第136話 一辺一国
駐日大使を呼び戻す。
「貴様が、美麗島を放棄した張本人なんだな?」
「い、いえ……そんな事は―――」
「『化外之地』と言っただろう?」
林檎の様に顔を真っ赤にしている
大使の発言は、大河の
その結果、
従順なのは、昔ながらの従属国である朝鮮くらいだ。
その証拠に使者を
「死刑だ!」
「ひ! 御慈悲を―――」
「ならん!」
死刑執行人が、使者を捕まえ拘束する。
そのまま大広場に連行され、後は凌遅刑だ。
生きたまま肉を削がれ続けるその残虐さは、
現代でも西洋人が撮影した写真が残っており、確認する事が出来る。
視認者は、心に傷を負う可能性が高いが。
努爾哈赤は、爪を噛む。
「日本人め。舐めやがって」
「陛下! 南部の
「何だと?」
「それだけではありません! 隠れていた明の残党も一緒に!」
「糞!」
一難去ってまた一難。
日ノ本相手に集中する事は出来ない。
反乱軍は、澎湖諸島で清が敗戦したのを見て、
清に動揺が広がっている今、適当な
清国内も、中国統一を果たした直後だけあって、安定はしていない。
今後も散発的な残党の抵抗は、あっても不思議ではなかった。
然し、努爾哈赤は華麗島に気を取られ過ぎていた為、その可能性を忘れていた。
「……ひとまず、日本鬼子の事は、忘れ様。まずは目先の問題だ。精鋭部隊を反乱軍に当たらせろ!」
「は!」
元朝初代皇帝・
侵略の為の基地である征東等処行中書省(日本行省、征日本行省)を再設置し、計画を進めた。
日本もその動きを察知し、元軍の造船を担っていた江南地方に間者を送っている(*1)。
然し、度重なる戦費により民が疲弊し、又、江南地方で盗賊が多発した事から元朝内部に動揺が広がり、厭戦気分が上昇。
反乱も起きた為、止む無く、元は3回目を白紙し、国内問題に集中する事にした。
然し、忽必烈は死ぬまで日本侵攻計画を諦めていなかったという。
努爾哈赤も又、そんな状況であった。
然し、忽必烈は文永の役(1274年)時点で59歳。
弘安の役(1281年)の際は、66歳と高齢であった。
そして、弘安の役の13年後に病没している。
その点、努爾哈赤は今年(1577年)時点で18歳とまだまだ若い。
史実では68歳で戦死するが、史実通りであるならば、残り半世紀は、生きる事になる。
こうして日清戦争の開戦は、一旦、白紙となった。
台湾は、大河が齎した民主主義の下、緩やかな近代化を歩んでいく。
緑色を基礎とし、台湾本島の形が
これは、大河が提案した、
・四族同心旗(八菊旗)
・台湾旗
・台字翠青旗
の3種類から、島民が国民投票した物であった。
正式な国名も、同様に『台湾共和国』となる。
現代の中国色は、一切、排除された高山族による高山族の為の国家だ。
尤も、民主主義が根付くのには、時間を要する。
外国人との交流を嫌い、密林での生活を好む高山族も居るからだ。
現代でもブラジル等の多民族国家には、その様な少数部族が、存在する為、不思議ではない。
彼等には台湾人としての自己同一性は無いが、国籍上、台湾人である為、衝突した場合、内戦になりかねない。
そこでイソバ率いる新政府は、大河の助言の下、彼等の人権を尊重し、不干渉にするに至った。
インド政府が、センチネル島民にしている様に。
更に民主主義も、長い目を見る必要がある。
日本では明治維新以来、浸透しているが、それまで、そんな概念すら無かった国々が、民主化した場合、その多くが失敗に終わっている。
例えば、アラブの春で続々と民主化を果たした一部のアラブ諸国だが、諸事情により、暴動や政治的混乱が絶えない。
アメリカから嫌われて殺されたカダフィ大佐のリビアも、彼亡き後は、内戦となり、その終わりが見えていない。
イラクもフセイン大統領死亡後は、
この様な国々は、独裁によって過激派が抑えられていた側面があり、戦勝国のアメリカは、その後の対応に苦慮している事は言う迄も無い。
台湾もその様な悪例にならぬ様、イソバは、最大限の配慮を行う必要があった。
5月中旬。
台湾は、梅雨入りする。
現代、台湾のその時期は、5~6月なので、別段、不思議ではない。
