第328話 死生有命

 ラナ解放直前、王宮に国家保安委員会の精鋭部隊が、秘密裡に侵入し、カメハメハ国王を救出していた。

 電撃の様に素早く、瞬時に攻め入り、霧の如く消えていく。

 それが、大河が育てた世界初の特殊部隊だ。

 ギリースーツと、密林風の化粧は、まさに森林に囲まれた布哇ハワイ王国に似合う。

「日本人は、まるで雷だな」

 無傷で救出されたカメハメハ国王は、上機嫌だ。

「陛下が無事で何よりです」

 ギリースーツから布哇ハワイの正装であるアロハシャツに着替えていた大河は、ひざまずいていた。

「余だけでなく、王女をも救出するとは……貴殿は外国人であるが、この国の英雄だ。有難う」

「いえいえ」

「本当ならば、贈り物をしたい所だが、見ての通り、王宮は、破壊され、金品は略奪された。全額、戻って来る事は無いだろう」

「……」

「なので、貴殿や貴軍には、贈り物は出来ない。本当に申し訳ないが」

 布哇ハワイ王国は、大河と日ノ本に借りを作ってしまった。

 頼んではないのだが、友好国が善意で来てくれたのだ。

 冷遇する事は出来ないだろう。

「贈り物は望んでいません。我が軍の目的は、陛下と殿下の救出。これのみです。達成出来たのですから、何も要りません」

「まぁ、そういうな。恩人には返礼しなければ、我が国の立場もある。分かってくれ」

 既に特派員を通じて、布哇ハワイの解放は、世界に伝わっている。

 全世界が、布哇ハワイの返礼に注目している可能性があるのだ。

「島を一つ贈ろう。と、言っても限度があるがな」

「……分かりました」

 カメハメハ国王がこうも恩義を感じているのだ。

 受け入れなければ、彼の権威も無い。

「御希望の島はあるかな?」

「では、現在、我が軍が、一時的に駐留している島―――ミッドウェー島を下さい」

「! あそこは、我が国の領域外だぞ?」

 布哇ハワイの一部の割譲を覚悟していたカメハメハ国王は、目を剥く。

「調べた所、あの島は、何処の国にも属していませんでした。貴国も主権外ですよね?」

「まぁ……」

 カメハメハ国王に提案する前に大河は、外務大臣に確認していた。

 その時も「該当の島は、我が国の主権外である」との回答を得ていた。

 カメハメハ国王も追認した事で、正式に日ノ本は、要求出来る。

「あの島を開拓するのか?」

「はい。鳥が獲れるので」

「……本土から遠いのでは?」

「国益に地理は無関係ですよ」

 現代でも本国から遠い飛び地や領土は、沢山ある。

 イギリスは、フォークランド諸島(アルゼンチンと係争中)。

 フランスは、フランス領ギアナや南太平洋の島々。

 アフリカにもフランスに属する地域が存在する。

 この世界でも日ノ本は、アラスカを得た。

 ミッドウェー島を得ても何ら問題無い。

「貴国にも長所があるかと」

「貴軍が駐留すれば、我が国を守れる、と?」

「そういう事です」

「……貴国は、永世中立国ではなかったか?」

「はい。仰る通りです」

「……矛盾していないか?」

「貴国の場合は、特殊です。我が国から沢山の同胞が移住し、生活しています。彼等の為にも駐留は当然かと」

「……」

 この戦乱で、現地人の次に日系人が死傷した。

 カメハメハ国王が可愛がっていた傭兵達は、皆、懸命に戦い、多くは戦死。

 生存者も多くは、国王を捕らえられた事を恥じ、切腹した。

 彼等の為にも、カメハメハ国王は、生きねばならない。

「確認だが……我が国を属国にする事は無いよな?」

「ありませんよ。貴国の神々に誓います。何なら証文を書きますが?」

「……いや、恩人に失礼だったな。今のは忘れてくれ」

「気にしていませんよ」

 言わないが、極論、カメハメハ国王が恩義の為に国自体を日ノ本我に譲渡する意思があっても大河は断っていた。

