

     義景、支援の為、2万の増援を率い、余呉よご(現・長浜市)に本陣設置。

     浅井方・阿閉貞征、織田軍に寝返り。

     朝倉方・魚住景固、数年来の軍事疲弊を理由に出兵を拒否。

 8月10日、織田軍本隊、山田山(現・長浜市 標高541m)に陣を設置。

      朝倉方を挑発。

 8月12日、近江一帯を暴風雨が襲う。

     信長、これを好機と捉え、自ら1千を率い、朝倉方・大嶽砦を急襲。

     更に丁野城も攻撃し、両方に勝利。

 8月13日、大嶽砦陥落を知った義景、撤退を決断し、朝倉軍、撤退を開始。

      織田軍、敗走する朝倉軍を追撃。

      ・朝倉景行(北庄城城主。羽柴秀吉に討たれる)

      ・朝倉道景(当時16歳)

      ・山崎吉家

      ・斎藤龍興(斎藤義龍の子)

      ・河合吉統かわいよしむね

      等、朝倉軍の武将、多数戦死。

 8月14日、朝倉軍の近江遠征軍、ほぼ壊滅。

      義景、一条谷城に僅かな手勢と共に帰還。

 8月15日、信長、織田軍に16日まで休息日し、17日、越前国侵攻。

      侵攻時、元朝倉方・前波吉継(1572年、寝返り)が案内役を務める。

 8月18日、織田軍、一条谷市街地を焦土化。

 8月20日、義景の親族・景鏡かげあきらが寝返り、義景等を自刃に追い込む。

      ・義景の首級

      ・捕縛した母親(高徳院)、妻子、近習

       を信長に差し出し、景鏡、降伏を許される。

 ―――(*1)

 これが、越前国で栄華を極めた朝倉氏の最期である。

 2人の位牌を前に小少将は、ほくそ笑む。

「ねぇ、裏切者は、地獄に落ちた?」

 小少将の言う裏切者、というのは、織田軍の侵攻を導いた前波吉継と朝倉景鏡、富田長繫の3人だ。

 3人は、戦後、まさに「因果応報」という位の末路を辿った。

 前波吉継は、信長から「長」の一字を貰って『桂田長俊』に改名したのだが、その後に失明し、更に天正2(1574)年の初め、同じく朝倉家に仕えていた富田長繁が率いる一揆軍に討たれた(*1)。

 この時、彼の妻子も殺害されている(*1)。

 この様な最期に、朝倉氏、織田氏の論評は、辛辣だ。

 ―――

『神明ノ御罰也』(*2)

『大国の守護代として栄耀栄華に誇り、恣に働き、後輩に対しても無礼であった報い』(*3)

 ―――

 死して尚、この評価であり、更に織田からも散々な言われようのなのだから、相当、問題性のある人物であった事が窺い知れる。

 朝倉景鏡も又、この一揆で死亡した。

 討ち死に際、最後は武士らしく僅か3騎で一揆軍に突っ込んだのは、評価される事であるが、その性格はかなり陰湿である事が伝わっており、

・永禄7(1564)年、同族・景垙を口論で打ち負かし、自害に追い込む(*4)

・金ヶ崎合戦で、朝倉景恒の後詰に出陣しながらも日和見に徹す(*4)

・義景最後の出陣の際も「疲労」を理由に参陣を断る(*4)

 等、『朝倉始末記』等に残されている。

 その性格は『日のもとに かくれぬその名あらためて 果は大野の土橋となる』(*1)ともうたわれてる。

 余談だが、景垙を自害に追い込んだ朝倉家内では、内部対立が起き、これが後年の滅亡の遠因にもなっている為、元を正せば、景鏡が滅亡の主たる原因、と言えるかもしれない。

 彼の戦死時、12歳(10歳?)と6歳の息子も捕虜となり、処刑されている(*5)。

 3人目の富田長繫も又、朝倉方不利と見るや寝返った人物だ。

 その最期も前者2人と同じく戦死という形である。

 小少将には、裏切者が相応の死に方しているのは、嬉しくてたまらない。

「3人は、今頃、無間地獄かな?」

 当然、位牌は、答えたない。

「道景は、そっちでどう?」

 裏切者達とは違い、朝倉道景は、早逝ながらも、非常に対照的な最期である。

 ―――

『犬間源三長吉(犬間源三郎長吉とも)が首一つ下げて織田信長の元へ持参した。

 信長が、

「誰の首か?」

 と、前波吉継に尋ねた所、前波は涙を流しながら、

「朝倉氏の一族で童名『権ノ頭』、今年16歳になる彦四郎である」

 と答えた。

 信長はその首をよく見て、

「死に顔が誠に立派であり、生前の顔を思うと哀れである」

 と述べ、犬間に対して、

「彦四郎を生け捕りにすべきだったのに討ったのは、お前の心が良くないからだ。

 すぐに誅殺すべきだが、それでは戦功を認めない事になるので、今日より対面を許さない」

 と言った。

 これを聞いた織田軍の武将達は、(戦の途中で)立ち寄ってその首を見て眉目秀麗な事に涙した。

 信長は僧侶に請い彦四郎の葬式を営んだ』(*6)

 ―――

 丁重に葬られたのだから、恐らく、道景は極楽浄土に居る事だろう。

「……道景、夫と息子を宜しくね?」

 久し振りの会話を終えた小少将は、りんを再び鳴らすのであった。

 

