北陸戦争

第342話 烏鷺之争

 山城真田家が九州旅行を楽しんでいる頃、遠く離れた北陸では、

「大殿、決起しましょう。織田家を取り戻すには、今が好機です」

「……」

 越前国(現・福井県)の屋敷では、盛んに軍議が行われていた。

 主張しているのは、毛受めんじゅ勝照。

 史実の天正11(1583)年、賤ヶ岳の戦いにおいて柴田軍は羽柴秀吉に敗れて、勝家は斬り込み討死を覚悟したが、勝介はこれをいさめて、退却して籠城を進言した。

 自らが代って戦うとして兵200を率いて出陣。

 敵方が包囲すると、勝家の馬印・金の御幣を掲げて大軍を惹きつけた。

 勝介は「我は柴田勝家なり」と言い放ち、身代わりになって果敢に応戦。

 勝家の脱出の時間を稼いで、討死した。

 秀吉はこの忠義を激賞して、北ノ庄城の落城後、その首を彼の母に返した(*1)。

 そんな忠臣だけあって、勝家の持ち上げるのは、当然の事だろう。

「……隠居した身だが?」

「”猿”と共闘しましょう。奴も真田を嫌っています。昨日の敵は今日の友、とも言いましょう」

「……」

 この手の話は、よくある。

 関ヶ原合戦がその代表例だろう。

 憎しみ合っていた戦国大名が、東西に分かれ、殺し合った。

 現代でも湾岸戦争で、アメリカとソ連が共闘し、イラクと戦った。

 米蘇が、タッグを組んだのは第二次世界大戦以来の出来事であろう。

「……”猿”を信用しろ、と?」

「織田家を取り戻す為には、この方法しかないかと」

 それに、と毛受は、続ける。

「元日には、お市様と三姉妹が、帰郷されます」

「!」

 それまで無反応であった勝家が、ぴくっと、動く。

 4人は、三が日、近江で過ごす。

 これは浅井家の家臣団が、主催する新年の行事に参加する為だ。

 大河も帰って来る為、運が良ければ一網打尽に出来るかもしれない。

「……」

 勝家は、暦表を見た。

 今日は、万和3(1578)年12月30日。

 予定では、明後日、4人が帰郷する。

「……上様は、どこ?」

「は。尾張にて御家族と過ごしています」

「……”猿”は、乗るだろうか?」

「必ずや説得してみせます」

「……」

 勝家は、目を閉じて考える。

 織田家の宿老しゅくろうになって以降、この数年間は、冷遇されていた感は否めない。

 無論、実力至上主義なのは、織田家の方針である。

 それから考えれば、勝家は信長等、歴代の主君からすると、大河より劣っているのだろう。

「……”庄助”、お前が言い出したんだ。早馬で説得して来い。話は、それからだ」

「は」


「”熊”が動いたか……」

 北ノ庄城(後の福井城)の城主・大谷平馬は、部下からの報告に呟いた。

 まさに大河が予想していた通りの事が起きている。

 軍人として最強だが、予言者としての才能もあるのかもしれない。

「殿、どうします?」

 居並ぶ家臣団は、皆、不安顔だ。

 それもその筈、彼等は、大河に忠臣であり、平馬のそれではない。

 又、実戦経験がそれ程無い若い城主の実力も見極めきれていないのも理由の一つだろう。

「……宮本殿、どう思う?」

「大殿が、あんたに期待しているんだよ。自分で判断した方が良いよ」

「……」

 武蔵の意見に、左近も頷く。

 2人は、平馬の補佐役として来ていた。

 年末というのに有難い事である。

 左近が、提案する。

「北陸道を封鎖したらどうだ?」

「北陸道を、ですか?」

「ああ。出なければ、兵隊も物資も集まらん。奴は、隠居の身だからな」

「……」

 諸外国に平和国家を主張する為にも、なるべく戦乱は、避けたい。

 内戦になれば、経済は、滅茶苦茶になり、折角、大河が尽力した事が水泡に帰す。

「……羽柴は、どう動くかな?」

