第290話 島原ノ乱

「大罪人め」

 天草での鎮経の悪行に、天草諸島の住民・天草四郎は、憤っていた。

 イケメン俳優の様な整った顔立ちと人を惹き付ける不思議な魅力は、まさに彼の魅力だろう。

 出自については、史実では純日本人であるが、異世界のここでは、全く異なる。

 父親はポルトガル人、母親は日本人の所謂、混血児ハーフなのだ。

 生まれた当初は、「いの子(あいの子)」と差別されてきたが、成長するにつれて、

・長身

・屈強な体格

・美男子

 という3点で逆境を跳ね除けた。

 体格については、本人の剣術を努めた結果が伴ってきた、ともいえるだろう。

「フランシスコ(=天草四郎の洗礼名)様、お助けを」

「奴等は、地獄に叩き落すべきです」

「挙兵を」

 西南戦争の時の西郷隆盛の様に、周りに同志が集まる。

 天草には弾圧されながらも、たくましく生きる隠れ切支丹の隠れ家が各地にあった。

 その勢力は正確な数は統計を取っていない為、分からないが、約4万は居る、と思われる。

「”国崩し”等、武器は、豊富です」

「そんなものが?」

「はい。武士は、無職な時代ですから」

 農民は、わらう。

 生活の為に命とも言うべき刀を売る武士も多い。

 ”国崩し”もその様な形で手に入れたのかもしれない。

 又、農民以外にも武士や商人等、切支丹は、多様性だ。

 中には、仏教から改宗した者も居る。

 それ程、魅力的なのだろう。

「中央政府に反発する大名から資金提供を受けています。葡萄牙ポルトガルの協力も得られます」

「……分かった。但し、準備期間が必要だ」

「何を仰います? そんな悠長な事を!」

「今この瞬間にも多数の同胞が、死んでいるんですよ!」

 信者達は、焦っていた。

 鎮経だけでない。

 唐津の寺沢広高も元切支丹な癖に弾圧が凄まじい。

 切支丹に重税を課し、拷問も厭わない。

 彼の又、鎮経同様、だからこそ、他地域よりも過激に走り易いのだろう。

 中央政府は、簡単に彼等の地位を取り上げる事が出来るのだから。

「……葡萄牙ぽるとがるは、何処まで協力出来る?」

「海軍を派兵出来る、と」

「! では、是非!」

 武士は居るには居るが、やはり、政府軍には、軍事力では勝てない。

 普段こそ、『国軍』の名で、国民を守っている彼等だが、戦車で人々を轢殺出来る位の冷酷さも兼ね備えている。

 特に黒幕・大河は、悪魔だ。

 切支丹の珠を含む何人もの女性を妻に娶り、戦闘時には、先陣を切って動く。

 大河の宗教政策で幾多の切支丹が死んでいる。

 彼の唱える『政教分離』は、分かるが、それを隠れ蓑にした反宗教主義者にしか見えない。

「……願わくば九州を旧教の国に」

 天草で反乱軍が、結成された。


「―――以上が、国家公安委員会の報告となります」

 万和3(1578)年8月下旬。

 緊急招集された閣僚会議で、小太郎が、反乱軍の報告会を行っていた。

 隠れ切支丹の中には、国家保安委員会の諜報員も居る。

 彼等は、同志達の前では、反政府を謳いつつ、裏では、きっちりと密告しているのであった。

「4万、か……」

 信孝は、呟く。

 国軍の兵力と比べると、大した事は無い。

 問題なのは、葡萄牙が裏に居る事だ。

 日ノ本とは交易があるものの、その評判はすこぶる悪い。

 両国が1543年に初めて接触して以降、16〜17世紀を通じ、ポルトガル人が日本で日本人を奴隷として買い付け、ポルトガル本国を含む海外の様々な場所で売りつけるという大規模な奴隷交易が発展した。

 多くの文献において、日本人を奴隷にすることへの抗議とともに、大規模な奴隷交易の存在が述べられている。

 日本人奴隷達は欧州に流れ着いた最初の日本人であると考えられており、1555年の教会の記録によれば、ポルトガル人は多数の日本人奴隷の少女を買い取り、性的な目的でポルトガルに連れ帰っていた。

