第80話 その狂愛に母なる愛で幕引きを

 出来るだけ時間を稼いでほしいという儀式長の言葉を信じ。


 俺は暴走状態となった精霊神、ミツキノアオを足止めすべくテラスアイネの神力で作られた大剣を用いて奴に応戦した。


 巨大な翼を羽ばたかせ、夜空に滞空するミツキノアオをどうにか地上に引きずり落そうと。


 飛翔する刃を四方八方へとばら撒く中・遠距離型の武技、風刃炎舞にて撃墜を狙う。


 通常の大剣を用いたスキルと異なり、テラスアイネの神力が上乗せされた飛刀が空を裂き。


 黄金に輝くミツキノアオの肢体を焼き、切りつけた。


「痛い…! あぁ…乱暴はやめて下さい、愛しい人…! 」


「やめろって。 何人ものエルフ・オリジンたちを好き勝手に殺しておいて、今更なに言ってんだッ! 」


 タイルが敷き詰められた固い足場を起点に、闘気で強化した脚力を持って宙へと跳躍し。


 握る大剣から溢れる神力、その出力を最大にする。


(武技開放)


「墜ちろッ!! 巨刃一刀ッ!! 」


 上空から振り下ろされる、柱のように巨大な刃を避けるすべはなく。


 両羽を盾にし攻撃を受け止めたミツキノアオは地上へと叩き落された。


 渾身の一撃を受けた奴の翼は、焼き爛れ。


 そこかしこから蒼白い光が漏れ出ているが。


 翼を犠牲にし攻撃を防いだことで、奴自身には殆どダメージが届いていない。


「どうして…どうしてこんなことを。 私はただ、もう一度貴方と同じ時を生きたいだけなのに」


「アンタのその勝手な願いの為に、いったい何人のエルフ・オリジンたちが犠牲になってきたんだ」


「ですから、それは…進化の為なのです。  それに、彼女たちはただ私の糧になったのではなく…。 こうして、私のなかで今も眠っています。 いわば彼女たちも永遠の存在になれたのですよ! 」


 器となったエルフ・オリジンたちは今も自分の中で眠っていると。


 そう口にしたミツキノアオの身体に、無数の斑点模様が浮かび上がる。


 よく見るとそれは、簡略化した人の顔にも見えて…。


 まるでミツキノアオに喰われた魂が、彼女の中で今なお苦しみもがき続けているかのようだった。


「愛しい人…貴方が再び私の元へと現れて下さった今。 もはやこの国も、民も…姫継ぎの儀式も私にとっては全て不要なもの」


「なんだと…! 」


「たしかに以前の私であれば、姫としての肉体。 この世界の民の身体が必要不可欠でした」


「しかし、今日。 私は朽ちた体を脱ぎ捨て、自らの進化を確信しました! もはや、私に脆い偽りの肉体など不要」


「今の身体ではまだ、貴方と交わることが出来ない不便さがありますが。 それもあと数千、数万の魂を喰らい進化を重ねれば解決される事でしょう」


「ふふふ。 楽しみですね、アナタ…♡ 血肉を得て完璧な肉体へと進化した暁には、二人で子を成し幸せな家庭を築きましょうね…♡ 子供は何人欲しいですか? 貴方の望むまま、何人だって産んであげますわ」


「てめぇは…」


(本当に、狂ってやがる)


 奴の中にある狂気、その始まりがたとえ一途な愛だったとしても。


 人の肉体を奪い、その魂を喰らい。


 幾年月もこの世界に留まり続けてきたミツキノアオの醜く変質した心は、既にどうしようもないほどに壊れ切ってしまっていた。


(そこに救いがないとしても…。 これ以上、コイツの好きにさせてやるわけにはいかねぇ)


「さあ、愛しい人…そこをどいて下さい。 大丈夫です、すぐにこの国…そこにある全ての魂を喰らいつくし。 貴方の元へ、美しい身体で帰ってきますから」


「…………」


「そうはさせません。 姫様」






「っ……! アンナ! 貴女、何を…! 」


「星は巡り、月は満ち欠け。 幾千の願いと永久の愛を胸に…」


「まさか貴女…! 私をその体に――」


「降臨せよ我が神! この身に、おかえりなさい」


「無駄なことを…! 進化を遂げ、肉体を捨てた私をッ! 貴女ごときの力で降ろせるとでも!? 大人しく、ここで死になさいッ!! 」


「儀式長ッ!! 」


 ミツキノアオが放ちし、神力が。


 不可視の刃となり儀式長の胸を貫いた。


 口から漏れ出る、おびただしい量の血にその身を濡らしながら。


 彼女は最期に、目を細め慈愛の顔で微笑んだのだ。


「さあ…我が子たち。 母の元へ……」


 儀式長。


 彼女が地面へと倒れ、息絶えると同時に。


 ミツキノアオの体に異変が起き始めた。


「うぐッ…!!!? い、一体…何が…起きて…! や、やめ!? やめなさいッ…!! 」


 ボコリ。


 ボコリと。


 奴の身体から光る何かが止めどなく抜け出していく。


「私の…私の…魂が…!! やめろ、止まれ止まれ止まれ止まれぇッ!!!! 」


 まるで幼子が、母を求めるように。


 ミツキノアオの身体から抜け出した魂が、儀式長の身体へと集い甘えるように擦り寄っていく。


(そうか…儀式長、彼女がその身に降ろしたのは…)


 堕落した神ではなく、その神が喰らいし子供たちの魂。


 自らが育て愛し、そして守ることが出来なかった子供たちの魂を最期にその身へ抱いたのだ。


 今度こそ、決して離さぬように。


 人には見えぬ事象を見通せる俺の瞳が、儀式長の身体から浮かび出た彼女の魂を捉えた。


(儀式長の魂が…子供たちの魂を天へと導いていく…)


 仮初めとはいえ、たしかに子供たちにとっての母であった彼女はしかし。


 儀式長、そして教育係。


 その職務に縛られ、生前は母になりえなかった。


 だが、死という終わりが訪れその体が役目を終えた時。


 彼女は確かに、子供たちの母へと成れたのだろう。


「ミツキノアオ」


「あぁ…! 嫌です…! 助けて…助けて下さい…! 愛しい人…! 」


 魂を喰らい、神から別の何かへと変質していたミツキノアオは皮肉なことに。


 喰らった魂がその身から抜けていくことで、再び神へと返り咲いていた。


「天上界にて、その罪を償え。 そしてもう二度と、この世界に現れるな」


「あぁ…どうして…! 私はただ、貴方と共に居たかった…それだけ――


 突如として、天から差し込んだ光の柱に飲み込まれ。


 ミツキノアオはこの地上から姿を消した。


 恐らくはグレアの話していた、天上界への強制送還が行われたのだろう。


(ただ共に居たかっただけ…か)


 俺を愛しい人だと思い込み、最後まで口にしていた異常な思いが。


 例え、彼女にとっての愛だったとしても。


 誰かの命を犠牲にし続け育んだその思いを、俺は愛とは思えなかった。


「儀式長……」


 神が去り。


 嵐が過ぎ去った花園で。


 横たわる彼女に近づき、そっと瞼を撫でその目を閉じさせる。


「結局アンタには、言いたいことも言えず仕舞いだったが…」


 魂に成ってなお。


 子供たちに慕われていた彼女はきっと。


(アンタ、案外。 悪い奴じゃなかったのかもな)


 精霊神国。


 神が民を生み。


 神が民を支配していたこの国の神話は。


 ある神の愛から始まり。


 ある母の愛によって終わったのだ。

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