 ブルガリアの独裁者、ジフコフは、親蘇派だったが、その度は過ぎていた様で、文字通り、国を売ろうとしていた。

 ブルガリアをソ連の版図の一部にしたい、という驚きの提案は、当時のソ連の指導部さえ困惑され丁重に断られた、とされる。

 時は、冷戦期。

 ソ連は、アメリカに勝ちたいが為に、その提案を受け入れる可能性も十分にあった。

 もし、指導部が受け入れていたら、ブルガリアのロシア化は進み、現代では、ウクライナの様に親米派と親露派に分断されていたかもしれない。

「あの島だけでなく、1人、人間を送るかもしれない。その時は、大将。覚悟しておけ」

「? 何の話で?」

「国家機密だよ。ガハハハッ」

 カメハメハ国王は、高らかに笑うのであった。


 王国が復興されていく中、エドワードの捜索も行われていた。

 島中に隠れていたテロリストは、尋問後、大河の前に1人ずつ連れて行かれる。

「た、助けてくれ……」

「鶫、この者は?」

「はい。島民の女性10人を暴行し、その後、木造家屋に閉じ込めて、油をかけ、火を点けて、焼殺していました」

「では、火刑だな」

「は」

 罪状がはっきりしている以上、裁判官・大河に躊躇いは無い。

 火付け役は、被害者遺族だ。

 薬で抵抗する力を失っていた男は、被害者遺族に捕まり、縛られた後、

「ぎゃああああ! あっちいよ!」

 苦しみを長期化させる為に、頭からではなく、足から油をかけられ、点火される。

 皮膚が焼失に次に肉が焼けていく。

 夏場人気の観光地の民は、太陽の様に燃える男を眺め―――わらう。

 復讐が出来た、と。

 元々、布哇ハワイ王国は、現代日本同様、平和を愛する国家なのだが、今回の事件を機に、国民に眠る獣の血が目覚めた様だ。

「白い匂いは香ばしいな」

「ああ、もっと燃やそうぜ」

「次の奴は、手からな?」

 一時的に無政府状態になった今、布哇ハワイ王国に司法や警察は、存在しない。

 あっても、黙認だろう。

 目には目を歯には歯を。

 悪には制裁を。

 一度、箍が外れた者達は、そう簡単に止める事が出来ない。

 テロリストは、司法の裁きを受けずに、私刑に遭うのであった。


「糞! 何なんだ! 奴らは?」

 肩で息をする。

 寝込みを襲われたエドワードは、一気に崩れた。

 戦勝を確信し、美酒に酔っていたのも敗因の一つだが、最も大きな理由は、であろう。

 密林でも巧みに隠れて、狙撃や刺殺を行い、空からは、鉄の鳥が連発式の銃で襲う。

 海に逃げても、これまた見た事が無い大きな船から大砲が撃ち込まれ、爆殺される。

 御蔭で仲間は、ほぼ全滅。

 密林は、ガダルカナル島の如く。

 海岸沿いは、アッツ島の様に死体が散乱している。

 人質を多数、収監させた収容所も、いつの間にか奇襲に遭い、ことごく解放された。

 頼みの綱である、船も爆沈し、文字通り、藻屑もくずと化している。

 密林の中で、ガタガタと震えるしかない。

 自軍が早々に総崩れしたのは、襲撃者が皆、素顔を晒していない事も理由だ。

 鎧武者である為、日系人の可能性が高いが、彼等は全員面貌を付けている。

 ギリースーツを装備した者も、やはり面貌で顔を隠していた。

 武器で敵わない上に素顔が分からないのは、より、恐怖心を掻き立てて、彼等は、まるで幽霊に襲われている様な感覚になっていた。

「よっしゃ、大漁だぜ」

「!」

 声がした方を見る。

 密林の前の畦道では、布哇ハワイ人と日系人が、仲間を生け捕りにし、貨物自動車の荷台に詰め込んでいた。

 まず、その乗り物自体見るのが初めてなのだが、それ以上にエドワードを驚かせたのは、捕まった仲間達に生気が無い事だ。

「「「……」」」

 全員、涎を垂らし、明後日の方向を見詰めていた。

 一部は、戦闘での怪我なのか。

手や足を切断されている。

然し、負傷者が痛がっている様子は無い。

(……何故だ?)

