第162話 疑雲猜霧

 帰京前の最終日。

 大河達は、修善寺の大和尚主催の下、送別会の歓待を受けていた。

「多額の御寄附をして頂き、誠に有難う御座います」

「いえいえ。貸切りに御理解と御協力して下さった皆様の御蔭ですよ」

 余りにも腰が低いその態度に、町の出席者達も逆に申し訳無さを感じる。

 大河の背中に包帯が巻かれているのは、非常に気になる所だが。

 並ぶ料理は、

金目鯛きんめだいの煮付け

猪鍋いのししなべ

・げんなり寿司

・うな重

弁天鍋べんてんなべ

駿河丼するがどん

・桜えび焼きそば

ひつまぶし

山葵漬わさびづけ

すっぽん料理

白子料理しらこりょうり

・いけんだ煮味噌

沢庵たくあん

うなぎ

梅干うめぼし

・黒米

熱海あたみの干物

あじの姿造り

 何れも伊豆を代表する料理だ(*1)。

「「「……」」」

 女性陣は、一心不乱に食べている。

 この機を逃せば一生、食べれそうにならない位、豪華だからだ。

 但し、すっぽんに関しては、殆ど大河に回される。

 すっぽんと言えば精力だ。

 暗にそれで強化しろ、という妻達からの無言の圧力プレッシャーである。

 大河の右横には、ナチュラが居る。

 修善寺側が配置した座席なので、大河達は文句を言えない。

 一応、左横には誾千代なので、そこら辺は配慮したものと思われる。

「大河、もうお腹一杯?」

「ああ」

 大きくなったお腹を見せる。

「これで、又、頑張れるね?」

「ああ。忙しい限りだよ」

 イチャイチャしていると、……じー。

 反対側から視線を感じる。

 振り向くと、ナチュラが、羨望の眼差しを向けていた。

「愛人だろう?」

「そうです」

「じゃあ、我慢してくれ。俺は、愛妻家なんだ」

「分かっています」

 エリーゼ等の様に襲わないだけ、穏健派だ。

 然し、その視線は彼女達同様、熱い。

 伊豆国の国主であり、山中城主でもあるナチュラが大河の愛人になった事で、伊豆国は、棚から牡丹餅式ぼたもちしきに山城真田領となった。

 三河国等は徳川領なので、伊豆国はカリーニングラード州の様な飛び地になる。

 伊豆国を大河に奪われた北条家だが、大河の支持層となった伊豆国の民衆が彼の帰国後、北条家に再び忠誠を誓う事は考え難い。

 後世、イギリス領香港が返還後、中国による抑圧に耐えかねていた様に。

 一度、自由を知った以上、中々、旧領に戻るのは、人間の気持ち的に難しいのだ。

 大和尚が、尋ねる。

「真田様、伊豆をどの様に発展させるので?」

「温泉立国です」

「成程。だから、ここに多額の寄付を……」

 大河以前、ここまで修善寺温泉を重要視した武将は居ない。

「ここの開発者として資金を出します。ここ一帯を貴院に御寄附します」

「な、なんと!」

 本能寺の変後の伊賀越えの際、徳川家康は、立ち寄った徳永寺に広大な土地を寄進した事により、天正伊賀の乱以降、反徳川派だった伊賀の忍者達を味方に付ける事に成功した。

 家康は終生、この時の恩を忘れておらず、末期の言葉もそれだったという(*2)。

 修善寺温泉は好きだが、大河に独占する気は無い。

 外様がここを統治すれば、反発を生む可能性がある。

 どれだけ名君でも、違った場所で、京同様、成功するとは限らない。

 蝦夷地でアイヌ人を通して間接的に統治している様に、ここでもそれを使う。

「私は、侵略者ではありませんので」

 大河は、微笑む。

「……はは」

 有難い事だが、その底知れぬ乾き切った目に大和尚は、苦笑いを浮かべる他無かった。

 責任重大だ、と。


 伊豆国が、山城真田領になった事で山中城手前の平原が整備され、地方空港が誕生する。

 名前は、『中部空港』。

 京の朝顔空港と結ぶ事になる為、両国民の往来は、活発になるだろう。

 いずれ大河は、田中角栄が推し進めた日本列島改造論の実現に着手するつもりだ。

 流通経路が発達し、田舎でも現代の様に宅配で何でも買える様になる。

 短所としては、地方の人口が減少し、逆に都会のそれが増え過ぎ事が考えられる。

 その場合は、ふるさと納税の他、都会は増税し、地方は減税する等によって均衡バランスを図る位しか、思い付かない。

「……」

 京都に帰る飛行機の中で、大河は物思いに更けていた。

 膝にお江、朝顔、於国、楠を抱えて。

「兄者、顔暗い? 体調、悪い?」

 心配気にお江が、尋ねた。

 背中を紙鑢で削ぎ落とした癖に、こういう時は、優しい。

「いや、もう少し温泉に浸かりたかったな、と」

「もう心配させて」

 朝顔が、顎を撫でる。

「御免よ。もうしないから」

「良いよ。人間だもの。弱点はあるわ」

 大河は、弱点を滅多に見せない男だ。

 弱点と言えば女位。

