第67話 逸る気持ち

 祭典の関係者から連絡が入り、一人指定された建物へと向かう最中。


 俺はどこか上の空で道を歩いていた。


 というのも、朝方ルカに聞かされた話がどうにも頭から離れないのだ。


「センコが消えただと…? 」


「うん。 試合の後、二日間は大人しく治療を受けていたらしいけど…三日目の朝には忽然と姿を消していたらしいの」


 鬼人族の剣士、センコの失踪。


 いまだ情報が公になっていないなか、ルカがどこからその話を嗅ぎつけてきたのか不思議だが。


 今はそれより、彼女の行方の方が気になっていた。


(センコには、色々と聞きてぇことがあったんだがな…)


 ムラマサの剣技だけでなく、継承者という言葉についてもセンコは何か知っているようだった。


 ムラマサとの関係も、さらには邪神との繋がりも結局何も分からないまま消えてしまったセンコ。


 彼女と再び出会うことがあれば、今度こそその正体を掴まねばならない。






 ◇◆◇






 とうとう、恐れている日が来てしまった。


 最愛の妹、リンカに精霊神が降ろされる”姫継ぎの儀”。


 その日取りが決まってしまった。


(私が想像していたより…幾分も早いッ…! )


 あの日偶然(のように)出会った彼…グレンさんは優勝を果たし。


 本来であれば、彼には姫守りの騎士と戦える権利が与えられその為に用意された期間を含めてスケジュールが組まれているはずだった。


(まさか儀式が前倒しされるなんて…。 どうして、そんな…)


 妹が次の器に選ばれた時点で、自動的に騎士見習いへと昇格していた私は。


 今日、姫守りの騎士の一人に連れられ儀式長であるアンナ様のもとへ呼び出されていた。


「予定通り、貴女の妹へ神降ろしを行う日取りが決まりました。 よって、その対の器である貴女は今日をもって騎士見習いを卒業し、姫守りの騎士として姫継ぎの儀式に参加してもらいます」


「リンナ、やったな」


「おめでとう」


 私の肩を叩き、姫守りの騎士への昇格を先輩方が褒め称えてくれている中。


 私は動揺している自分を悟られまいと必死だった。


(このままじゃ、リンカが…妹が消えてしまう)


 今まで目を逸らし続けてきた現実。


 避けようのない、妹との別れがすぐそこまで迫ってきている。


(私は……)


― 選べるってんなら大切な人の幸せを選ぶぜ ―


 今や武勇祭典でただ一人の勝者となったグレンさんが、私に言った言葉だ。


 前評判では優勝候補ですらなかった彼。


 狩人協会に所属する期待のルーキーといえば聞こえはいいが。


 ただの新米狩人であったはずの彼は、自らの手で幾つもの困難を打ち破り。


 とうとう優勝という最高の栄誉を掴んで見せたのだ。


 鬼人族の剣士を打ち破り彼の優勝が決まったあの日、私の中で何かが変わった。


 奇跡が起こるのを、ただ祈っているだけじゃ何も変わらない。


 全て失ってしまう前に。


(大切な貴女リンカの幸せを選ぶ。 私は…そう決めたんだッ! )


 神に見初められた英雄グレンさん、その助力を待っていたのでは何もかも手遅れになってしまう。


 そんな思いに突き動かされ、私はこの日。


 生まれ育ったこの国を。


 歌姫の真の姿を知らぬまま、その加護の元暮らす民たちを。


 裏切ることに決めた。


 花園の館。


 精霊神の器として大切に育てられてきた私たち牢獄を、今こそ飛び出す時が来た。


「リンカっ! 」


「お姉ちゃん…? 」


「私と一緒に来て、今すぐ」


「どうしたの急に…? 一緒に来てって、いったい――」





「どこに行こうというのです? リンナさん」

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