 必死に仲間達と目を合わすも、彼等の視線は不安定だ。

 瞳孔が開ききって、生きているのか死んでいるのかさえ分からない者も居る。

「これ以上は、載せられんな。過積載になるで」

「しゃーない。余り物は、斬ってくれ」

「あいよ」

 日系人は、慣れた手付きで、包丁を取り出すと、

「!」

 載せきれなかった者の首を斬り落とす。

「流石、職人だな? どうやって斬るんだ?」

こつがあってな?」

ほねだけに?」

「うるせーよwww」

 生首を掴んだ日系人と、それを見る布哇ハワイ人達は、笑っていた。

(……おお、神よ)

 余りにも惨たらしい光景にエドワードは、顔を背けるしかない。

 自分達もやった事なのだが、それ以上に残虐に見えたのである。

「おびろろ……」

 思わず嘔吐してしまう。

「何か臭いな?」

「ああ。音もしたぜ」

「! あっちだ! 白いのが居るぞ!」

「捕まえろ!」

 あっという間に、エドワードは捕まる。

 仲間の斬首直後だった為、腰が抜けていたのだ。

 

 火事で崩壊した王宮にエドワードが、連れて来られる。

 首謀者なので、簡易裁判ではなく、最高裁で死刑を命じる為だ。

 近代国家に邁進していた布哇ハワイ王国には、日ノ本の様な死刑制度は、整っていない。

 その為、わざわざ、日ノ本から法律家を呼んで、助言を仰ぐ。

「陛下、あくまでも我が国の司法で当て嵌めて言えば、この者は、内乱罪が妥当かと」

「内乱罪?」

「はい」

 ハワイ語に訳した六法全書が、カメハメハ国王の手に。

 ――――

『第77条(内乱)

 国の統治機構を破壊し,又はその領土において国権を排除して権力を行使し、

その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。

 ・一 首謀者は,死刑又は無期禁錮に処する。

 ・二 謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は3年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は1年以上10年以下の禁錮に処する。

 ・三 付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、3年以下の禁錮に処する。

 二 前項の罪の未遂は、罰する。

   但し、同項第3号に規定する者については、この限りでない』(*1)

 ―――

 あくまでも日ノ本の司法に当て嵌めたものなので、別段、布哇ハワイ王国が、従う必要は無い。

 あくまでも参考程度、という訳だ。

「……真田よ、貴殿は、どう思う?」

「恐れながら……死刑が妥当かと」

「そうだな……」

 現代の三権分立は、17世紀に政体論或いは立憲君主制を端緒する為、この時代には、その概念すら存在しない。

 世界でも日ノ本だけだ。

 布哇ハワイ王国もそれにならいたい所だが、まだ追い付いていない。

「「「……」」」

 王宮に集まった国民の視線が、集まる。

 対応を間違えれば、王党派が多い国民であっても、反政府運動になりかねない。

 王室を重んじ、外国人であっても適用される不敬罪があるタイでも、令和2(2020)年夏に王室の改革を求めるデモが起きている程だ。

「……極刑を」

「「「おー!」」」

 国民は、歓喜す。

「真田よ。貴殿には、感謝するが、この者に関しては、我が国で処したい」

「仰せのままに」

 数人の執行人に絞首台へ連れて行かれる。

「嫌だ! 止めてくれ!」

「被害者が命乞いした時、同じ様に止めたか?」

 執行人は、無慈悲に言い放つと、そのまま、首に縄をかけられる。

 直後、床板が外れ、エドワードは、宙吊りに。

「ぐ!」

 その拍子で首の骨が折れた。

 絞殺、ではなく、それが死因となる。

 死刑宣告後、これ程早い死は、チャウシェスク夫妻を彷彿とさせる。

 首謀者死刑により、布哇ハワイ王国は、平和が戻った瞬間であった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る