 然し、それを除けば、ゴ〇ゴ13や冴〇獠に次ぐ最強の戦士だろう。

「弱点を見せてよ」

だよ」

 笑顔で否定し、朝顔の頭を撫でる。

 上皇にこんな事を出来るのは、日ノ本広しといえども大河くらいだろう。

 尊皇派が見れば卒倒、又は激怒する所だろうが、朝顔本人に不快感は無い。

 公ではちゃんと「近衛大将」として接してくれるが、私的プライベートでは、夫婦なのだ。

「……」

 於国も対抗してか、大河の手を密かに握る。

 朝顔、お江にバレない様に。

 楠もそれに気付いて、その上から重ねた。

 於国、楠の体温と感触を同時に堪能出来る。

 2人の愛を感じつつ、大河は朝顔に集中。

「それで上皇には、もう慣れたか?」

「まぁね。殆ど公務無いし」

 臣籍降下までした元皇族が、次に上皇として復帰したのは朝廷内部でも賛否両論だ。

 改革派:「寛容で認めるべき」

 保守派:「臣籍降下した意味が無くなる」

 と賛否両論だ。

「辞めたい?」

「悩んでる。でも、陛下と違って勅令とかも出来ないし、又、臣籍降下は我儘わがままかな? とも思っている」

「……そうだな」

 自由を求めて臣籍降下し、幸せを掴んだ朝顔だが、やはり、出自ルーツは、何処までもついてくる。

 2回目の臣籍降下は、諦めている様だ。

 大河も皇族や公家の立場なら、民衆に人気のある彼女には、上皇の地位に居て欲しい。

 二重権威とも解釈出来るが、朝顔も帝も愛国者であって侵略者ではない。

「御免ね。皆に流されて」

「全然。気にする事は無い。円満に実家に戻れたって事で」

「……そうだね」

 束縛しても可笑しくない程の愛妻家だが、こういう所は、放任主義とも言える位、自由だ。

 その為、女性陣も自由に生活出来る。

 不自由な事と言えば、浪費出来ない事位だ。

 もっとも、お金は無限に湧き出るものではない。

 大河が倹約家なのも理解している。

 柔軟に物事を考える事が出来る大河の御蔭で、朝顔の心労は少ない。

 帝には悪いが、世界で1番の味方だ。

 大河の胸の中で詠む。

「陸奥の 忍捩摺しのぶもぢずり 誰ゆへに みだれそめにし 我ならなくに」(*3)

 ―――陸奥の国の「忍捩摺しのぶもじずり」で作られる模様の様に、私の心は乱れています。こうなったのは貴方の所為なのですよ(*4)。 

 大河も返歌する。

「君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」(*5)

「!」

 ―――貴方の為なら、命は惜しくないけれど、今となっては、貴方と何時迄も長く一緒に居たいと思う様になりました(*4)。

 文学的なやり取りで、お江達は、

「「「……」」」

 見惚れるしかない。

 遠巻きに見詰める華姫も、

「……かっこういい♡」

 両目を♡にして、両手を両頬に添えて赤くなっている。

「……馬鹿」

 灰〇哀の様に小さく呟くと、朝顔は大河の胸に顔を埋め、赤ら顔を隠すのであった。


 帰京後、早速、帝に呼び出される。

「大儀であった」

「は」

 短いが、大河にとっては、最上級の誉め言葉だ。

「危険手当だ。休みを取れ」

「え?」

「二度は言わん。全く、破産まっしぐらだ」

「申し訳御座いません」

「謝るな。もう一つ、褒美に蛤御門はまぐりごもんの近くに贈答品を用意してある」

「はい?」

「早く行け! 果報者が」

 嬉しそうに言うと、御所を追い出される。

 滞在時間は、約1分。

 カップ麺より短い。

 冷遇ではない。

 上司と長時間居るより家族を優先しろ、という無言の勅令だ。

「御忙しいですね」

 待っていた信忠は、微笑む。

「”岐阜中将”(=織田信忠)程ではありませんよ」

「今度、1回、さしで飲みに行きましょうよ」

「分かりましたよ。誘ったのですから奢って下さいね?」

「ああ、店も探して抑えとくよ」

 信忠も送り出してくれる。

 親友の間柄だが、友と家族は、平等ではない。

 断然、後者を選ぶ。

「有難う御座います」

 手を振って別れ、蛤御門方面へ。

「陛下も将軍も気を遣って下さっていますね?」

「若殿ですから」

 小太郎の意見に鶫は、我が事の様に胸を張る。

 蛤御門は、の際、損傷したが、全国の宮大工が結集し、以前よりも高品質に仕上げた為、今では傷跡は皆無だ。

 但し、歴史を忘れぬ様に、という勅令の下、銃弾が数発、埋め込んだままになっている。

「……これじゃないよな?」

 大河は、止まった。

『近衛大将邸』なる表札の前で。

 現代日本で言う所の、皇宮警察本部こうぐうけいさつほんぶ京都きょうと護衛署ごえいしょ表門おもてもん警備派出所けいびはしゅつじょ辺りに、混凝土コンクリートで造られた一戸建てが建っていた。

