第482話 千慮一失
ヨハンナの事実婚は、直ぐに欧州に伝わった。
祝福ムード―――とは思いきや、
「あの女狐め! 背信者になり下がったな!」
激怒しているのは、ロベルト。
保守派の枢機卿だ。
性的虐待で破門された保守派に代わって、地位を得た、別の派閥に属している。
今の保守層は、これが主体に置き換わりつつあった。
「神に仕える身でありながら結婚などと……」
ヨハンナが退位し、日ノ本に移住して以降、日に日に、女性信者の発言力が高まっている。
今迄、男性に従う事が多かった女性が、ヨハンナに触発されて、自由に目覚めたのだろう。
バチカン市国以外の国々でも、女性達が自分達の権利を主張し始めていた。
「女性にも自由を! 権利を! 応!」
「「「応!」」」
♀のプラカードを掲げ、シャンゼリゼ通り等で大行進。
ある話では、平和な時代になると、男性は
その根拠は分からないが、少なくとも戦後の日本では、一部の男性が化粧をしたりと、やはり
日本に限って言えば、
バチカン市国前でも女性達がデモ行進を行っている。
一昔前の権力者ならば、武力行使で弾圧し、臭い物に蓋をする理論で何も無かった事にするのだが、旧教はイスラム教との宗教戦争、新教との宗派間対立により、疲弊。
デモ行進を弾圧する程の余力は無かった。
「枢機卿、報告書です」
「うむ」
部下から受け取り、目を通す。
『今回の女性解放運動の黒幕は、日ノ本、と思われれる。
潤沢な資金源と共に、日ノ本の制度を宣伝し、女性達を利用しているもの、と解釈出来る。
日ノ本は、新教や女性達を支援する事により、欧州での存在感を増し、招待的には、併合を目論んでいる可能性がある。
その指導者・真田大河は、まだ20代。
瞬く間に北米を併合に至った軍功から考慮すると、欧州陥落も近いだろう』
「……」
ロベルトは、報告書を握った。
内容に関しては、
『~思われる』
『~解釈出来る』
『~可能性がある』
『~だろう』
と、全て推論なのが、気にはなるが、対日警戒論に関しては、賛成だ。
「……あの女には、”山の老人”に託そう」
「! 異教徒ですが?」
「戦争は終わったんだ。収入源を失った奴等の事だ。仇敵からの依頼でも、喜んで受ける筈だ」
「……」
前教皇暗殺計画。
退位し、ほぼ無力なヨハンナに対しては、酷な様な気がするが、ロベルトは、本気で彼女を排除させすれば、今の騒動も落ち着き、再び男性優位の教会が戻って来る、と考えていた。
(暗殺が成功した暁には、その罪を今の聖下に背負わせ、退位してもらおう。それで、俺が教皇だ)
ロベルトは、邪悪に微笑むのであった。
”山の老人”は、シリアに居た。
シリアは、欧州とアジアの中継地点の一つにある為、
・キリスト教
・ユダヤ教
・イスラム教
・白人
・アフリカ人
・アラブ人
等
が頻繁に往来している。
暗殺教団の長老・ハッサンは、
「……暗殺ね」
バチカン市国からの密使から依頼に、ハッサンは頷いた。
焙じ茶の
密使は、その匂いに慣れておらず、今にも吐きそうだ。
「幾ら出せる?」
「1千万リラ―――」
「聖地だ」
「!」
「聖地から撤退しろ。侵略者め」
「……」
密使は、顔を真っ赤にした。
然し、抜刀はしない。
ハッサンは、老いたとはいえ、中東一の殺し屋だ。
一介の聖職者如きに負ける訳が無い。
「……バチカンにそう返事しろ」
「然し、貴方方は、今、資金難で―――」
「あ?」
ハッサンの目の色が変わる。
「……貴国が思う程、我々は、貧乏ではありませんし」
「……」
「返答次第で依頼を受ける。分かったな?」
「……ああ」
「行け」
密使を追い出した後、ハッサンは、日ノ本の地図を机から出した。
「
欧州人が夢見る黄金の国。
ハッサンも興味が無い訳ではない。
幸か不幸か、シリアを支配しているオスマン帝国は、日ノ本の数少ない友好国だ。
オスマン帝国領内には、日ノ本の在外公館があり、国内には、日本人の商人も多い。
(……日ノ本は、
アラブ圏でも日ノ本の武名は、轟いている。
オスマン帝国領内には、『サナダ村』『サナダ
中には、朝顔
(
危険性の高さから、ハッサンは、今回の件を破談にする事にするのであった。
その頃、日ノ本では、平和に満ち満ちていた。
「父上~。新作~」
愛姫が新著を持って来た。
「おお、有難う」
新著は、官能小説であった。
『
小学生程の年代の子供がこれを書くのは、現代人の親ならば、反対するだろうが、大河は違う。
子供の才能を褒めて伸ばすタイプなので、我が子が官能小説を書いても別に怒らない。
