第378話 悠悠閑適

 首斬り騎士は、京都新城に来ていた。

「……」

 そして、大河の寝室に一直線。

 調べずとも分かる。

 妖精だから魔力で何でも出来るのだ。

 寝室に到着すると、布団を覗き込む。

 目が合った。

「! おお、あんたが、首無し騎士か? 待ってたぜ?」

 大河は、がばっと起き上がる。

 竹馬の友との再会を破顔一笑で。

「???」

 これには、首無し騎士も戸惑うばかりだ。

 刀を持ったまま、右往左往。

 首が無い為、言葉を発する事が出来ない。

 橋姫が現れた。

「もう、何で厚遇しているの?」

「首無し騎士何て早々、見られないよ」

 首無し騎士の為に茶を用意する。

「まぁ、座ってくれ」

「???」

 完全に主導権イニシアティブを掌握され、首無し騎士は、飲まれるままだ。

「筆談出来るか?」

「……」

 こくり。

 安堵するしかない。

「んで、俺を殺す為に来た?」

 橋姫が、メモ帳を渡す。


『見極メニ来タ』


「見極め?」

 こくり。


『我、教皇庁、守護者。貴殿ハ敵?』


「「……」」

 大河と橋姫は、顔を見合わせる。

「敵ではないよ」


『証拠、見タイ』


「分かったよ―――鶫」

 押し入れから出て来た。

 念の為、日本刀で武装している。

「御呼びで―――ひ」

 首無し騎士を見て、腰を抜かした。

 当然だろう。

「幽、霊?」

「あー、そんなんじゃないよ。ただのお客様だ。珠とマリアを呼んできてくれ」

「……は」

 匍匐前進ほふくぜんしんの様に出て行く。

「……」

 一方、首無し騎士も動かない。

 癩病の患者を見たのだから。


『今ノハ?』


「愛人だよ」


『!』


「因みに橋は、妻だ」


『!』


 橋姫を抱き寄せて、その首筋に口付け。

「もう、跡が出来ちゃう♡」

「良いんだよ。マーキングなんだから」

「もう、馬鹿♡」

 今にも交わらんばかりの勢いだ。


『……』


 頭が無いのに首無し騎士は、呆れた雰囲気だ。

 お手上げ、といったポーズをする。

 顔が無い分、より一層、感情表現が豊かに見える。

「橋、一応、皆にも魔力を」

「分かったわ」

 指パッチン。

 これで、女性陣に魔力が掛かった様だ。

 やがて、鶫が2人を連れて戻って来た。

「夜分に失礼致します」

 珠が挨拶。

 礼儀正しくて好感が持てる。

「若殿、何ですか?」

「いや、逢いたくなっただけだよ」

「もう♡」

 睡眠を邪魔されたのに、珠は怒らない。

 それ所か、擦り寄り、大河の膝に座る。

「今晩は、橋様の出番かと」

「そうだけど、珠もね?」

「もう~」

 珠とじゃれ合う間、首無し騎士は、固まったまま。

「……」

 それもその筈、珠はロザリオを装着しているからだ。

 欧州では、日ノ本では、耶蘇やそ関連の物は、全て発禁処分に遭っている、と思われている。

「お詫びに明日は、1日、公休日にするからね」

「有難う御座います♡ でも、若殿の1日過ごしたいです♡」

「じゃあ、そうしかよっか」

 珠と接吻後、橋姫を抱き締める。

「……」

 首無し騎士は、顔が無い為、感じ方が分かり辛いが、呆れている様だ。

 マリアが問う。

「この方は?」

「欧州からのお客様ですよ」

「……カトリック?」


『はい』


 首無し騎士の地元、アイルランドはカトリックを信仰している。

 隣国のイギリス、その一部である北アイルランドは、プロテスタントを信仰している為、北アイルランド問題の対立の一つになっている。

「私は、プロテスタント。ま、カトリックに敵意は無いからね」

 マリアに首無し騎士がどう見えているか分からないが、珠同様、驚いた様子は無い為、魔法で頭部がある状態に見えるのだろう。


『本当ニ、教皇庁トハ、対立スル気ハ無イ?』


「そうだよ。この国には、信教の自由があるからな」

 鶫とも密着させ、大河は3人を抱き締める。

「若殿、今晩は積極的ですね?」

「色々、溜まってるんだよ。珠だけに」

 最低の下ネタだ。

「玉だけに?」

 鶫が被せる。

 そして、大河の下腹部を手を伸ばす。

「おいおい、御客様の前だぞ?」

「え? もうお帰りになられましたが?」

 大河が見ると、既に首無し騎士は居ない。

 敵意無し、と判断したのか。

 橋姫が囁く。

「情状酌量みたいよ」

 取り敢えず、死ぬ子事は無さそうだ。

 マリアが睨む。

「本当、貴方、好色家ね?」

「申し訳御座いません。地獄に落ちますかね?」

「恐らくね」

 これまでマリアが出逢ってきた男性の中で、最も好色家だ。

 野心家でも病弱でも無く、女性に優しい為、過ごし易いと言えばそうなのだが、その分、恐ろしい。

 いつ、慰み者にされるか。

 見た所、大河は暴行する様な人物では無さそうだが、その分、心配は無いのだが。

 兎にも角にも、合わない。

 厚遇してくれるのは、有難い事だが。

「マリア様、幾ら食客しょっかくの御立場とはいえ、若殿を罵倒する事は許しませよ?」

 鶫がナイフを抜く。

