第364話 剛毅果断
日ノ本が仲介者に選ばれたのは、大英帝国とオスマン帝国、双方の意思が大きく働いていたからだ。
両国は、日ノ本の友好国であり、永世中立を高く評価していた。
以前、
戦闘機や戦車を出されたら、両軍共一気に壊滅し、欧州と中東は、日ノ本の飛び地になっても可笑しくは無い。
戦争で奪ってはいないが、アラスカは、その一部になっている。
そうなった事で、先住民族と激しく戦っていた欧米列強は、アラスカに手を出せなくなった。
もし、欧亜の
それもこれも、大河次第だ。
正式に親書が届き、それを大河は和訳し、帝に届ける。
簡単な仕事と思うだろうが、実際には、大変な仕事だ。
ニュアンス次第では、帝や朝廷の欧米に対する
例えば、第二次世界大戦時。
アメリカは日本に降伏を促すも、日本政府は、黙殺したのだが、アメリカは、これを無視と解釈。
原爆投下の契機の一つとなった。
誤解が悲劇を生んだのである。
普段、温和な帝だが、史実で言う所の子孫に当たる孝明天皇(121代 1831~1867)が外国人嫌いだった様に、誤訳次第では、帝もそうなるかもしれない。
なので、エリーゼと何度も何度も推敲を重ねた上での和訳になるのだ。
『……平和か』
帝は呟き、
「妙案だが、流石に遠いですね」
信孝は、渋面。
「真田殿、いっその事、両陣営の使者を招くのはどうかな?」
「それも考えましたが、大英帝国は、女王陛下が会談を熱望されています。流石に呼びつけるのは、難しいでしょう。出来るのであれば、第三国かと」
「……成程な」
信孝の渋面は、崩れない。
就任以来の難題に内心、頭を抱えているのだろう。
『真田、どう思う?』
「畏れながら……両陛下には、危険だと思いますので、断った方が宜しいかと」
『……停戦でも、危険か?』
「はい。直前まで戦争をしていた為、復讐の為に戦争を再開させたい勢力や兵士も中には、居る可能性があります。万が一、関わった際、再開させる為に陛下が利用される可能性も否定出来ません」
『……』
上位の人間は直ぐに停戦したが、末端の兵士は不満が
昇進したい。
復讐したい。
そんな理由で戦争を望んでいるだろう。
「これは腹案ですが、自分が代理で行きましょうか?」
『!』
「!」
聞こえによっては帝に取って代わる、とも誤解出来るが、大河には道鏡の様な野心家ではない。
「……陛下が許すか? 新妻も居るだろう? 身重の妻だって……」
「重々、承知しています。なので、短期決戦で行こうかと」
『どういう意味だ?』
「飛行機で行きます」
『!』
「!」
飛行機は、時間が無かった為、
欧亜は、流石に遠い。
「若し、妻達が反対するのであれば、一緒に観光がてら行こうかと」
「……危険ではないか?」
「はい。ですからその時は、相手を空爆し、仲介役からも降ります。後は再戦しても、我が国は一切、関知しません」
『「……」』
大河の強い意志に2人は、圧倒される。
ドミニカ共和国の独裁者であるラファエル・トルヒーヨ(1891~1961)は、自然保護をしたいが余り、虐殺も厭わない残虐な人物であったが、大河も世界平和の為ならば、戦争も出来る人物であった。
「……国家機密を明かすのは、反対だな」
「そう思います。ただ、抑止力という観点もあります」
「……陛下を連れて行くのか?」
「陛下がお望みであっても、恐れ入りますが、お断りします。近衛府の長官が両陛下を危険にする事は出来ません」
『……賢明だ』
帝は残念そうだが、大河の意見を理解している様で、嬉しそうでもある。
自分にはっきりと、「断る」と言える公家や武士がどれだけ居るだろうか。
腹を割って話せる数少ない友人だ。
「……何故、そこまで考える?」
「愛国者だからですよ」
『「……」』
大河が一晩で心変わりしたのは、親書を和訳した事だ。
そこには、はっきりと、エリザベス女王から、
『I want to talk to you.(会って話がしたい)』
と書かれていた。
・”
・”
・”
と、数々の異名を持つ名君に直接名指しされたのだ。
私室に
それだけでない。
大河は、続ける。
「えげれすは、皇室の模範と成り得る王室です。自分が御話を色々伺い、報告書を提出出来るかと」
大正10(1921)年に裕仁親王(後の昭和天皇)が訪英した際、「ジョージ5世は親身になって世話をし、その接し方はまるで実父の様であった」とされる。
この時、ジョージ5世は皇太子に「君臨すれども統治せず」という立憲王政のあり方を懇切丁寧に教え、その後の昭和天皇の人生に大きな影響を与えたともいわれる。
尚、その長男で明仁親王(後の第125代天皇、現・上皇)の教育掛を担当した小泉信三も、帝王学の教材としてジョージ5世の伝記を用いた。
