第490話 万和ノ花見

 万和5(1580)年3月21日。

 帰京した大河達は、梅小路公園に訪れていた。

 今日は、1日休み。

 ここで、花見をするのだ。

 BBQを行い、桜を見ながら、酒も飲む。

 他に客は居ない。

 大所帯なので1日、貸切りにしたのだ。

 本当は、京都新城の敷地内にある公園で行う事も検討されたのだが、投票の結果、梅小路公園で行いたい人々の圧倒的多数で可決された訳である。

 この日、梅小路公園を利用出来ない市民には、逆に滅多に入れない京都新城内の公園を無料開放する事でバランスを取った。

 その為、市民が不満を持つ事は少ない筈だ。

「ばーばーくー?」

「おお、言えたね。流石、万和の天才児やで」

 大河は、抱っこしていた心愛の頭を撫でる。

「……♡」

 褒められた心愛は、嬉しそうだ。

 花見には、山城真田家チームと、家臣団(女官とその家族含む)で分けられている。

 無礼講の下、大河が家臣団の方に参加する事も出来るのだが、折角の行事イベントだ。

 上司が加わる事は、好ましくないだろう。

 部下は御酌を注ぐ必要があるし、家族も愛想笑いを絶えず行う必要性が出て来る。

 なので、大河があちらに行く事は無い。

「だ!」

 ビニールシートの上で這い這いしていた累が、突っ込んできた。

「おお、累、元気だな?」

「だ!」

 BBQにテンション爆上げの様だ。

「デイビッドも楽しんでるか?」

「だ!」

 デイビッドは、玉蜀黍とうもろこしに夢中だ。

 はふはふ、と熱がりつつ、食べている。

 誾千代、エリーゼ、お市、謙信の4人は、酒だ。

 国内外から集められた日本酒と洋酒を飲み比べている。

「「「「……」」」」

 4人共真剣な表情だ。

 若しかしたら、き酒を行っているのかもしれない。

 阿国は、与祢と伊万に舞踏を教えていた。

「この時に爪先は、この位置。重心は、こうして……」

「「……」」

 2人は、必死にメモしている。

 今後、何処かで使うのかもしれない。

 ヨハンナ、珠、マリアの3人は、誾千代達が飲む酒を遠巻きに見詰めていた。

「あれがお酒なんだ。珠は飲む?」

「いえ。臭いので」

「私と一緒ね。私もあれは、飲めないわ」

 3人が、酒を飲まないのは、教義上の理由もあった。

 ―――

『主はアロンにこう告げられた。

「会見の天幕に入る時には、あなたも、あなたと共に居る息子達も、葡萄酒や強い酒を飲んではならない。

 あなたがたが死ぬ事の無い様にする為である。

 これはあなたがたが世々守るべき永遠の掟である」』(*1)

 ―――

『ですから、自分がどの様に歩んでいるか、あなたがたは細かく注意を払いなさい。

 知恵の無い者としてではなく、知恵のある者として、機会を十分に活かしなさい。

 悪い時代だからです。

 ですから、愚かにならないで、主のみ心が何であるかを悟りなさい。

 又、

 そこには放蕩があるからです。

 むしろ、御霊に満たされなさい。

 詩と賛美と霊の歌をもって互いに語り合い、主に向かって心から賛美し、歌いなさい。

 いつでも、全ての事について、私達の主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝しなさい』(*2)

 ―――

 キリスト教徒が、酒を飲めないのは、後者が最大の根拠とされている。

 然し、これを遵守している信者は少ないだろう。

 アメリカの福音同盟が2010年に福音派の指導者に対して「あなたは、社交上、または人との付き合い等でアルコールを飲みますか?」という調査を行った所、飲酒を認めたのは、回答者の40%であった(*3)。

