第505話 春和景明

 万和5(1580)年4月20日。

 前田家三姉妹が、国立校に入学する。

 京都新城に住む以上、国立校の生徒になるのは、必然的な事だ。

 真新しい制服に身を包み、三姉妹は、登校する。

 案内人は、与祢だ。

 三姉妹と年齢が近い事から適任、とされた。

 仕事が与えられる=それ程信任されている、との裏返しなのだが、内心、与祢は、三姉妹に好感情を抱いている訳ではない為、本音では、嫌であった。

「こちらが調理室になります」

「「「ほぇ~」」」

 3人は、目を爛々と輝かせている(与免は1人では歩けない為、与祢が抱っこ中)。

 恐らく、日ノ本で、調理室がある学校は、ここだけだろう。

 調理室では、

・朝顔

・お初

・珠

・楠

・お江

・愛姫

・伊万

 が、自分達の級友クラスメートと共に料理を作っていた。

「陛下、葱、切るの御上手ですね?」

「家でも練習しているからね」

「旦那様の為に?」

「「「きゃああああああああ!」」」

 黄色い声が飛ぶ。

 朝顔が、恥ずかしがった。

「もうそんなんじゃないし」

 上皇でありながら、校内では、一般的な高校生だ。

 友達と会話し、一緒に授業を受け、楽しむ。

 平民と殆ど変わらない。

 例外は、友達の多くが公家等、上流階級出身者の部分だろう。

 平民が近付き難いのは、公家の選民思想と、朝顔から発せられるオーラが凄まじく、とても友達には、成り辛いのだ。

 お初は、卵焼きを作っている。

「あ~あ、焦げちゃった」

 級友がフォローする。

「胡椒で誤魔化せば良いよ」

「そうだね。不味いのは、持って帰って旦那にやるし」

「鬼嫁www」

 その他、

 珠 →ケーキ

 楠 →薩摩汁

 お江→しじみ

 伊万→目玉焼き

 だ。

 そんな中で愛姫と政宗の夫婦が作る、ずんだ餅は、やはり注目株である。

「何これ、めちゃんこ美味しい!」

「凄い!」

「ねぇねぇ、作り方、教えて~」

 人垣が出来、夫婦は大忙しだ。

 ドイツの愛国者であるビスマルクが仮想敵国の食文化を愛して様に。

 食の嗜好に国境は無い。

 中には、戦国時代、伊達家と合戦を演じた武家の者も居る。

 食文化が平和をもたらしているのだ。

 加賀国(現・石川県)にも国立校の分校や寺子屋はあるのだが、ここと比べると、見劣り感は否めない。

「……」

 与免の涎が床に垂れ落ちる。

 色々、料理が作られているが、やはり、ずんだ餅からは、視線を逸らす事は出来ない。

「姉様、凄いね?」

「うん……」

 豪姫、摩阿姫は、その香ばしさと調理室の規模、雰囲気に圧倒されるのであった。


 お昼。

 私は、摩阿様だけを誘って、食堂に行く。

 豪様、与免様は、幸様が看て下さっている。

 食堂でも摩阿様は、圧倒されていた。

「お刺身もある……」

「産地直送ですから」

 私は、自分の事の様に自慢気に話し、拉麺を購入。

 摩阿様は、炒飯を御購入され、私達は、個室に入る。

 着席するなり、摩阿様は、お尋ねになる。

「なぜ、わたしをおさそいに?」

 猫を被った口調だ。

 文書化すると、全部、平仮名にされるだろう。

 流石、芳春院様の御息女。

 演技が御上手だ。

「単刀直入に訊きます。―――若殿に惚れましたか?」

「ほれる?」

「言い換えましょう。恋をしましたか?」

「……」

 摩阿様は、私を直視する。

「……演技は、通じなさそうですね」

「……」

「私を排除するのですか?」

 その発言を、私は、肯定、と解釈した。

「いえ、若殿が掲げる『民主主義』に反する事ですから。あからさまな敵対行為でなければ、しませんよ」

「……与祢様は、嫉妬深いのですね?」

「大恩人ですからね」

 挑発されても、事実は事実だ。

「若し、貴女が若殿の寝首を掻こうものならならば、私は喜んで、貴女を討ちます。若殿の意に添わなくても」

 こういった言動を若殿は、日々、御注意しているが、私は直す気は無い。

 拾って下さった大恩が忠義の理由だ。

 人格者の為、十中八九―――否、絶対に反対されるだろうが、私は、若殿の死後、殉死するつもりだ。

 鶫、小太郎等も同じ道を選ぶだろう。

 その位、精神的にも依存しているのが、私達の悪癖だ。

「……これが恋なのかは、分かりませんが」

 摩阿様は、言葉を選びつつ、つむぐ。

「一緒に居て安心出来るのは、事実です」

「……」

「ですが、与祢様は、誤解されているかと。私は、真田様を暗殺する気はありませんし、何より家を大事に考えています」

「……何故、幸様が居るのに来たのですか?」

「側室ですよ。念には念を入れよ、です」

「……3人も?」

「母上曰く、『千世も送る予定』との事ですので、4人ですね」

「……」

 幸様を入れたら、前田家は、5人になる。

 浅井家のお市、三姉妹の4人を超える、一大勢力の完成だ。

「若殿は、御存知なので?」

「真意は分かりませんが、気付いているかと。その辺は、私より付き合いが長い与祢様の専門分野なのでは?」