昭和天皇が崩御して皇位継承した直後の平成元(1989)年3月に『ジョオジ五世伝と帝室論ほか』(文藝春秋)が復刊された(*1)。
大河の渡英は、必ずしも
『……そこまでの熱意があるなら、行くがよい。但し、朕から条件がある』
「は」
『一つ、上皇陛下が反対されたら諦める事
一つ、必ず生きて帰る事
以上、2点だ。良いな?』
「はは~」
深々と頭を下げて、最大限敬意を示す。
これで第一関門は、突破した。
「嫌」
朝顔は、即答した。
「気持ちは分かるけど、貴方が名指しされたのは、最悪、再戦した時、貴方が全責任を負う事になるかもしれないのよ?」
「そうなるな」
「絶対に嫌」
大河の背中をポカポカ叩く。
何時もは優しいのだが、今回は、ちょっと痛い。
本気で嫌らしい。
「結局、こうなるのね」
お市は、溜息を吐いた。
長く一緒に居ると、大河の性格が判って来る。
彼は、愛妻家であると同時に平和主義者なのだ。
誰よりも、平和を愛し、その為に例え幾ら自分の手が汚れても構わない。
「3日くらいだよ」
「それでも駄目。1日たりとも離れたくない」
朝顔は、涙ながらに懇願する。
「……」
泣かれたら、決心も鈍ってしまう。
大河は、妻の涙に弱い優柔不断な男だ。
御所で格好良く決めた筈であったが、朝顔の号泣を見ると、そっちの方を気になってしまう。
(陛下との約束だからな。無理だな)
向き直り、朝顔を抱き締めて、その涙を拭う。
「……分かったよ。諦める」
「本当?」
「ああ。行きたい半分、残りたい半分だったし」
「御免ね、私の
「全然」
朝顔を抱き締めつつ、接吻。
しょっぱい味。
涙が混ざっている様だ。
「……貴方♡」
「居るよ」
「……うん♡」
心底、嬉しそうな顔を見ると、大河も良かった、と思える。
朝顔を抱擁しつつ、
「お江、貰い泣き?」
「うん……」
ボロボロとお江も泣いていた。
朝顔の純愛に感動していたらしい。
彼女以外にも、松姫、阿国、楠、アプト、与祢、珠等、全員が涙を溜めていたり、泣いている。
全員が、大河の渡英に内心、反対していたのだ。
「貴方、もう少し、考えなさい。愛国者も良いけど、家族の事も考えて」
誾千代は、怒った顔で詰め寄る。
「……そうだな」
猛省しなければならないだろう。
「お詫びの為に1週間、有給休暇を取るよ」
「! 本当?」
謙信が飛びついた。
「じゃあさ、折角だし、何処か温泉旅行にでも?」
「そうだな。鶫」
「は」
「如月にお勧めな温泉地を探せ」
「は。これに」
鶫が、
大河の行動を先読みしているのか。
それとも予言者なのか。
有能過ぎて、怖い所がある。
豊臣秀吉が、黒田官兵衛にビビった出来事と通ずるものがあるだろう。
名簿を見ると、10個の温泉地が、
―――
『・支笏湖温泉(現・北海道千歳市支笏湖温泉)
・銀山温泉(現・山形県尾花沢市大字銀山新畑地内)
・湯西川温泉(現・栃木県日光市湯西川)
・黒川温泉(現・熊本県阿蘇郡南小国町黒川さくら通り)
・渋温泉(現・長野県下高井郡山ノ内町渋)
・修善寺温泉(現・静岡県伊豆市修善寺)
・草津温泉(現・群馬県吾妻郡草津町)
・三朝温泉(現・鳥取県東伯郡三朝町三朝)
・湯布院(現・大分県由布市)
・箱根(現・神奈川県足柄下郡)』(*2)
―――
この中で、京から最も近いのは、渋温泉か、修善寺温泉だろう。
後者は、行った事がある為、渋温泉が良いかもしれない。
1週間もあれば、支笏湖温泉も行けるかもしれない。
蝦夷地には、行った事が無いので、良い時機でもあろう。
冬と温泉。
寒さと温かさを同時に得られるのは、この時期でしかない。
「アプト、支笏湖は詳しい?」
「しこつこ?」
首を傾げる。
そうだった。
支笏湖は、日本語なので、アイヌ人の彼女には、アイヌ語読みの方が適当であろう。
「あー……シコットホの事だよ」
アイヌ民族は、支笏湖を「
尚、支笏川は日本語で「死骨」に通じる事から縁起が悪いとし、文化2(1805)年、現在の千歳川に改名され、後に「千歳」の地名の由来となった。
尚、水深が深く、水底に枯木等がある為、一度沈んだら浮かんでこない等を理由に、「死骨湖」であるという俗説もあるが、これは誤りである(*1)。
「良い所ですよ。若し、行くのならば御案内しますが……それよりも、アイヌ語喋れるんですか?」
「アプトと仲良くなりたいからな。勉強もするさ」
「きゃ♡」
アプトを捕まえて、口付け。
「本当、性獣ね」
嫌悪感を見せつつも、朝顔は、大河の背中にしがみつく。
そして、その首筋にキスマークを付けるのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:Tripa 2020年2月7日
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