「宗教的価値観から申し上げたまでよ」

「この―――」

「鶫、良いんだ」

 ナイフを収めさせ、大河は、頭を下げた。

「申し訳御座いません。御無礼を」

「! 若殿?」

「食客だ。無礼は許さん」

「ですが―――」

「気持ちは有難い。でも、駄目だよ」

 優しく諭しつつ、大河は、もう一度、深々と頭を下げた、

「誠に申し訳御座いませんでした」


 数時間後、マリアは部屋に帰っていた。

「……」

 男性に誠心誠意、謝られたのは、何十年振りだろうか。

 考える。

 大河の事を。

 最初は慰み者に遭う、と覚悟していたのだが、全然そんな事は無く。

 逆に食客として厚遇してくれる。

 王族、という身分は無くなったものの、以前よりかは、生き易い。

 同じ立場であった朝顔やラナも、相談に乗ってくれる。

 幽閉されていた時と比べると、非常に居心地が良い。

(……恋か)

「失礼します」

「!」

 見ると、ラナだ。

 夜着を着て、隣に座る。

「不眠症ですか?」

「……いえ」

「真田が気にしていましたよ。若し、御体調が悪ければ、医者を呼ぶ、と」

「大丈夫です」

「そうですか」

 少しラナは、安堵した様子だ。

「殿下、私は、臣籍降下した身です。敬語は、不必要かと」

「いえいえ。大英帝国と、布哇ハワイ王国は比べる事が出来ませんよ」

 ラナは、微笑む。

 健康的な褐色の肌が、瑞々しい。

 大河とは、週4で寝ているだけあって、子供も出来るだろう。

「……殿下は、あの者の妻なんですよね?」

「はい。正確には、側室でしょうが」

「……王女なのに側室で良いんですか?」

わたくしより、正妻に相応しい方々は、沢山いらっしゃいますから仕方の無い事かと」

 山城真田家に嫁いだ時点で、将来は安泰、と見方もあるが、実際は、違う。

・立花誾千代

・上杉謙信

・朝顔

・お市

 等、現在の日ノ本を代表する女性達ばかり。

 朝顔に至っては、上皇だ。

 一応政治的権限は無いが、立場上、帝より上位にある上皇の彼女に対し、誰もが敬意を払うのは当然の事だろう。

 上皇が存在しない布哇ハワイ王国の出身であるラナも当初、「上皇」という概念が理解し辛かったが、今でも、日本人同様に敬意を払っている。

「……嫉妬は?」

「ありましたよ。でも、我が国を救って下さった英雄ですから。『英雄色を好む』。当然かと」

「……」

「私は、真田の妻です。何れ子を産むでしょう。殿下は、今後、如何するんですか?」

「……そうね」

 食客の地位に甘んじるのも良いが、怠惰になっていくのは、自尊心が許さない。

 ”怠惰王”―――ヴェンツェル (1361~1419)の様にはなりたくない。

 彼は、兎に角悪評な人物だ。

・無能

・怠惰

・酔っ払い

・短気

 等、数々の欠点が挙げられている。

 例として、1398年5月にフランス王シャルル6世と教会大分裂解決の方針を話し合うランスの会談に出席した際、前日に酔い潰れてしまう失態を演じた。

 会談も不調に終わり、ヴェンツェルの醜態だけが知られる事になった(*1)(*2)。

 分別の無さも見られ、


・1388年7月に神聖ローマ帝国の都市同盟と諸侯が争っている最中にアラゴン王フアン1世と狩猟を知らせあう使節を派遣した事


・皇帝戴冠式の資金目当てで1382年にイングランドと政略結婚を結んだ事


 が挙げられる。

 短気で怒りっぽい性格でもあり、


・ネポムクの聖ヨハネ(1340頃~1393年 ボヘミアの司祭でローマ・カトリック教会の聖人)の拷問に自ら手を貸した


・串焼き料理人の技術の未熟さに怒って殺した


 等、残酷な逸話も語られている。

 家領のルクセンブルクを抵当へ入れた事も非難の一因になっている(*1)(*3)。

 もっとも、チェコではヴェンツェルは好評な一面もあり、


・プラハの街の整備

・プラハの王室図書館の拡充


 等、功績を挙げた。


・チェコ文化に親しんでいた事

・大貴族牽制の為、市民を側近に取り立てた事

・素面では市民に愛想よく振る舞っていた事

・最晩年を除きフス派を擁護し続けていた事


 からドイツ、ルクセンブルクのヴェンツェルに対する評価は厳しいが、チェコの評判は良い傾向にある(*1)(*3)。

 王族ではなくなったマリアだが、”怠惰王”の様に後世まで悪評が立つのは、我慢ならない。

 ならば、修道女シスターか侍女位だろう。

 体力に自信が無い為、肉体労働は出来ない。

「……取り敢えず、色んな職種を検討するわ」

「側室は、どうです?」

「さぁね」

 マリアは、微笑んでかわすのであった。


[参考文献・出典]

*1:鈴本達哉『ルクセンブルク家の皇帝たち-その知られざる一面-』近代文芸社 1997年

*2:瀬原義生『ドイツ中世後期の歴史像』文理閣 2011年

*3:G・トラウシュ 訳:岩崎允彦『ルクセンブルクの歴史―小さな国の大きな歴史―』刀水書房 1999年

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