第488話 百年戦争

 堺での仏軍と日ノ本の警察との衝突は、世界的なニュースとなった。

 そして、事件から僅か1日での収束も又、驚愕を持って報じられた。

 フランスの日刊紙は、以下の様に伝える。

『【堺の奇跡】

 日ノ本の和泉国は、堺で起きた仏日の衝突は、普段、帝都の防衛の責任者である真田大河大将ジェネラルの介入により、一応の解決を見た』

 首都カピタールではなく「帝都」というのは、天皇が皇帝アンプルールと訳された結果だ。

 軍人として有名人な大河であるが、交渉人としても活躍している事をフランス国民に印象付けた。

 だが、大河は、帰京しない。

 堺の宿舎の寝室にて。

「……」

「どうしたの? 難しい顔をして?」

 ヨハンナが、心配そうに尋ねた。

「いや、気になる事があってな?」

「何?」

「あの外交官、問題がありそうだ」

「そう?」

 ヨハンナは、に居た為、極悪人をよく知らない。

 然し、大河は、シリアに居た時から、その様な人種をよく知っている。

 幸い、自分の居た部隊には、その様な極悪人は居なかったが、残念ながら居るのは、否定しようの無い事実だ。

「問題、というのは?」

「分からん。ただの勘だが」

「勘で疑ったら駄目だよ」

「御免」

 素直に謝った後、大河は、ヨハンナの額に口付け。

「何?」

「御礼だよ。深夜に起こして、ここまで来させたんだから」

「御礼にしては、軽くない?」

「じゃあ、贈り物が良いか?」

「そういう事じゃないけれど」

 唇を尖らせつつ、ヨハンナは、抱き締める。

有難うグラッツィエ

「何が?」

「私を頼ってくれて」

「……そうか?」

愛してるティ・アーモ

 大河に口付けし返し、ヨハンナは、更に強く抱擁。

 夢にまで見た結婚だ。

 教義に逆らってしまった、という自責の念があるにせよ、それ以上に心が満たされている。

「……私ね。前任者を殺したの」

「……それで?」

「驚かないの?」

「全然。君以上に俺の手は汚れているからな」

「……」

 思い切った告白だったのだが、一蹴されてしまった。

「……一世一代の告白だったんだけどなぁ」

「じゃあさ、聖書では、神は、何人殺した?」

「ええっと……203万8344人」

「じゃあ、悪魔は?」

「10人」

「つまりはそう言うことだ」

 大河は笑って、ヨハンナを抱き締め返す。

 一緒に同衾していた松姫は、苦笑いだ。

「真田様、私をお忘れですか?」

「覚えてるよ。この先もずっとな」

 日中、ヨハンナと松姫は、犠牲者の祈祷の為に、大忙しであった。

 その為、夜になるとバタンキューだ。

 深夜に駆り出されて、睡眠時間も少ない事も理由の一つである。

「……zzz」

 大河と手を繋いだ事で安心したのか、松姫は、そのまま寝息を立て始めた。

「僧侶と修道女、2人と寝る何て……仏と神はどう思っているのかしら?」

「さぁな。まぁ、怒っているだろうな」

 教義に反しているのだから、怒っている可能性が高い。

 然し、無神論者である大河には、無関係であった。

 ふわぁ、とヨハンナは、大欠伸おおあくび

「眠たい?」

「眠たい」

「じゃあ、お休み―――」

「嫌。まだ語らいたい」

「もう遅いけど?」

 もう少しで日付を跨ぐ。

 大河も睡眠不足なので、極力、寝たい。

 一応は、不眠に耐え得る訓練を受けている為、数日間は問題無いが、睡眠は極力、とらなければ、健康に差し支えが生じる。