 ”待望王”―――セバスティアン1世(1554~1578)は日本人の奴隷交易が大規模なものへと成長してきた為、旧教教会への改宗に悪影響が出る事を懸念して、1571年に日本人の奴隷交易の中止を命令した。

 日本人女性奴隷は、日本で交易を行うポルトガル船で働く欧州人水夫だけでなく、黒人水夫に対しても、妾として売られていた、とポルトガル人耶蘇会士ルイス・セルケイラ が1598年に書かれた文書で述べている。

 日本人奴隷はポルトガル人によってマカオに連れて行かれ、そこでポルトガル人の奴隷となるだけでなく、一部の者はポルトガル人が所有していたマレー人やアフリカ人の奴隷とさせられた。

 島津氏の豊後侵攻により捕虜にされた領民の一部が肥後に売られ、そこで更に海外に転売されたという(*1)。

 豊臣秀吉は自国の民が九州において大規模に奴隷として売買されている事を大変不快に感じ、1587年7月24日に耶蘇会の副管区長のガスパール・コエリョに手紙を書き、ポルトガル人、タイ人、カンボジア人に日本人を買い付けて奴隷にする事を中止するよう命じた。

 又、インドにまで流れ着いた日本人を連れ戻すよう言い渡した。

 秀吉はポルトガル人と耶蘇会をこの奴隷交易について非難し、結果として耶蘇教への強制改宗が禁止された。

 文禄・慶長の役で捕虜として日本に囚われていた一部の朝鮮人も奴隷としてポルトガル人に買い付けられ、ポルトガルに連れて行かれた。

  欧米の一部の歴史家は、秀吉はポルトガル人による日本人奴隷売買を阻止した一方で、純粋な民間人と戦争捕虜という売買対象の違いはあるものの、秀吉自身も朝鮮人奴隷の交易を誘発した事を指摘している(*2)。

 酔って暴れて警察沙汰は、日常茶飯事。

 看板娘へのセクハラも絶えない。

 なので、各地には、『葡萄牙ぽるとがる人出入禁止』の看板も多い。

西班牙スペイン以上に問題のある国だな」

「断交止む無しかと」

 防衛大臣・柴田勝家の提案だ。

「そうだな。若し、本当に支援しているのならば、断交だな」

「閣下」

 大河が、挙手する。

 発言権は無いのだが、信孝は、許す。

「何か妙案があるのか?」

「は。最近、新兵器の開発に成功しまして。海軍を実験台にしたいのですが」

「新兵器?」

 耳寄り情報に信孝は、興味津々だ。

「真田、俺も聞いてないぞ?」

造兵廠ぞうへいしょうは、自分の管轄下なので当然の事でしょう?」

「……」

 大河は、誰からも見放された発明家・平賀源内と二宮忠八を厚遇し、沢山の新兵器を開発させている。

 その実績から、造兵廠の管理者は、彼なのであった。

 大臣の勝家は、これ面白くない。

 心に溜まった憎悪を必死に隠す。

 未だ戦国時代だったら、斬殺していた筈だ。

「新兵器とは、何ぞや?」

「御覧下さい」

 全閣僚の前に死刑囚が、用意される。

 目隠しされ、耳を削がれた以外は、健康体だ。

「?」

 きょろきょろと周囲を見回している。

「……」

 大河は、懐から軍用ナイフを取り出す。

(……心臓を抉り出す事だけはやめてくれよ?)

