第136話 一辺一国

 澎湖諸島ポンフー・チュンダオの基地を殲滅され、更に台湾を掠め取られる形になった清は、激怒していた。

 駐日大使を呼び戻す。

「貴様が、美麗島を放棄した張本人なんだな?」

「い、いえ……そんな事は―――」

「『化外之地』と言っただろう?」

 林檎の様に顔を真っ赤にしている努爾哈赤ヌルハチ

 大使の発言は、大河の宣伝プロパガンダ工作により、本国にまで伝わっていた。

 その結果、新疆シン・チャンや海南等、中原から遠く、歴代中国王朝の影響力が薄かった地域では、独立運動が盛んだ。

 死に体レームダックと化していた元や、滅亡した明も微力ながら復活し、徐々に盛り返し始めている。

 従順なのは、昔ながらの従属国である朝鮮くらいだ。

 その証拠に使者を迎恩門ヨンウン・ムンに送れば、朝鮮は三跪九叩頭の礼で迎えてくれる。

「死刑だ!」

「ひ! 御慈悲を―――」

「ならん!」

 死刑執行人が、使者を捕まえ拘束する。

 そのまま大広場に連行され、後は凌遅刑だ。

 生きたまま肉を削がれ続けるその残虐さは、光緒こうちょ31(1905)年まで継続する事になる。

 現代でも西洋人が撮影した写真が残っており、確認する事が出来る。

 視認者は、心に傷を負う可能性が高いが。

 努爾哈赤は、爪を噛む。

「日本人め。舐めやがって」

「陛下! 南部の回教ホイチャオが蜂起しました!」

「何だと?」

「それだけではありません! 隠れていた明の残党も一緒に!」

「糞!」

 一難去ってまた一難。

 日ノ本相手に集中する事は出来ない。

 反乱軍は、澎湖諸島で清が敗戦したのを見て、好機チャンスと判断したのだろう。

 清に動揺が広がっている今、適当な時機タイミングとして。

 清国内も、中国統一を果たした直後だけあって、安定はしていない。

 今後も散発的な残党の抵抗は、あっても不思議ではなかった。

 然し、努爾哈赤は華麗島に気を取られ過ぎていた為、その可能性を忘れていた。

「……ひとまず、日本鬼子の事は、忘れ様。まずは目先の問題だ。精鋭部隊を反乱軍に当たらせろ!」

「は!」

 元朝初代皇帝・忽必烈クビライ(フビライとも)は、元寇が2回失敗したにも関わらず、三度目の正直とばかりに日本侵攻を諦めていなかった。

 侵略の為の基地である征東等処行中書省(日本行省、征日本行省)を再設置し、計画を進めた。

 日本もその動きを察知し、元軍の造船を担っていた江南地方に間者を送っている(*1)。

 然し、度重なる戦費により民が疲弊し、又、江南地方で盗賊が多発した事から元朝内部に動揺が広がり、厭戦気分が上昇。

 反乱も起きた為、止む無く、元は3回目を白紙し、国内問題に集中する事にした。

 然し、忽必烈は死ぬまで日本侵攻計画を諦めていなかったという。

 努爾哈赤も又、そんな状況であった。

 然し、忽必烈は文永の役(1274年)時点で59歳。

 弘安の役(1281年)の際は、66歳と高齢であった。

 そして、弘安の役の13年後に病没している。

 その点、努爾哈赤は今年(1577年)時点で18歳とまだまだ若い。

 史実では68歳で戦死するが、史実通りであるならば、残り半世紀は、生きる事になる。

 こうして日清戦争の開戦は、一旦、白紙となった。


 台湾は、大河が齎した民主主義の下、緩やかな近代化を歩んでいく。

 緑色を基礎とし、台湾本島の形が意匠計画デザインされた国旗が制定される。

 これは、大河が提案した、

・四族同心旗(八菊旗)