「……分かったよ」

 ヨハンナの懇願に根負けし、大河は、彼女が寝るまで付き合うのであった。


 翌朝、寝不足の大河は、誾千代達の部屋に向かう。

 スーッと、襖を開けると、寝室では、

・誾千代

・謙信

・ラナ

・お江

 が、寝ていた。

「……」

 大河は、彼女達の布団に侵入すると、そのまま横になる。

「……? 貴方?」

「お早う」

「お早う……何?」

「会いたかった」

 誾千代を抱き締めては、囁く。

「……愛してる」

「……私も」

 大河がどれ程、側室や愛人を増やしても、その絆は壊せない。

 2人は、接吻を繰り返す。

 恐らく世界一、円満な夫婦かもしれない。

 鳥が鳴きだした頃、2人は、起きて宿を抜け出す。

 堺は、約80万人もの人口を誇る大都市だが、朝の人通りは、少な目だ。

 中々無い逢引に誾千代のテンションが上がる。

「じぇらーと、食べたい」

「朝から?」

「うん」

「あるかな?」

「探して」

「あいよ」

 早朝、一体、何処の店が開いているだろうか。

「……」

 愛妻の為に見回す。

 あるのは、24時間営業のコンビニエンスストアのみ。

「あそこで良い?」

「安上がりだね」

「じゃあ、開店時間まで待つしかないな」

「それは、無理よ。空腹だし」

「我儘な女だ」

「好色家に付き合えるのは、私だけよ」

「そりゃそうだな」

 2人は、笑い合い、入店。

 そして、肌寒い朝から、ジェラートを頬張るのであった。

 

 宿に戻り、全員と朝食を摂った後、大河は、職務に戻る。

「鶫」

「は」

「あの馬鹿な外交官の弱みを探せ」

「もう掴んでいます」

「早いな」

「秘書ですから」

 鶫が出した報告書には、こう書かれている。

 ―――

『・娼婦への暴行

  外国人向け娼館の娼婦に対し、職務を超えた奉仕を強要し、拒否した所、暴行。

  被害者多数。

  その際、毎回、高額な示談金で、黙殺。

  被害者の多くは、現在、療養中であり、社会復帰は、困難と見られる。

 ・経費の不正使用

  本国政府から支給された経費を、自分の口座に移し替え、遊興費に充てている。

  その額は天文学的な数字であり、今以て尚、正確な金額は、把握出来ていない』

 ―――

 最初の報告書なので、これ位、曖昧でも良い。

 後は、足りない所を二次、三次の報告書で補えば良いのだ。

 それでも足りない場合は、残念ながら創作者クリエイターになるしかない。

 暴行もさることながら、大河が注目したのは、不正受給の方であった。

 を流用するのは、国民の怒りを買いかねない大罪だ。

「小太郎、この事は、フランス、知っているのか?」

「いえ」

「じゃあ、流せ。但し、小出しにな?」

「は」

 情報は、一気に全部出すと、注目度が分散され易い。

 その分、平成28(2016)年に世間を騒がせた週刊誌は、情報を小出しにし、その都度、世間の注目を集め、高めた。

 二の矢、三の矢を時間をかけて放つ事で、相手をじわじわと追い込む心理戦法とも言える。

 情報戦略に関するものでは、とある映画でも、

醜聞スキャンダルには、醜聞スキャンダルを』

 という言葉が登場する。

 これは、主に国民の目を政権批判から逸らす為に使用される時の戦術であり、日本でも政権の支持率が下がった際、芸能人の逮捕が相次いだ為、時機タイミング的に不審視され、「時の政権は、芸能人の醜聞を把握している」と言われている。

