第223話 栄諧伉儷

 夜。

 田辺城たなべじょう(現・京都府舞鶴市)に戻り、アプト達に牡蠣を渡す。

「ここの名産品だ。丼を作ってくれ」

かしこまりました」

 女中相手でも大河は、命令口調ではない為、アプト達に不快感が無い。

 直ぐに作り始める。

 その間、大河は、育児だ。

「累、もう御眠おねむ?」

「だー……」

「今日は、どの位寝た?」

「だー……」

 両手一杯に広げて、見せる。

「そうか。10時間か。よく寝たな」

 怒る事はせず、大河は、優しくその額を撫でる。

「……zzz」

 幸せそうな顔をして、累は寝始めた。

 寝る子は育つ。

 良い事だ。

「ちちうえ、これ、るいがかいたんだよ」

「おー、俺か? 上手いな」

 水墨画に描かれているのは、裳着を着た累と手を繋ぐ大河。

 裳着もぎである事から、10代前半位の年齢だろう。

「……ん?」

 累、大河共に5割増しで美化されている様に見える。

 累は、実母・謙信に似せて。

 大河は、2m位の大男で細身。

 ”新宿の種馬”並の美男子だ。

「……累って、俺の事、こう見えてるの?」

「……みたいだね」

 自分も同じ様な経験がある華姫も、罰が悪い。

「ちょっと眼科受診させた方が良いかもな? 俺は、こんなに格好良くないぞ?」

「あら、私には、そう見えるけど?」

 楠が、子泣き爺の様に大河の背中にしがみ付く。

「そうなの?」

「はい♡」

 於国も寄って来た。

「……そうなのか」

 余りにも美化し過ぎな気がして、大河は、眩暈がしそうだ。

「於国、膝枕してくれ」

「分かりました」

 楠を下ろし、於国の膝に後頭部を預ける。

 美少女の膝枕だ。

 妻達の様な美女を集めて、膝枕耳かき専門店を開業するのも良いだろう。

 丁度、大奥が手持ち無沙汰だ。

 我ながら妙案であろう。

 思案に耽っていると、

「ごふ」

 顔面を足の裏で踏んづけられた。

 この感触と体重から察するに犯人は、1人しか思い当たらない。

「ぼごう?」

「そうだよ」

「ぶべ」

 踏み込まれ、大河は、窒息寸前だ。

「兄者、最近、色目を使い過ぎ。私が最年少だったのに、於国ちゃんや与祢ちゃんまで……」

 唇を尖らせてるお江は、嫉妬に燃えていた。

「だから、兄者に罰を与え様と思う」

 この時点で罰な気がするが、お江は御怒りモードだ。

「私が妊娠するまで、他の奥さん誘惑しちゃ駄目」

「ちょっと、お江!」

 宣言を聞いたお初が、飛んできた。

「駄目よ! 独占しちゃ!」

「兄者が悪いもん! 私も妊娠したい!」

 慟哭の様な想いだ。

 そして、大河の胸元に抱き着いて泣く。

「……」

 お江の背中を擦りつつ、お初を見た。

 情緒不安定な末妹の姿にお初も驚きな様で、

「……」

 茫然自失だ。

 困った大河は、取り敢えず、お江を抱き締めて、ささやく。

「(大丈夫だよ。お江もちゃんと見てるから)」

「……本当?」

「ああ」

 背中を擦って、落ち着かせる。

「でも、頑張り過ぎは、毒だから。焦れば焦る程、コウノトリも困る」

「うん……」

「今は、焦らず、ゆっくり鸛が来れる様に待とうね?」

「……姉様みたいに子供が欲しい」

「分かったよ。じゃあ、俺も頑張るからな」

 よしよし、と頭を撫でる。

「……」

 お初が心配そうに見つめていた事は言うまでも無い。


 帰宅したエリーゼにそれを相談すると、

「あー、やっぱり、ベビーブームだから焦ってるんだよ。きっと」

 割礼を無事、終えたデイビッドを抱っこしつつ、続ける。

「このままじゃ、鬱病みたいに悪化するんじゃない? ほら、御父さんを目の前で亡くしたんでしょ?」