だが然し、
「……愛?」
「ん~?」
大河の膝の上で子猫の様に甘える。
「この2人さ」
「うん?」
「俺と政宗?」
「!」
いきなり呼ばれた政宗は、硬直した。
「え? 自分ですか?」
「ほら」
「え……?」
政宗は、言葉を失った。
書物の挿絵にある春画には、男性と男子が、半裸で絡み合っていた。
この時代、衆道(男色)は、珍しくないし、政宗自身、史実で片倉重綱等と恋愛関係にある為(*1)、男色には、抵抗が無い。
然し、全男性が好き、という訳では無いので、当然、義父にそんな感情を抱いた事は無い。
「……何か済みません」
「謝る事は無い。男色に偏見も差別意識も無いよ」
「ぎゃ」
微笑みつつ、愛姫の頭に手刀を叩き込む。
大きな大きなたん瘤が出来た。
涙目で愛姫は問う。
「ち、父上?」
「勝手に俺達を手本にするな。馬鹿垂れ」
「ち、父上が喜ぶかと―――」
「俺の恋愛対象は、女性だけだよ」
「「きゃ♡」」
宣言して、大河は、小太郎とナチュラを抱き寄せる。
2人は、彼の愛人だ。
過去、大河は、男性と恋愛関係になった事も、肉体関係になった事も無い
『戦国の時には男色盛んに行なはれ、寵童の中より大剛の勇士多く出づ』(*2)
と戦国時代の随筆文にある様に、この時代、男色は、盛んだ。
織田信長、武田信玄等、戦国史に燦然と名を残す武将達の多くも家臣を寵愛していた。
これを毛嫌いしたのは、当時の宣教師だ。
ザビエルも日本人を賞賛しつつも男色文化は受け入れる事が出来ず、この結果、保護者・大内義隆と溝を深めた。
サビエル以外の宣教師も、同じ様に非難している。
『彼等(=日本人)はそれ(=男色)を重大な事と考えていないから、若衆達も関係のある相手もこれを誇りとし、公然と口にし、隠そうとはしない』(*3)
『貴族の中には僧侶並に男色に汚れている者があるが、彼等はこれを罪とも恥ともしない』(*4)
この様な事から、大河の様な異性愛者は、この時代、少数派かもしれない。
見慣れている筈の愛姫が誤解するのも無理無い話だろう。
「じゃあ、差し替えるね?」
「そうしてくれ」
献本後に差し替えは、出版社からすると大損害だ。
「御免ね。父上、怒ってる?」
「いや、呆れているだけだ。余りにも酷いから二死だよ」
「西?」
「方角じゃないよ。二死だ」
アプトが習字で『二死』と書く。
「……2回死ぬ?」
「まぁ、そういう意味だ。次、何か問題を起こせば、発禁処分にする。出版社も愛も活動停止だよ」
「!」
三審制は、本来、アメリカの司法制度だが、大河はそれを自由権に導入していた。
今回の場合は、
①他人を無断に手本にした事
②それを無許可で発行した事
を問題視し、二死、という訳だ。
『表現の自由』は、憲法上、遵守しなければならない権利ではあるが、物事には、限度がある。
パパラッチの存在自体が、この国では、非合法な様に。
独裁国家では、事前に検閲或いは、1発発禁処分が当たり前なので、日ノ本のこの制度は、それに比べたらまだ良心的と言える。
「父上は、それを制限出来るの?」
「そうだが、今回のは、被害者だからな。被害者として、大審院に異議申し立てをして、それを受理される様に手続きをすれば済む」
「……いつもは、命令一つなのに?」
「民主主義だからな」
先程、手刀を叩き込んだ場所を今度は、撫でる。
飴と鞭だ。
たん瘤は、見る見る内に縮んでいく。
「父上……御免なさい」
心底、反省した様子だ。
大河は、義理の息子を手招き。
「政宗」
「は」
「愛妻だろう? 慰めるのが、夫の務めだ」
「はい」
深く頷き、愛姫を抱き締める。
義父の前でこんな事が出来る男は、中々居ないだろう。
これも、大河から影響を受けたのかもしれない。
「
「うん?」
「愛を幸せにします」
「そうだ。それでこそ夫だ。頼んだぞ?」
「はい!」
元気良く返事した後、政宗は、より一層、愛姫を抱き締めるのであった。
[参考文献・出典]
*1:佐藤憲一 『伊達政宗の手紙』 新潮選書
*2:『梧窓漫筆』
*3:『日本巡察記』 平凡社 一部改定
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ 天正7(1579)年来日
*4:『日本大王国志』 平凡社 一部改定
フランソア・カロン 元和5(1619)年来日
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