したたかな奴の事だ。誘う振りして、大殿に情報を売るだろう」

 秀吉には、優秀な弟、秀長が居る。

 大河に好意的な秀長は、兄が彼と敵対する事を好まず、又、現実主義者でもある。

「……”又佐”殿は?」

「幸様を送っている為、敵対する可能性は低いだろう。ま、監視は継続するがな」

 左近は、平馬の肩を軽く叩き、リラックスさせる。

 大河が有能ならば、彼等も同じだ。

 優秀な人には、同じく優秀な人々が集うのは、今でもよくある話だろう。

「よし、北陸道を閉鎖だ。羽柴への密使は、捕縛しろ」

「「「は」」」

 ほぼ初めて、自分で下した指示に家臣団は、ようやく一つになるのであった。


 大河の下で鍛えられ、又、彼の哲学を直接、学んだ平馬は、同じ様に速度スピードを好む。

 屋敷から出た密使は、直ぐに捕らえられ、塩水を足の裏にたっぷり塗られた上で、

山羊責めの刑に遭う。

 一見、軽そうな拷問だが、実際は、壮絶なものだ。

 何せ山羊の舌は、ヤスリの様にザラついている。

 舐められ続けると、皮膚が裂け、血が流れ始める。

 更に続くと、その肉が削げて、骨が露出するのだ。

 慢性的に塩分不足のヤギは、塩が含まれるものならば延々と舐める習性を持つ。

 塩水は勿論、血液も例外ではない。

 終わり方は、2通り(*2)。

・拷問の執行人が止める

・罪人の血が無くなる

 そのいずれかだ。

「ぎゃあああああああああああああああああ! 話す! 話すからぁ!」

 激痛に密使は、大暴れ。

 ショック死でもされたら、折角の情報源が無くなってしまう為、平馬は山羊を引き離す。

「どんな計画なんだ?」

「はい……」

 大の大人でもこれは泣く。

 無表情且つ無感情を貫けるのは、ゴ〇ゴ位だろう。

「……羽柴を説得後、挟撃する手筈です」

「……」

 秀吉は現在、播磨国に居る。

 話に乗るかどうか分からないが、若し、実現すれば、幾ら最強を誇る大河でも危機だろう。

「他には?」

「お市様を大殿が結婚し、茶々様を羽柴がめとる事を想定していました」

「……」

 2人の同意を得ない強制結婚は、大河が最も忌み嫌う文化の一つだ。

 大量虐殺同様、重要な人権侵害の一つである。

 平馬も反吐が出そうだ。

「……”権六”様も其処まで墜ちたか」

 天を見上げて、平馬は、溜息を吐いた。

 勝家が、お市に横恋慕していたのは、噂で知っていた。

「……斬れ」

「は」

 左近が、抜刀し、密使を斬る。

 密使の首が飛ぶ。

「平馬、良かったぞ? 証言がとれただけでも十分だ」

「……はい」

 着々と平馬は、大河と似る様になっていた。


 万和4(1579)年元日。

 大河は、誾千代に山城真田家家長代理に指名後、空路で近江国へ移動する。

 主役のお市と三姉妹と。

 それに、

・楠

・阿国

・幸姫

・ラナ

・婚約者

・愛人

・猿夜叉丸

 を加えた一行だ。

 朝顔等も参加したがっていたが、浅井家の個人的な行事に上皇を連れていくのは、流石に気が引ける。

「初日の出には、間に合わなかったな」

「しょうがないね」

 茶々は、猿夜叉丸を抱っこしながら、大河にしな垂れかかる。

「茶々様、私も抱っこしたいです」

「殿下、丁重に御願いしますね?」

「はい♡」

 ラナは、猿夜叉丸を受け取ると、その寝顔を凝視する。

 母性本能が刺激されたのだろう。

 ニヤニヤが止まらない。

「真田様、私は、現地で何をすればいいんです?」

 阿国が眠そうな顔で尋ねて来た。

「皆に舞踏を披露してくれれば良いよ。その為に指名したんだ。寝てて良いよ」

「有難う御座います」

 阿国は、欠伸を殺し、後部座席に移動。

 そのまま、深く座り、寝始めた。

「私は?」

 楠も聞く。

