第340話 衣錦還郷

 現在の豊後高田市は、宝島社が発表している『住みたい田舎ランキング』によっては、毎年、上位に位置する地域だ。

   小さな市ランキング総合部門(*1)

 1位、豊後高田市

 2位、日田市

 3位、臼杵市

 と、大分県がトップ3を独占する驚きの結果だ。

 その1位の理由は、

・都市機能がコンパクトな地域に集中している事

・地域の人と移住者の交流が盛んで、若い世代からシニアまで住みよい環境となっている事

・日本屈指の温泉地が身近にある事

 が、挙げられている(*2)。


 大河の正妻、誾千代の御膝元の一つであって、他地域と比べると、優先的に多額の税金が投入され易いのだろう。

 現代並に発展し、京同様、外国人や洋装を着る日本人も多い。

 陸路で来ていた車列に乗り込んで、温泉街へ走る。

「山城様って温泉、好きですわよね?」

「暖かいからな」

「夏でも入っている癖に?」

 楠が突っ込みつつ、大河の前にシャンプーを幾つか置いた。

「それは?」

「好きなの選んで。使うから」

「……」

 種類は、

・石鹸の様な匂い

・爽快系

 等、現代でも販売している様な物だ。

「……じゃあ、石鹸で?」

「やっぱり?」

「ん?」

「貼り札変えているけど、中身は、全部、石鹸なんだ」

「なんじゃそりゃ」

「えへへへ。貴方って石鹸、好きじゃない?」

 してやったり、みたいに楠は、舌を出す。

「ちちうえ、こんよく~♡」

 着替えと桶を持った華姫が、やって来た。

「混浴? ―――ぐえ」

 幸姫が、ヘッドロックして大河を拘束した。

「御免なさいね? 華様。大人の事情で、子供は混浴出来ないの?」

「え~? どうして?」

「大人には、大人の時間があるのよ」

「……! ……! ……!」

 太い腕を軽く叩くタップ

 すると、漸く、離れた。

「幸、力、強いな?」

「最近ね。拳闘を初めてたんだ。ほら、これを」

 幸姫が、力瘤を作る。

 ポ〇イの様に大きい。

 短期間でこれだから筋肉質な体質なのかもしれない。

「凄いなぁ。俺より大きい?」

「かもね。どう、用心棒に雇ってみない?」

「愛妻を危険な目には、遭わせられんよ」

 幸姫を抱き寄せて、その力瘤を凝視。

 大河は、女性の筋肉フェチでもある。

 御飯のおかずでも出来るだろう。

「兄者、私も鍛えた方が良い?」

「全然。そのままでも良いよ」

「本当?」

「ああ、十人十色。お江、御出で」

「はぁい♡」

 猫撫で声で甘えて、大河の膝に座る。

「あ、お江。駄目じゃない? 兄様は御疲れなんだから」

 お初が、苦言を呈すが、

「良いよ。何時でも無料開放中だ」

「きゃ!」

「私も?」

 お初と近くに居たお市を抱き寄せる。

 茶々もしたかったが、彼女は、猿夜叉丸に授乳中。

 コンプリートは、諦めた方が良いだろう。

「今晩は、誰が来るんだ?」

「私と誾と謙信、松姫よ」

「4人か。相手になるよ」

 お江の頬を撫でつつ、大河は嗤うのであった。


 宿舎は、別府湾を一望出来る温泉宿である。

「姫島には、行ってみたいね?」

 朝顔が、観光の資料を見て言う。

 注目しているのは、『姫島七不思議』。

浮洲うきす

 姫島の沖合にある小さな洲で、漁業の神として島の漁師の信仰を集める高倍たかべ様が祀られている。