 大河の記憶ではこの辺りには、何も無かったのだが。

「……え~と」

 戸惑っていると、玄関が開く。

「御待ちしていました」

 紫衣しえを着た朝顔が、出迎える。

 他の女性陣を従えて。

 京都新城で待っている、とばかり思っていた大河達は、驚く。

「おいおい、勢揃いだな」

「私も驚いたのよ。貴方が出勤後、急遽、勅使がいらっしゃって、ここに連れて来て下さったもの」

 普段は、公務以外でこの様な制服ユニフォームを着る事は少ない。

 御所の敷地内、という事で着ているのだろう。

 中は、思いのほか、狭い。

 健康で文化的な生活を送る為に最低限必要な居住面積は、2人以上で10平米(㎡)×世帯人数+10平米(㎡)と定義されている(*6)。

 それで計算すると、

・大河(世帯主)

・朝顔

・誾千代

・謙信

・楠

・エリーゼ

・千姫

・茶々

・お初

・お江

・於国

・累

・お市

 これらに、

・アプト (女中)

・稲姫  (千姫の護衛)

・橋姫  (同居人)

・信松尼 (人質)

・鶫   (愛人A)

・小太郎 (愛人B)

・ナチュラ(愛人C)

 が、加わる。

 よって、計算式は、10平米X20+10平米。

 A答えは、2千平米。

 無論、現代とは日本人の体格等の事情が異なる為、安易に当て嵌めるのは、不適当であるが。

 それを差し引いても、家は、2千平米もあるとは思えない。

 精々、1500平米位だろう。

「狭くないか? 子供も増えるなら、もう少し広めの―――」

「心配しなくて良いわ」

 自信満々にエリーゼが、壁を押す。

 と、ギギギ……

 黒板を爪で引っ掻いた様な不快音と共に、隠し隧道トンネルが露わに。

「私が、設計したのよ? 凄いでしょう?」

 楠が小さい胸を力一杯張る。

 くノ一だけあって、この様な事は得意だ、と言わんばかりだ。

(……成程な。エリーゼも1枚噛んでいるのか)

 アンネ・フランクの家の隠し扉とほぼ同じ要領で造られている。

「何処と繋がっているんだ?」

「京都新城。有事の際、陛下や皇族は、ここを使って避難するのよ」

「成程」

 御所も近衛兵が警備しているとはいえ、皇族の自宅だ。

 その為、配慮の結果、警備し難い面も否めない。

 その分、京都新城では天守以外、大河の許可さえあれば、何処でも近衛兵が居る。

 御所よりも警備レベルは、高い。

 何かがあった時、京都新城に避難すれば良い。

 逆に京都新城から増援を送る事も出来る。

 余り別荘等には否定的な大河だが、帝からの恩賜だ。

 送り返す事は出来ない。

 幼妻達は、狭い別荘の中を走り回る。

 愛玩動物の獺と共に。

「きゃあ~」

「鬼だ!」

「ひえ~」

 逃げるは、お江、於国、楠。

「まて~」

 追うは、華姫。

 獺を抱えて、格好は頭に鉢巻き。

 小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえつけたその様は、津山事件の都井睦夫の如く。

 何故、そんな姿なのかは疑問に尽きないが、本人が楽しそうなら、それで良いだろう。

 愛人が増えたが、又、平和な日々だ。

 謙信が抱く累を撫でる。

 すると、

「だーだー♡」

 実父と再会出来て嬉しいのか、累は上機嫌で、大河を手招きする。

「ん?」

 ちゅっと。

 頬に接吻された。

「おうおう、おませさんだな」

 大河は、微笑むが、女性陣は危機感を募らせる。

(累って若しかして、真田様の事が御好き?)

(危機ですわ。山城様が、あわあわ!)

(ちちうえのへんたい)

 大河の預かり知れぬ所で風評被害が、広まるのであった。


[参考文献・出典]

*1 :https://gurutabi.gnavi.co.jp/i/p22/n2210/gm101/

*2:『その時歴史が動いた』「家康、人生最大の危機の3日間 〜大脱出!伊賀越えの先に天下が見えた〜」2004年6月2日放送 NHK

*3:(河原左大臣 14番『古今集』恋四・724)

*4:https://origamijapan.net/origami/2019/06/26/koino-waka-tanka/#toc7

*5:藤原義孝 50番『後拾遺集』恋二・669

*6:国土交通省 住生活基本計画 2016年

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