 彼女も又、大河から指名した理由を聞かされていなかったから。

「護衛」

「私では?」

 小太郎が、飛んできた。

「私では、不適当なんですか?」

「全然。小太郎は、俺の護衛。楠は、お市達の奴隷だよ」

「あら、私は、貴方に守られたいわ」

 お市が、大河の隣に座り、耳に吐息を吹きかける。

「!」

 イラっとした楠が、短刀を取り出すも、

 大河が制止し、その刃先を握る。

「!」

「市、妻を軽視するのは止めろ」

「御免なさい」

 お市は、平謝り。

 だが、自尊心を傷つけられた楠の不快感は、払拭出来ていない。

 仕事で、お市達を守ろうとしているのに、その態度。

 士気が下がるのも当然だろう。

「全く……」

 楠に短刀を返し、大河は、彼女を膝に乗せた。

「市も悪気は無かったんだ。許してやってくれ」

「……」

 お市にそっぽを向きつつ、楠の頬は赤い。

「小太郎」

「は」

「配置転換だ。三が日は、お市達を頼んだ」

「は」

 楠のこの状況だと、暫くは、お市と離れた方が良いだろう。

 小太郎程、玄人に徹し切れていない所がある。

「……」

 お市は、楠に頭を下げて、離れた。

 大人の対応であろう。

「兄上、母上は―――」

「知ってるよ」

「きゃ♡」

 お初も抱っこし、その項に接吻する。

「あ~! 初姉様狡い! 兄者、私も!」

「はいよ」

 結局、3人を抱っこする。

「新年も相変わらずね」

 橋姫は、大河の毛繕いをしつつ、呆れていた。

「(若殿の夜伽、今回あるかな?)」

「(あの調子だとあるでしょ?)」

「(今回は、人数少ないから、間隔も短いかも)」

 それぞれ、鶫、アプト、珠のコメント。

 与祢も夜伽したいが、大河が許さない。

 譲歩されても、夜の話し相手くらいだろう。

(若殿に愛されたいなぁ……魔術師の橋様に頼んだら一晩くらい、年上になれるかな?)


 近江国に着くと、佐吉が待っていた。

「皆様、御茶会に参加して下さり、有難う御座います」

 今回の会場は、観音寺だ。

 元日の為、浅井家家臣団や領民が多く、集まっている。

 近江茶と御節料理が用意され、お市達は、歓待される。

「ささ、姫様。粗茶ですが」

「もう三十路なんですけど?」

「姫様は、何歳でも姫様ですから」

 地元の長老に言われ、お市は、満更でも無さそうだ。

 横の大河も又、厚遇されている。

「大将、鰤をどうぞ」

 御節料理の鰤の焼き物は、出世を祈願している。

 鰤自体が出世魚だから、それに肖った物なのだ(*3)。

「まだ出世しろ、と?」

 近衛大将以上の地位は思い付かない。

 長老は、わらう。

「征夷大将軍があるじゃないですか?」

「宰相になる気は無いよ」

 戦国時代まで征夷大将軍は、武士の最高位であったが、安土桃山時代になってからは、現代で言う所の首相の様な役職になっている。

「兄者、なっちゃえば?」

 やっちゃえ〇産並の軽い口調でお江は言う。

「兄様なら適任かと」

 お初も同調する。

「征夷大将軍ねぇ……猿夜叉丸、どう思う?」

「だー!」

 賛成、と言わんばかりに息子は、笑顔を見せた。

「陛下の夫なら、近衛大将より征夷大将軍の方が、相応なんじゃない?」

 お市は、朝顔を引き合いに出した。

「……どうだかねぇ」

 近江茶をすすりつつ、大河は、考える。

 征夷大将軍になった未来の自分を。


[参考文献・出典]

*1:東春日井郡 国立国会図書館デジタルコレクション 「毛受家照」 『東春日井郡誌』 東春日井郡 1923年

*2:週刊現代 2018年11月10日

*3:『丸善食品総合辞典』丸善 1998年

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