 尤も、これは映画の中の話であり、日本も都市伝説の類なので、物的証拠が無い。

 何処まで真実かは、神のみぞ知る世界だ。

 大河も又、歌舞伎役者等、国民に影響力がある芸能人の弱みを把握しており、万が一の為にさせている。

 恐らく、多くの国民は、政治家のそれより、芸能人のそっちの方が気になる話だろう。

 政治は、自分の生活に直結するまで長い時間を要するが、娯楽は、国民生活に直結し易い為、どうしてもそちらの方が、注目され易いのだろう。

「楠、浪人を買収し、フランス人に偽装させて、問題を起こせ」

「は」

 2人は、直ぐに消えた。

 仕事が出来るだけあって、その速さは凄まじい。

「御疲れ様です」

 時機を見計らって、アプトが入って来た。

 御盆には、村上茶が。

「有難う」

「きゃ―――」

 大河は、受け取ると同時にアプトを抱き寄せる。

「その、お仕事中ですよ?」

「良いんだよ」

 アプトを膝に座らせ、肩もみ。

「若殿?」

「結構、凝っているな?」

 凝りを解き解す。

 マッサージ師程ではないにせよ、大河の肩揉みの技術は、上手い。

 絶妙な力加減で女性陣の疲労を癒すのは、夫の務めだ。

 公務や仕事で激務な朝顔、阿国は、女性陣の中でも肩揉みを好む。

 アプトも言わないだけだが、その光景を見て来た為、至福の時間だ。

 無言になったアプトを見ると、彼女は、笑顔で目を閉じていた。

「……♡」

「兄者~」

 お江が、学校に提出用の報告書を持って来た。

「こんな感じで良い?」

「どれどれ」

 片手で肩もみしつつ、大河は、報告書を受け取って、確認する。

「……ここの漢字、違うよ」

「あ」

「後は、こことここが矛盾している。もう一つ、これはね―――」

 学生なので、細かく指摘する必要は無いかもしれないが、一応、提出先が大河の経営する学校。

 然も、お江は、妻の1人。

 大河の体面もある為、この様に、厳しく指摘せざるを得ない。

「これで良いかな?」

「有難う♡ 兄者、大好き♡」

「俺もだよ」

 お江も抱っこし、その頬に接吻。

「にゃははは♡」

 お江は笑って、抱き締め返す。

「鶫も」

「はい♡」

 仕事を一旦中断した大河は、3人を愛でるのであった。


 大河の指示の下、フランス王国の大使館と国内全土にある領事館は、国家保安委員会の厳重な監視対象施設となった。

 出入する人物は、フランス人、日本人共に確認され、名簿リストが作られていく。

 元々、諜報外交官インテリジェンス・オフィサー対策の為に、国内にある外国の施設は、全て監視対象なのだが、その中でフランス王国のそれが、最も厳重に監視されるようになったのだ。

 監視だけでなく、潜入も行う。

 日本人の商人に偽装して、大使館内部に入ると、商談の振りをしつつ、間取りや施設内で働く職員を確認。

 それらは、全て、国家保安委員会で管理され、弱みを握れそうな外交官が居れば、順次、詳細に調査した上で脅迫する、といった具合だ。

 色仕掛けハニー・トラップも忘れていない。

 娼婦、男娼を送り込み、寝台で外交官から秘密を盗んでいく。

「……大分、集まったな」

 机に高く積み上げられた報告書の山に、大河は満足する。

「これ、如何するの?」

 ラナが一つずつ、報告書を見ていきつつ、尋ねた。

 隠す必要は無い。

 全て、順次公開していく予定だから。

「向こうの瓦版に売るんだよ」

「あら、強請ゆするんじゃないの?」

「それもありだが、筆で徹底的に叩かれるのも良いだろう」

「あら、悪い顔」

 ラナは、嬉しそうに大河に接吻。

 優しさと怖さを兼ね備えた夫だ。

 敵対しない限り、餌食になる事はほぼ無い。

「悪人に惚れたのが、私の運の尽きね」

「そうだな」

 大河も笑う。

「アプト、これを、エゲレス人に渡せ」

「ふらんすの瓦版ではないんですか?」

「エゲレス人に花を持たせるんだよ。仲、悪いからな」

 英仏は、1337年から1453年までの116年間、戦争を行った。

 所謂、『百年戦争』である。

 この時の勝者がフランス王国だ。

 大河は、この時の事を知っており、イギリス人のフランス人に対する感情を利用しようというのだ。

「蛇みたいに狡猾ね」

 ラナは、震える演技をしつつ、笑うのであった。

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