第376話 教皇来日

 首無し騎士も気になる所であるが、目下最大の問題は、教皇訪日であった。

「聖下は、ロシアと日ノ本ジャパンに来るそうですよ」

 祇園の料亭にて。

 サトーが、告げる。

 イギリス人なのに刺身に抵抗が無い様子は、名前もさることながら、もう日本人にしか見えない。

「ロシア? 仲悪く無かったっけ?」

 ロシア正教とバチカンは、1054年の分裂以来、トップ同士の交流が2016年まで無かった。

 教皇と総主教の会談は、1千年振りという事で、当時、大ニュースになった程だ。

 ―――

『【ローマ法王とロシア正教トップ会談 分裂後初、約1千年ぶり】』(*1)

 ―――

 正確に言えば、1964年の会談時、双方の和解は、成立している。

 専門家曰く、

 コンスタンティノープル→商店会長

 東方正教会     →商店会

 各地の地方教会は緩やかに連合し、信者1億人程と最大規模を誇るロシア正教会もその一つなのだという(*2)。

 その印象がある為、教皇がわざわざ訪露するのは、大河には、驚愕すべき事案である。

 これも又、時間の逆説の一種なのかもしれない。

「”雷帝”が主教を殺してなかたっけ?」

「よく覚えていますね? 丁度10年前ですよ」

 モスクワ府主教のフィリップ2世(1507~1569)は、イヴァン雷帝に選ばれて主教に就任したのだが、彼の独裁政治に反対し、怒りを買い、粛清された。


『幽閉されていたフィリップは、食事が一切与えられず枷で固定されていたのに、数日後、枷は外され府主教は獄中で神を讃美していた』


『雷帝の命令で飢えた熊がフィリップの部屋に放たれたが、フィリップは起立して祈り、熊はその足元に大人しく身を横たえていた』


 といった、獄中での奇蹟が伝えられている。

 現在、彼は正教会の聖人の1人として崇められている(*3)。

 奇蹟は、どこまで本当かは分からないが、あの”雷帝”に真っ向から反対したその勇気は、並の人間では出来ない。

 聖人になるのも、当然の話だろう。

「御子息の新王が、バチカンに歩み寄りを見せている為、聖下もそれにお応えになったですよ?」

緊張緩和デタント、か」

「ん?」

「何でもないよ」

 大河は、茶を飲む。

(やはり、予言の書の人物なのか?)

 サトーは、最近、読んだばかりの『のすとらだむすの予言集』を思い出す。

 大河の発言や行動、知識等は同時代の人物とは到底思えない程、新しい。

 彼もまた、大河が予言集に記載する人物ではないか? と疑っていた。

「それで、聖下はいつ来るんだ?」

「春頃じゃないですかね? 早く来月?」

「分かった。我が国も最恵国待遇で持て成す」

「有難う御座います」

 冷遇すれば、仲介役になったイギリスの顔を潰す事になる。

 又、教皇が欧州から出るのも初めての事だ。

 全世界のキリスト教徒が注目する事だろう。

「バチカンの事は、貴国に任せるよ。我が国は、歓迎すれど、カトリックを受け入れるかは、別問題だ」

「その点については、一緒です」

 2人は、盃をぶつけ合う。

 近衛大将と駐日大使の飲み会は、夜明けまで続くのであった。


 翌日、誾千代が謙信、お市を連れてやって来た。

 一緒に朝食を摂る為だ。

 お市は、大河の傍に座り、味噌汁を啜っている。

 他の女性ならば、「愛されていないのでは?」と不安を感じるかもしれないが、流石、三姉妹を産んでいるだけあって、どっしりとした面構えだ。

 茶々、エリーゼ、千姫も子供優先で夫が二の次なのは、その系譜なのかもしれない。

「……貴方、今夜、久し振りに逢引したい」

「分かった。良いよ」

 求められたお市からの手を、大河は拒否しない。

 しっかりと握り返す。

「もう、嫉妬しちゃう位、鴛鴦おしどりね」

 謙信は唇を尖らせつつ、大河の背中に頬擦り。

 自分も累を妊娠した際は、彼の支えは必要不可欠であった。

「累は?」

「華が遊んでいる」

「後、様子を見に行くよ」

「有難う」

「貴方♡ あ~ん」

 焼き魚を誾千代が、切り分けて、口へ運ぶ。

 自分で出来るのだが、どうも大河の妻達は、尽くしたい性格らしい。

「有難う。ああ、昨日の事なんだけど」

 飲み会の内容を大河は、隠さない。

 妻が自分に隠し事をしても良いが、大河は妻に隠し事をしない主義だ。

耶蘇やそのお偉いさんが、近々、来日するそうだ」

「「「へ~」」」

 3人は、興味無さげ。

 切支丹だったら反応は違ったかもしれない。

「若殿、それ本当ですか?」

 御代わりの御飯を盛っていた珠は、思わず、杓文字しゃもじを落とす。

「ああ、本当だよ」

「若殿と御会談は?」

「さぁ? そこまでは。決まっているのは、両陛下、殿下と御逢いする事位だよ」

 朝顔と帝、それにラナは、立場上、会談は、当然だろう。

 後は、首相の織田信孝も。

「……」

 感動の余り、珠は嬉し涙。

 教皇が、来日するのだ。

 日ノ本の全切支丹の夢だろう。

 珠の涙を見て、大河は、

(公私混同は、駄目だが、珠の為にも成功させなければならないな)

 と、来日成功を強く思うのであった。


[参考文献・出典]

*1:日本経済新聞 電子版 2016年2月11日

*2:週刊新潮 2016年2月25日号

*3:ウィキペディア

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