・台湾旗

・台字翠青旗

 の3種類から、島民が国民投票した物であった。

 正式な国名も、同様に『台湾共和国』となる。

 現代の中国色は、一切、排除された高山族による高山族の為の国家だ。

 尤も、民主主義が根付くのには、時間を要する。

 外国人との交流を嫌い、密林での生活を好む高山族も居るからだ。

 現代でもブラジル等の多民族国家には、その様な少数部族が、存在する為、不思議ではない。

 彼等には台湾人としての自己同一性は無いが、国籍上、台湾人である為、衝突した場合、内戦になりかねない。

 そこでイソバ率いる新政府は、大河の助言の下、彼等の人権を尊重し、不干渉にするに至った。

 インド政府が、センチネル島民にしている様に。

 更に民主主義も、長い目を見る必要がある。

 日本では明治維新以来、浸透しているが、それまで、そんな概念すら無かった国々が、民主化した場合、その多くが失敗に終わっている。

 例えば、アラブの春で続々と民主化を果たした一部のアラブ諸国だが、諸事情により、暴動や政治的混乱が絶えない。

 アメリカから嫌われて殺されたカダフィ大佐のリビアも、彼亡き後は、内戦となり、その終わりが見えていない。

 イラクもフセイン大統領死亡後は、IS自称「イスラム国」が台頭する等、地獄が続いている。

 この様な国々は、独裁によって過激派が抑えられていた側面があり、戦勝国のアメリカは、その後の対応に苦慮している事は言う迄も無い。

 台湾もその様な悪例にならぬ様、イソバは、最大限の配慮を行う必要があった。

 5月中旬。

 台湾は、梅雨入りする。

 現代、台湾のその時期は、5~6月なので、別段、不思議ではない。

「御助力、有難う御座いました」

「困った時は、何でも仰って下さい」

 イソバは、大河の直臣の様に接する。

・国家運営の為の潤沢な資金

・思いやり予算無しの在台日本軍基地

・日本人顧問団

 の恩により、頭が上がらない。

 彼女以外の高山族も、大河の紳士的な態度に心を開き、敵意を抱いている者は居ない。

 その後、人権主義を掲げた憲法も制定される。

 基礎を築いた大河は、国父の様になるが、奢る事は無い。

「兄貴、有難う!」

「又、来てね~!」

 港にて。

 沢山の高山族が、手を振って見送る。

 雨降って地固まる。

 薩英戦争後の薩摩藩とイギリスの様に、両国は急速に接近している。

 文明の利器を平和的にもたらし、尚且つ、現地の文化を尊重する大河の人気は、文字通り海を越えて、この台湾でも通じていた。

 一部の高山族は、民族衣装である葉っぱを捨て、洋装や和装に。

 中には、丁髷や日本刀を携えた者迄居る。

 保守派は、嫌がっているだろうが、若い世代は、親世代より新しい物や外国文化に興味や関心を持つ場合が多い。

 台湾共和国の未来を担う彼等は、明治維新の時の志士達の様に、今後、活躍していくだろう。

 大河が教えた『仰げば尊し』を合唱し、見送る人々も。

 この曲は、明治17(1884)年に発表された為、当然、この時代には無い。

 日本では、歌われる場合が少なくなっているが、台湾では、映画でも使用される等、現代でも愛されている。

 時代を越えて、台湾人が歌うのは妙だが、彼等が必死に覚えて歌っている姿勢は、感動さえ覚える。

「……」

 光秀や沢山の軍人達も又、泣き出した。

『パラオ、恋しや』ならぬ『台湾、恋しや』。

『ラバウル小唄』ならぬ『台湾小唄』である。

 日本軍が圧倒的な戦力であり、尚且つ、非戦闘員の殺傷を極力、避け、高山族も玉砕ではなく生存を選んだ為、御互いに良好に働いているのだろう。

 大河は禁じなかったが、今後、若者達により首狩り文化は失われていくかもしれない。

 残念な結果になるだろうが、それは台湾人次第であり、如何なるか分からない。

 ずぶ濡れになりつつも、双方は別れを惜しむのであった。


 船内にて。

「兄貴! 日本ってどんな国なんです?」

 航空母艦には、捕虜のモーナの他に、100人程の留学生。

 大河を始めとした日本人と触れ合い、日本文化に興味を抱いたのだった。

 安土桃山時代版東遊ドンズー運動である。

 彼等は、西洋列強の侵略に対抗すべく立ち上がった、愛国者達。

 当時のベトナムの独立運動家達の様に日ノ本で学び、その精神を吸収した上で、今後の国家運営に活かすだろう。

「俺より、明智殿の方が、詳しいよ」

「! そうですか? 明智殿!」

 留学生達が、光秀に殺到する。

 丸投げされた事に彼は、睨んで遺憾の意を示す。

 然し、人気者になった事は苦ではない様で、笑顔で説明し始めた。

「日ノ本はね。神武天皇と言う偉い方が―――」

 平馬も囲まれている。

「武道、教えて下さい!」

 少年少女が強請り、平馬は困り顔。

 澎湖諸島で清軍を撃破した彼は、現代で言う所の古寧頭戦役で台湾を守った根本博(1891~1966)陸軍中将を彷彿とさせる英雄だ。

 大河に目で、「自分が教えても大丈夫ですか?」と尋ねる。

 任せる、と頷くと、平馬は笑顔で返礼し、技術指導を始めた。

 仕事が一旦、片付いた為、大河も休む事が出来る。

 艦長室に戻る。

 内装は、青が基調だ。

 女王サイズの寝台は、1人で寝るのは、非常に寂しい。

 その枠が真鍮しんちゅうなのは、艦長としての高位を示している。

 浴室は、シャワー室だけ。

 豪華客船の様に豪華な湯船に浸かりたい所だが、豪華にすればする程、家臣が白眼視する可能性がある為、適当にしなければならない。

 その為、洗面台もデコラの大理石である(*2)。

「御疲れ様」

 バスローブを羽織った誾千代が、出迎える。

 シャワーを浴びたばかりか。

 石鹸の匂いが香ばしい。

「只今」

 この瞬間、2人は夫婦に戻るのであった。


[参考文献・出典]

*1:『元史』

*2:https://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/3cda28a5372d9f6b0acba76edb76e60b

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