「ああ」

「だったら、寂しがり屋なんだよ。私と一緒で」

「……」

「皆には、私からも説得しておくから暫くは、お江を中心に夜伽したら?」

「……分かった。有難う。愛してる」

「私もよ♡」

 2人は、接吻して離れる。

 大河が愛妻家なので、山城真田家では、他家よりも夫婦間の接吻が多い。

 その夜、お江の宿泊室に入ると、

「兄者?」

「兄様?」

 お初も居た。

「今日は、エリーゼ様では?」

「ああ、お江に譲ってくれたよ。お江、後で感謝するんだぞ?」

「……はい」

 昼間とは違い、落ち込んでいる。

 我儘わがままを押し通してしまった―――と、自責の念に駆られている様だ。

「じゃあ、お江。早速、子作りし様か?」

「え?」

「子供が欲しいんだろう? 善は急げ、だ」

「……うん」

 余り乗り気では無さそうだ。

 昼間と違い、そんな気分では無いのだろう。

「……あー、やっぱり、今日は、添い寝で」

「御免なさい、兄者。気を遣わせて」

「良いんだよ。そういう時もあるさ」

 大河は微笑んで、電気を消すのであった。


 翌日。

 大河一行は、舞鶴を後にする。

 その帰り支度をしていると、

「若殿、大地主が来ました。挨拶がしたい、と」

「大地主?」

「はい」

 アプトは、頷いた。

「長兵衛と申す男です。どうしますか?」

「会うよ」

「は」

 暫くすると、色黒の男が挨拶に来た。

 片目はダヤンの様に眼帯を装着し、両腕には、刺青がびっしり。

 とても堅気ではない。

 女性陣は、一目見る也、会釈して奥に下がった。

 当然だ。

 こんな男に見られたくのもないだろう。

 大河と同席するのは、万が一に備えた用心棒コンビ。

 流石に与祢と珠は、同席する訳には行かない為、彼女達もアイコンタクトで下がらせた。

「御見苦しい外見、御容赦下さい。これは、全て、仲間と故郷を守る為ですから」

「……侠客か?」

「はい。自称するのは、恥ずかしいですが、世間一般では、その様な類に見られています」

 外見とは違い、物腰が柔らかい。

「見ての通り、我が家は、帰京の準備で忙しい。何用か?」

「はい。以前、城下町で男達50人が焼殺された事件を御存知ですよね?」

 刹那、鶫が抜刀し様とするも、大河が目力で自制させる。

 喧嘩っ早い用心棒だ。

「そうですね。瓦版でも報じられていましたし……それが何か?」

「は。あの者達は、私の部下です。調べると、どうも真田様に御無礼を働いている事が判り、この度、謝罪に来ました」

「成程」

「御納め―――」

「要りません。気にしていませんから」

 賠償金を出す前に大河は、拒否した。

「然し、御無礼は、事実で―――」

「生憎、お金には困っていません。侠客でしたら、民の為にお使い下さい」

「そ、そんな―――」

 納得出来ない長兵衛は、土下座した。

「それでは、私の指で―――」

「尚更、要りません。の事は、知っています」

「……へ?」

「低位の方々を積極的に採用し、事業を任していますよね? 貴方は、篤志家です。任侠道を邁進まいしんして下さい。但し―――」

 すっと、大河の目が細くなる。

 狐目の男の様に。

「犯罪集団と化した場合は、容赦しません。法に則り、適切に対処させて頂きます。宜しいですね?」

「……は」

 長兵衛も真っ青になる程の威圧感だ。

(……本物の漢だ)

 50人焼殺事件と長兵衛との会談は、直ぐに舞鶴周辺に轟き、大河の名が裏社会でも広く知られる様になったのであった。

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