「御助力、有難う御座いました」
「困った時は、何でも仰って下さい」
イソバは、大河の直臣の様に接する。
・国家運営の為の潤沢な資金
・思いやり予算無しの在台日本軍基地
・日本人顧問団
の恩により、頭が上がらない。
彼女以外の高山族も、大河の紳士的な態度に心を開き、敵意を抱いている者は居ない。
その後、人権主義を掲げた憲法も制定される。
基礎を築いた大河は、国父の様になるが、奢る事は無い。
「兄貴、有難う!」
「又、来てね~!」
港にて。
沢山の高山族が、手を振って見送る。
雨降って地固まる。
薩英戦争後の薩摩藩とイギリスの様に、両国は急速に接近している。
文明の利器を平和的に
一部の高山族は、民族衣装である葉っぱを捨て、洋装や和装に。
中には、丁髷や日本刀を携えた者迄居る。
保守派は、嫌がっているだろうが、若い世代は、親世代より新しい物や外国文化に興味や関心を持つ場合が多い。
台湾共和国の未来を担う彼等は、明治維新の時の志士達の様に、今後、活躍していくだろう。
大河が教えた『仰げば尊し』を合唱し、見送る人々も。
この曲は、明治17(1884)年に発表された為、当然、この時代には無い。
日本では、歌われる場合が少なくなっているが、台湾では、映画でも使用される等、現代でも愛されている。
時代を越えて、台湾人が歌うのは妙だが、彼等が必死に覚えて歌っている姿勢は、感動さえ覚える。
「……」
光秀や沢山の軍人達も又、泣き出した。
『パラオ、恋しや』ならぬ『台湾、恋しや』。
『ラバウル小唄』ならぬ『台湾小唄』である。
日本軍が圧倒的な戦力であり、尚且つ、非戦闘員の殺傷を極力、避け、高山族も玉砕ではなく生存を選んだ為、御互いに良好に働いているのだろう。
大河は禁じなかったが、今後、若者達により首狩り文化は失われていくかもしれない。
残念な結果になるだろうが、それは台湾人次第であり、如何なるか分からない。
ずぶ濡れになりつつも、双方は別れを惜しむのであった。
船内にて。
「兄貴! 日本ってどんな国なんです?」
航空母艦には、捕虜のモーナの他に、100人程の留学生。
大河を始めとした日本人と触れ合い、日本文化に興味を抱いたのだった。
安土桃山時代版
彼等は、西洋列強の侵略に対抗すべく立ち上がった、愛国者達。
当時のベトナムの独立運動家達の様に日ノ本で学び、その精神を吸収した上で、今後の国家運営に活かすだろう。
「俺より、明智殿の方が、詳しいよ」
「! そうですか? 明智殿!」
留学生達が、光秀に殺到する。
丸投げされた事に彼は、睨んで遺憾の意を示す。
然し、人気者になった事は苦ではない様で、笑顔で説明し始めた。
「日ノ本はね。神武天皇と言う偉い方が―――」
平馬も囲まれている。
「武道、教えて下さい!」
少年少女が強請り、平馬は困り顔。
澎湖諸島で清軍を撃破した彼は、現代で言う所の古寧頭戦役で台湾を守った根本博(1891~1966)陸軍中将を彷彿とさせる英雄だ。
大河に目で、「自分が教えても大丈夫ですか?」と尋ねる。
任せる、と頷くと、平馬は笑顔で返礼し、技術指導を始めた。
仕事が一旦、片付いた為、大河も休む事が出来る。
艦長室に戻る。
内装は、青が基調だ。
女王サイズの寝台は、1人で寝るのは、非常に寂しい。
その枠が
浴室は、シャワー室だけ。
豪華客船の様に豪華な湯船に浸かりたい所だが、豪華にすればする程、家臣が白眼視する可能性がある為、適当にしなければならない。
その為、洗面台もデコラの大理石風である(*2)。
「御疲れ様」
バスローブを羽織った誾千代が、出迎える。
シャワーを浴びたばかりか。
石鹸の匂いが香ばしい。
「只今」
この瞬間、2人は夫婦に戻るのであった。
[参考文献・出典]
*1:『元史』
*2:https://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/3cda28a5372d9f6b0acba76edb76e60b
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