「……」

 長女・幸様は、非常に男勝りな御性格だが、摩阿様は、非常に理知的だ。

 才媛、というべきか。

 その時、

「!」

 私の嗅覚が鋭く反応する。

 直後、声がした。

『与祢、居るか?』

「はい!」

 摩阿様への敵意を忘れ、私は、勢いよく扉を開けた。

 そこには、右肩にお江様、左肩に楠様、背中に伊万様をおんぶした若殿が立っていらした。

「あら、お話し中だったのね」

「いいよ~」

 摩阿様が、自然に若殿の席を作る。

 ああ、もう。

 若殿に見惚れていたら、先にやられた。

「おお、美味そうだな。炒飯?」

「はい。たべる~?」

 先程の雰囲気は捨て、摩阿様は猫を被る。

 若殿が気付いているかどうかは定かでは無いが、気にしている様子が無い。

 着席後、若殿は背中の伊万様を膝に置く。

 前田家も問題だが、伊万様も問題だ。

 人質の癖に、養女の様に接している。

 若殿が問題視しない以上、それ迄なのだが、私は、内心では、不愉快だ。

「自分で注文するから良いよ。楠、お江、済まんが、俺と伊万の分も頼む」

「了解」

「兄者、何が良い?」

「刺身定食。伊万は?」

「たこやき」

「だそうだ」

「了解」

「分かった♡」

 楠様とお江様は、若殿に接吻後、お金を貰い、部屋を出て行く。

「伊万は、たこ焼き好きだな?」

「だめ~?」

「全然。火傷に注意な?」

「うん♡」

 伊万に負けじと、摩阿様も擦り寄る。

「真田様」

「うん?」

「てりょーりたべたい♡」

「氷菓?」

「うん♡」

「幸に相談な」

「え~、おねえさまに?」

「1人だけは、難しいよ」

「え~たべたいよ~」

 甘え上手だ。

「……」

 私は、必死に殺意を隠す。

 殺人罪が無ければ、この場で箸で刺していた事だろう。

 何処とは言わないが。

「与祢」

「はい?」

「拉麺、のびるぞ?」

「!」

 あ~んされ、私は、反射的にパクリ。

 少しのびてはいたが、満足だ。

「……良い笑顔だ」

 頭を撫でられる。

 摩阿様、伊万様に白眼視されるが、関係無い。

 だって『恋は盲目』だから。

「えへへへへ♡」

 先程の殺気は消え、私は、完食する前から既に満腹中枢が刺激されるのであった。


 国立校での仕事を早めに終え、大河は、さっさと帰る。

 多くのサラリーマンは、仕事帰り、1杯引っかける事があるだろうが、大河は直行直帰だ。

 そもそも酒が飲めないし、それ程人間関係を重要視していないからである。

 その途中、大使館に寄って、ラナを拾う。

「真田~♡」

 招待会レセプションでクタクタらしく、民族衣装のムームーを着たままだ。

 大河に抱き着く。

「御疲れ」

「日ノ本の貴族って、話、長いね?」

「済まんな。遠回しに抗議しておくよ」

「いや、良いよ。そんな事―――」

「無駄話を聞く程、苦痛じゃないからな。言っても聞かないのは、それ迄だ」

「……」

 ラナを抱き締め、大河はその頬に接吻。

「あ♡」

「御疲れ様」

「……うん♡」

 疲労が少し癒えたのか、ラナは笑顔になる。

「ナチュラも御出で」

「は♡」

 向かい側に座っていた彼女を呼び寄せ、隣に座らせる。

「真田、今晩は、王族に伝わる料理を食べたい」

「分かった」

 公務を頑張った御褒美だ。

 和紙にメニューを書いていく。

「こんな感じで良いか?」

「どれどれ……」

 ラナが目を通す。

 ―――

『①汁物スープ

 ・印度インド風豆汁物スープ

 ・タートル汁物スープ

 ・鳥御飯チキンライス汁物スープ

 ・牛肉汁物スープ

 ②シェリー酒

 ③魚料理

 ④ホック&ライン洋酒ワイン(ドイツ産白洋酒ワイン

 ⑤アントレ

 ・主菜

 ・鴨肉のマッシュルーム添え

 ・マトンのカツレツ

 ・仔牛のフィレ

 ⑥クラレット&ブルゴーニュの赤洋酒ワイン

 ⑦ロースト料理

 ・ターキー

 ・ハム

 ・鴨肉

 ・チキンパイ

 ⑧三変酒シャンパン

 ⑨カレー(エビカレー、鴨カレー、チーズカレー)

 ⑩麦酒ビール

 ⑪デザート

 ・ワインゼリー

 ・スポンジケーキ

 ・フルーツケーキ

 ・アイスクリーム

 ⑫甘いポートワイン

 ⑬フルーツ

 ⑭紅茶

 ⑮珈琲』(*1)

 ―――

「!」

 思わず、大河を見た。

「どうして知ってるの?」

「秘密」

 いたずらっ子の様に嗤うと、大河は、2人を抱擁する。

「夏は布哇も良いかもな」

「旅行?」

「賛成です!」

 昭和以降、日本人御用達になりつつある布哇。

 そこで夏休みを過ごすのも良いだろう。

「水着を新調しなくちゃ♡」

「私もです♡」

 2人は、春の時点で張り切るのであった。


[参考文献・出典]

 *1:アロハ・プログラム HP

    1883年2月14日 イオラニ宮殿での夕食会での献立

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