 信孝が不安視する中、》は、行われる。

 死刑囚の5m程前に立った大河は、ナイフを向ける。

 次の瞬間、刀身だけが、飛び出した。

「「「!」」」

 皆が騒然とする中、刀身は心臓を一突き。

「!」

 死刑囚は、声も発する事が出来ず、斃れる。

「これが、射出式刀です」

 現代風に訳すと、1番しっくり来るのは、『スペツナズ・ナイフ』であろう。

 大河がボタンを押すと、胸に刺さっていた刀身は、護謨ゴムの様に戻っていく。

 先端に心臓を引っ付けたままで。

「「「……」」」

 先程まで動いていた心臓を直視するのは、流石に戦国時代の経験者である彼等も難しい。

 多くは目を背く。

「魚釣りみたいでしょう?」

 その反応に大河は、嗤う。

 エリーゼがこの場に居たら「精神病質サイコパス」と言うだろう。

 笑顔のままで、心臓を握り潰す。

 割れた風船の様に血と破片が飛散し、大河にも付着する。

 が、それでも、笑みは崩れない。

 心底、楽しそうだ。

「使い方は、簡単で、誤射さえしなければ稚児にも操作可能です」

「……流石に残虐過ぎではないか?」

「閣下、何を仰います?」

 心臓の末路を床に叩き付けて、大河は、詰め寄る。

 勝家は動きたい所だが、大河が怖過ぎて1歩も動けない。

 歴戦の”熊”でさえも、この感じなのだ。

「「「……!」」」

 居並ぶ勇将達にも緊張が走る。

 信孝の前で跪くと、大河は、持論を披露する。

「戦争は、生きるか死ぬか何ですよ? 残虐も何も勝てば良いんです。人道的な戦いは、武道だけで十分です。甘えないで下さい」

「……うむ、悪かった。撤回する」

 この瞬間、大河が事実上の首相となった事は言う迄もない。

「教官は、国家保安委員会から派遣されます故、本日より御指導させて頂きます。神国に神の御加護を」

「「「……」」」

 大河の言葉を、その場に居る誰もが否定する事は出来なかった。

 

「あいつは、病気だ」

 屋敷に戻った勝家は、酒を飲んで1人で愚痴る。

「無理だ。付き合いきれん」

 閣僚会議で、大河が本性を曝け出したのは、何か裏があるのだろう。

 普段は猫を被っている癖に、今までの信頼性が吹っ飛ぶ様な凶行をしたのだから。

 それなりのを狙っているのは、確かだ。

 嫉妬心は、やがて恐怖に変わっていく。

 いずれ、自分もあの様な目に遭うのではないか。

 暴動の時も、大河は管轄外にも関わらず、両派を圧倒。

 一気に国軍を掌握した。

 勇猛な忠臣・”鬼玄蕃”―――佐久間盛政が提言する。

「これは、好機ではないでしょうか?」

「好機?」

「はい。奴の異常性を主張し、罷免させるのです。嘘も100回言えば真実になりますよ」

 奇しくも、その言葉は、ナチスの宣伝大臣、ヨーゼフ・ゲッペルス(1897~1945)のそれであった。

「情報戦か?」

「はい。内から切り崩すのです」

「だが、家臣団の結束は、日ノ本一だぞ?」

「ですが、お市様は、奪えませんぞ?」

「!」

「男ですから漢になりましょうよ」

「うむ……」

 可愛がっている甥の言葉に、勝家の心は、揺れ動く。

 権力闘争の時代が、近づいているのであった。

 万和3(1578)年の晩夏の事である。


『剣を取る者は、剣で滅びる』(*3)

 ―――

 これに反している事は、反乱軍も承知の上であった。

 然し、現実問題、愛だけでは、弾圧されるだけだ。

 矛盾を理解しつつ、彼等は、武装する。

「これで、俺達は、地獄行きだな?」

「分からねーべ。救われるかもしれね。それこそ―――」

「神のみぞ知る、だ」

 四郎が割って入り、日本刀を手に取る。

「我等には、デウス様の御加護がある! 皆の者、死を恐れるな!」

「「「応!」」」

天国パライソで逢おうぞ。諸君」

 そして、代官所を襲う。

「ぎゃああああああああああ!」

 代官は、殺害され、代官所は、放火された。

 直後、檄文が九州全域に撒かれた。


『聖戦、開戦す。

 心共有出来る者、参加すべし』


 と。


[参考文献・出典]

*1:ルイス・フロイス『日本史』

*2:ウィキペディア

*3:マタイ福音書26:52

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