 無論、この多くが、

・節度を保って

・度を越すことはない

・特別な機会に

・時と場合による

・稀に

・滅多に無いが

 等と付け加えた上で答えている。

 3人も遵守している訳ではない為、この回答者達の様にだが、条件付きで飲む場合がある。

 3人の下に元康が這い這いして来た。

「あら、可愛い♡」

「聖下、どうぞ」

「聖下、私も後で抱っこしたいです」

 母性が刺激された3人は、メロメロだ。

 その母親・千姫は、稲姫と共に天婦羅を食している。

 家康の孫娘だけあって、その嗜好は祖父譲りなのかもしれない。

「この鯛は、何処産どこさん?」

「駿河湾です」

 松姫は、精進料理を食べつつ、大河に富士吉田の饂飩を食べさせている。

「真田様、どうですか?」

「有難う。美味しいよ」

 心愛と累にも麺をフーフー、冷ました後、口に運ぶ。

「あ、はふ」

「はふはふ」

「熱いな。ほら、水」

「「……」」

 2人は、母乳を飲むかの如く、ペットボトルの水をがぶ飲み。

「あら、そう言えば陛下は?」

「後ろだよ」

「あ……」

 大河の背中に朝顔が抱き着き、眠っていた。

 その横には、ラナ、ナチュラも同様だ。

「「「zzz……」」」

 子供の様に昼間から気持ちよさそうに熟睡しているのは、昨晩、大河達が持ち帰った御土産にテンションが上がり、そのまま女子会に突入。

 珍しく夜更かししてしまい、案の定、睡眠不足で、今、仮眠中、という訳だ。

 橋姫、幸姫、三姉妹、アプトの6人は、肉を焼きつつ、ガールズトーク。

「そーそー。今、話題の化粧品は、これなんだよ」

「え~。滑々すべすべ

「橋様、これ何処で買ったの?」

「次の夜伽の時、これ使ってみよう」

「兄者は、こういうの好きかな?」

「若殿は、こういうの好みですよ」

 女官のアプトが、正室と一緒に楽しんでいるのは、花見だけあって、女官の仕事は、一時的に廃止させているからだ。

 この為、家臣団の方でも、女官達は、何もしていない。

 一緒に楽しむ―――これが、この花見の方針であり、規則だ。

 女官が仕事を行えば、その分、罰金。

 家臣が強要した場合、その家臣は即追放、という罰則も課している。

 無理矢理なのは、大河の意に反する事だが、こうでもしないと、女官は働いてしまうのだ。

 職業病でつい行う例もあるだろうが、それでも、強制的に休養日を作らなければ、誰かが働いてしまうのが、山城真田家の実情だ。

「……」

 誰か働いていないか、大河は、公園内を見回す。

 桜が綺麗で、酒飲み以外の誰もがその美しさに魅了されている。

「……」

 不意に鶫と目が合った。

 隅っこで小太郎と共に小さなブルーシートで縮こまっている。

 正妻に遠慮している様だ。

 大河は、手招き。

「「!」」

 2人は驚くが、笑顔になり、急いで来た。

 断っても、大河が無理矢理呼ぶのは、目に見えているからだ。

 大河の指示ならば、誰も、異論反論は出来ない。

「「失礼します」」

 2人は、恐る恐る、大河達のブルーシートに座る。

「松」

「はい♡」

 松姫は、大河の膝に座る。

「鶫は、こっち。小太郎は、こっち」

「「はい♡」」

 指示通り、鶫は、大河の左側、小太郎は、右側に着席。

「2人は、食べた?」

「「はい♡」」

「一杯、食料はあるんだ。食べてくれ」

「「はい♡」」

 飛騨牛や神戸牛等、日ノ本を代表とする肉もある。

 これを鶫達が食べれるのは、この様な機会だけだろう。

「真田様♡」

 松姫が甘えて、あ~んをせがむ。

 松姫には、堺で世話になった分、返礼をしなければならない。

「はい」

「……♡」

 (´~`)モグモグ

 幸せそうな笑顔に、大河も又、癒される。

「主♡」

 小太郎もせがむ。

「何が良い?」

「赤みで」

「はいよ」

 寿司を箸で摘まんで、持って行く。

「あは♡」

 大河にされるのは、奴隷である小太郎にとって、中々無い経験だ。

 その分、テンションも上がる。

「若殿は、最近、丸くなりましたね?」

「そうか?」

「はい。良い意味で♡」

 鶫がしな垂れかかる。

 自覚は無いが、確かに、子供が出来た以降は、殺人衝動が抑えられている感じは否めない。

 無論、る時は、るのは、変わりないが。

「皆の御蔭かもな。1番は、松だが」

「あら、御話が上手い♡」

 松姫は、胸板に後頭部を押し当て、大河を見上げる。

「真田様、富士吉田の饂飩、如何でした?」

「期待値以上だったよ」

 大河は、微笑んで、2人は、唇を重ねた。

 花見の時でも、花<妻な夫に松姫は、幸せを感じるのであった。


 梅小路公園では、平和であったが、フランス大使館は、地獄と化していた。

「……」

 ルイが目を通しているのは、解任通知書。

 不正受給を理由に職を解く、と書かれているが、末尾には、もっと衝撃的な事が書かれていた。

『―――又、並びに貴殿を貴族階級からexilエグジルする事をこの度、正式気決定した』

 exilエグジル―――和訳すると、「追放」という意味だ。

 実家が若しかしたら動かいたのかもしれない。

 どたどたと駐在武官が武装して入って来た。

「何だ?」

「閣下を日ノジャポンに引き渡します」

「何?」

「本国政府は、貴方を日ノ本に引き渡す事を日ノ本との間で合意に至りました。貴方は、既に前任者であり、然も貴族ノブルでもありません。ただの平民です」

「……」

 まさに一寸先は闇。

 フランスは、これ以上、反仏感情拡大を避ける事を選び、代わりにルイを売ったのだ。

「3時間後に信任状奉呈式を終えた後任者が着任します。その前に退任の御準備を御願いします」

 解任ではなく、退任なのは、世間体を気にしての事だろうか。

 解任状奉呈式も無い所を見ると、本国政府の怒りが感じ取れる。

「はは……」

 その時、ルイの脳裏にある人物が過った。

 大河だ。

 第六感だが、全てあの男が仕掛けたに違いない。

 柔和な表情を浮かべていたが、中身は、まるで違う。

 猫の顔をした虎だったのだ。

 自分は、虎の尾を踏んだのである。

 窓の外には、何時ぞやの大河の部下達が、押し寄せていた。

 日ノ本から好ましからざる人物の指定を受けたルイは、その後、日ノ本に引き渡されるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:レビ記10:8~9  一部改定

 *2:エペソ人への手紙5:18 一部改定

 *3:CHRISTIAN TODAY 2016年1月31日

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