 高部様やその鳥居は、高潮や大時化に遭っても海水に浸かる事が無く、この洲が海中に浮いている様である事から、浮洲と名付けられた。

千人堂せんにんどう

 屈指の景勝地である観音崎にある小さなお堂で、1寸2分の黄金の馬頭観音像が祀られている。

 大晦日の晩に債鬼(借金取り)に追われた島民1千人を匿ったとの伝説があり、大晦日の晩に千人堂に詣ると借金取りから逃れられると言い伝えられている。

 千人堂は、山立て(陸上の特徴のある地点を目印として複数定め、それを頼りにして海上での船の位置を定める方法)で漁場で決める際の目印としても利用されている。

 千人堂の下の断崖には、灰白色の黒曜石の層が露出している。

 この特徴ある灰色の黒曜石を材料とした石器は、中国地方や四国地方でも発掘されており、古代における交易の広がりを示している。

 姫島の黒曜石産地は2007年7月26日に国の天然記念物に指定されている。

逆柳さかさやなぎ

 比売語曽姫が使った柳の楊枝を土中に逆様に挿すと、そこから生えた柳であり、その為、枝が垂れていないと伝えられる。

・かねつけ石(お歯黒はぐろ石)

 比売語曽姫がお歯黒をつけた場所であり、この石に猪口と筆を置いた跡が窪みになって残っているという。

浮田うきた

 昔は大蛇の夫婦が住んでいた池で、誤って大蛇諸共池を埋め立てて田にしてしまった為に、大蛇の怒りで田が浮いている様に揺れるという。

阿弥陀牡蠣あみだかき

 島の東端にある姫島灯台の断崖下の船でしか行けない海蝕洞窟に群生する牡蠣で、阿弥陀如来(一説には阿弥陀如来の耳)に似た形をしている事からこの名が付けられた。

 海水に浸かる事が無い高さに群生していて、食べると腹痛を起こすという。

拍子水ひょうしみず(お歯黒水)

 比売語曽姫がお歯黒をつけた後に口を漱ぐ水が無かったので、手拍子を打って祈った所、岩の間から湧き出してきた水であると伝えられる。

 炭酸水素冷鉱泉で、現在は、この鉱泉を利用した健康管理センターが設けられて拍子水温泉と称しており、湧き出したままの23・6℃の冷泉とこれを沸かした湯に入る事が出来る(*3)。

「「じゅるり……」」

 阿国、お江、華姫は、舌なめずり。

 恐らく、牡蠣の部分に反応したのだろう。

あたるから止めとけよ?」

 牡蠣は、中り易い食材で有名だ。

 その一つが、ノロウイルスが代表例だろうが、大河としては、『ビブリオ・バルフィニカス』という細菌の方が怖い。

 ―――

『人食いバクテリアの一種であるこれは、貝や魚等に付着し自ら漂いながら増殖する。

 健康体ならば、軽度の胃腸炎程度で済む場合があるが、重症化した場合は、その致死率が、50%に跳ね上がる。

 特に、

・心臓疾患

・貧血

・糖尿病

 の持病がある人は、重症化し易い。

 アメリカでは、年間約200人が感染し、その内、約30人が死亡している、とされる。

 近年、日本でも、感染例と死亡例が報告されている為、他人事ではない。

 防止策は、

・夏場、水温の高い地域の生の魚介類は控える事。

・加熱処理→中心温度が70度で1分以上、100度では数秒で死滅する、とされる。

・傷口からの感染例もある為、疾患を持つ人々は、擦り傷や傷口から細菌が侵入する可能性がある為、夏場の海水浴は、控える事。

 が、挙げられる』(*4)