「だ!」

「はい、済みません」

 累の前に正座する大河。

 怒り心頭の累は、仁王立ちである。

「だ! だ! だ!」

 怒っている事を説明したいが、まだ余り言葉を知らない為、二の句が継げない。

 なので、同じ言葉を繰り返す事になっているが、それでも大河は、反省の姿勢を崩さない。

 累がこれ程、怒っているのは、大河が、与免と一緒に昼寝した事だ。

 久々の公休日に大河は、昼寝を実行したのだが、いつの間にか、布団に与免が侵入し、結局、添い寝したのである。

 累が気付いた時には、既に2人は深い夢の中であった。

 そこで、ドロップキックを御見舞いし、大河を無理矢理起こし、今に至る。

 与免の方はというと、

「zzz……」

 未だに熟睡中だ。

 ある意味、豪胆である。

「だ! だ! だ!」

 通訳すれば、「私と同じ年齢の女性と添い寝するなんて最低! この馬鹿!」と言った感じだろうか。

 父親に対する言葉ではないが、大河には伝わっていない為、彼が怒る事は無い。

「だ!」

 訳:「ったく」

 呆れつつも累は、大河の膝に座る。

「だ!」

 訳:「抱き締めて!」

「はい」

 与免との添い寝は、大河に何の非は無いのだが、愛娘の激怒っぷりに、父親はあたふた。

 言われた通り、抱擁する。

「……」

 ぷんすか、と見るからに不機嫌だが、大河を独占出来る長所も堪能している為、段々、累の耳は赤くなっていく。

「……だ?」

 訳:反省した?

「そうだよ。反省したよ」

 愛娘に嫌われたくない大河は、より一層、反省の態度を見せる。

 累の頭を撫で、カステラを献上する。

「ふむ……」

 その行為を評価したらしく、累は、カステラに手を伸ばし、匙を使って頬張り始めた。

 恐らくだが、世の父親の99%は、息子に厳しく出来ても、娘には、弱いだろう。

 息子の交際には、無頓着だが、娘の彼氏は、気になる筈だ。

「……♡」

 カステラで機嫌を取り戻しつつある累を見て、大河は、安堵した。

(良かった……嫌われたら死ぬぞ。俺は)

 子供達には、平等に愛しているのだが、やはり、男児達よりも累や心愛の方が可愛い。

 口には出さないが、これは、感覚的な問題であって、否定しようの無い事実だ。

「ん~?」

 匂いに釣られて、心愛が這い這い。

 続いて、デイビッド、元康、猿夜叉丸も続く。

 這い這いの大行進である。

 大河は、その光景に微笑んで、全員分のカステラを切り分け始めるのであった。


 子供達と遊ぶ大河の御蔭を見て、早川殿は、改めて感心する。

(これだけ育児に積極的なら、安心して子作り出来そうね)

 早川殿は、既に5人の子供を儲けている。

 子供達を産んだ時は、戦国時代という事もあって、夫・今川氏真は、それ程、育児には関わらなかった。

 手伝ってくれたのは、乳母や侍女だ。

 男は外、女は内、という概念が強い為、仕方の無い事は分かるのだが、やはり夫婦の子供は、極力、夫婦で育てたいのが、早川殿の本心である。

 大河は、子供達全員を抱っこし、世界地図を見せていた。

「日ノ本がこの島国だよ」

「しまぐに……?」

「周りが海で囲まれている国だよ。デイビッドのお母さんの生まれは、ここだ」

 中東に在るイスラエルを指差す。

「とおい……」

「遠いな」

 学校でも地理がある為、子供達は、将来、知る事になるのだが、早い内に教えても問題は無い。

 外国に出自を持つデイビッドには、特に、早くに教えた方が良いだろう。

 周りは、黄色人種に対して、自分は、白人と黄色人種の両方を受け継いでいる為、やはり、一般的な黄色人種とは違って、見た目が外国人に近い。

 出自を知る事で、自分の自己同一性アイデンティティーを早くから認識する事で、将来の為には役立つだろう。

「パパはどこからきたの?」

「ここだよ」

 琉球(現・沖縄県)を指差す。

「うみ、きれい?」

 元康は、海に関心がある様だ。

「綺麗だよ。泳ぎたい?」

「ん」

「じゃあ、泳法の練習だな?」

「ん」

 猿夜叉丸は、地図自体に興味が無いらしく、心愛の頭を撫でている。

 異母兄妹だが、それぞれの母、茶々とお市は、親子だ。

「……」

 兄妹仲は、良い様で、心愛が嫌がる様子は無い。

 累は、昼間に思う存分独占出来たのが余裕になったらしく、今回は抱き着く程度で自制している。

「……ちちうえ?」

「うん?」

「ちゅかれた」

「分かった」

 累の頭を撫でていると、

「……貴方」

 背後から早川殿が抱き着いた。

「うん?」

「子供優先でもいいけれど、新妻も忘れないでね?」

「分かってるよ」

 大河が他の女性との間に出来た子供と交流しているのを、早川殿は、嫉妬した様だ。

 5人の子供を産んでも、全員、大河との子供ではない。

 累達を見て、母性本能が働いたのだろう。

 6人目の子供が欲しい、と。

「アプト」

「は」

 アプトに累達を頼み、彼等が退室後、大河は、早川殿と寝室に入るのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:『朝倉記』

 *3:『信長公記』

 *4:水藤真 『朝倉義景』 吉川弘文館〈人物叢書〉 1981年

 *5:『朝倉始末記』

 *6:『朝倉家禄』

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