 ―――

 3人の涎を大河が手拭で拭いていると、

「「「お待たせ致しました~」」」

 女将の恰好をしたアプト、珠、与祢の3人が、郷土料理を持って来た。

 旅館のそれではなく、3人なのは、毒殺対策である。

 大人数故、郷土料理も10種類と非常に多い。

 ――――

『・あたま料理

 魚の骨と鱗以外は全て食べてしまうという現・竹田市を代表する郷土料理。

 起源は江戸時代初期頃と言われる。

 当時、魚は臼杵や佐伯から馬の背に乗せて竹田まで運んでいた。

 くじゅうや祖母山系に囲まれた岡藩の住民にとって、塩漬けしていない海魚は貴重な食材。

 一度の運搬でより多くの人が海魚を味わえる様、内臓まで無駄無く食べ尽くす頭料理が生まれた。

 交通手段が整った今でも、お祝い事のある時や正月等に食卓を飾る。


・鮎のうるか

 日田地域で作られている代表的な郷土料理、鮎のうるかは3種類。

 内臓だけを原料とする「にがうるか」、真子と白子で作る「真子うるか」、身も使う「身うるか」。

 中でも鮎を余さずに使う身うるかが盛ん。

 うるかは、一年魚で取れる時季が限られるアユの保存法として生まれた発酵食品。  

 身や内臓を包丁等でミンチ状にして塩を加える。

 1週間程熟成させて完成。


・鮎飯

 現・中津市耶馬渓町の郷土料理。

 嘗ては焼いた鮎を囲炉裏に吊るし薫製にし、保存食にしていたう。

 鮎飯は、保存した鮎を皆で、美味しく食べる為の先人の知恵。

 鮎飯は塩焼きにした鮎を、米と一緒に炊く。

 鮎以外に具は入れない。

 味付けは、醤油のみ。

「香魚」と呼ばれる鮎の風味を最大限に引き出すには、この作り方が一番。


・芋きり

 麦飯や粟飯、蕎麦切り等、江戸時代から伝わる庶民の日常食の一つ。

 現・豊後高田市香々地町等、水田が少なかった沿岸部を中心に広まった料理。

 芋きりは、薩摩芋を日に干して作るかんころ粉と小麦粉を混ぜて作った麺を茹で上げたものを言う。

 芋きりを盛った御椀に汁を入れ、薬味と合わせて頂くのが一般的な日常食。

 漁村を中心に広まった背景には、新鮮な魚の粗から、良い出汁が摂れた事もあるという。

・石垣餅

 各地に材料も作り方も似た餅があり、「吃驚びっくり餅」(熊本)、「鬼饅頭」(名古屋)として親しまれている。

「石垣」の名前の由来については、現・別府市にある石垣地区の地名とも、賽の目に切った薩摩芋のごつごつした感じがまるで石垣の様に見えるから、ともいわれる。


・いとこ煮

 日田地方の郷土料理。

 秋の収穫が終わり、一段落すると家庭で作る。

 餅米、アズキ、里芋、大根等、10、11月頃に採れる旬の物を一緒に炊き、神仏に供え、家族で食べて収穫を喜び合う。


・梅びしお

 県内有数の梅の産地、現・日田市大山町の梅干しを使っため物(半固形体に調整した食品)。

 町内を流れる大山川の上流域は林業が基幹産業。

 昔は伐採した杉を川に流して搬出する仕事に従事する人が多かった。

 防腐効果等に優れた梅びしおは常温で一年間、保存が利く。

 川で働く人達には欠かせない調味料だった。


・うれしの

 嘗て、大分県北部の杵築地方では鯛縛り漁が盛んであった。

 ある日、突然の城主の巡行に慌てた漁民は、獲れたばかりの鯛で作られた鯛茶漬けを差し出した。

 すると殿様はその余りの美味に「嬉しいのう」と喜ばれ、それが今日「うれしの」と呼ばれる様になったと、言われている。

 鯛縛り漁とは、網にかかった鯛郡を巻き込み、次第に絡めていく漁獲法(*5)。

 ―――

「「「頂きます」」」

 全員が手を合わせて、感謝した後、食べ始める。

 正妻、婚約者、愛人、子供達と20人以上の女性達に囲まれながらの食事だ。

 明日以降は、温泉巡り。

 そして、年越しだ。

 

[参考文献・出典]

*1:宝島社『田舎暮らしの本』2月号「2021年版住みたい田舎ベストランキング

*2:今、“田舎”がアツい!住みたい田舎ランキング チバテレ+プラス 2021年1月25日

*3:ウィキペディア

*4:『世界仰天ニュース』2018年2月20日

*5:農村漁村の郷土料理百選

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