第61話 笑顔の意味は

「カインお兄ちゃん、さいきんなんだか楽しそうだね」


 オルグに引っ張られてここ最近グレンたちとの特訓に参加していたオレを見て、妹のネイはそう言って微笑んだ。


「へっ…? ネイには、そう見えるべ? 」


「うんっ。 あっ、もしかしてネイにないしょで女の子に合ってるとかっ!? 」


 プクっ、とほっぺを膨らまし可愛らしくヤキモチをやいてみせる妹の頭をわしゃわしゃと撫でながら「ないない」と首を横に振る。


(こうやって、撫でてやれるようになって本当に良かったサ…)


 弱り切ったあの頃のネイには、例え愛情を示す行為であっても傷つけるのが怖くてこうやって少々乱雑に撫でるなんてことは出来なかった。


(いや…それだけじゃない)


 壊れ物を扱うようにして妹に接していたあの頃のオレは、心のどこかでウソにまみれた自身の手でネイに触れるのを恐れ…ためらっていたんだ。


「…………」


「カインお兄ちゃん…ネイね。 ほんとうにうれしいのっ」


 オレのお腹に顔をうずめながら、ネイが声を弾ませた。


「んー? なにがそんなに嬉しいんサ。 兄ちゃんにも教えて欲しいべ」


「えっとね。 もちろんネイのびょうきが治ったこともうれしいんだけどね…それだけじゃなくて…」


「それだけじゃなくて? 」


「カインお兄ちゃんがね、笑うようになったことがネイ、すっごくうれしいのっ」


「わ、笑うようになったって…兄ちゃん、そんなに笑顔が少なかったべ? 」


「うんん。 ちがうの…。 カインお兄ちゃんは昔からネイの前では笑ってくれてたけど…ほんとうは辛そうにみえたの」


「ネイ…」


「だからね、いまカインお兄ちゃんがたのしそうにしててネイすっごくすっごくうれしいんだっ」


 パッ、とお腹から顔をあげオレを見上げるネイの顔はいつになく大人びてみえた。


 唯一の家族、ネイはオレが守ってやらなくちゃっていままでずっとそう思ってきた。


 でも、オレが守ろうとしていたネイはもしかするとずっと前から本当のオレに気付いていて。


 それでもネイはオレの妹として、オレの心が壊れてしまわないようただただ妹らしく振舞って傍に居てくれたのかもしれない。


(本当は、オレがネイに守られていたのかもな)


「ねぇ、カインお兄ちゃん…。 カインお兄ちゃんはいま楽しい…? 」


「ああ、すっごく楽しいサ」


 今ならそう、作り物なんかじゃない。


 本当の笑顔を、ネイに見せられる。






 ◇◆◇






 得物砕き。


 相手の武器を破壊することに特化したこの武技を扱うコツは、反射する事だとパイセンはいう。


「己が使うこの武技は、単純に相手の武器を攻撃し破壊するわけではない。 相手の攻撃のエネルギーに己の闘気をぶつけ押し返すことで武器を破壊しているのだ」


「そうすっと、カウンター攻撃みてぇな感じか」


「でもサでもサ。 前回の試合、オレっちも見直したけどオルグとセンコは何度も武器をかち合わせてたべ? あの中のどっかで得物砕きをキメることは出来なかった感じサ? 」


「うむ、そこなんだが。 得物砕きを成功させるにはただの攻撃を反射するのでは駄目なのだ。 相手が闘気を用いて放った攻撃…すなわち相手の武技を反射することではじめて武器を破壊できる」


「つーことは…」


「ああ。 センコが武技を用いたタイミングで武器をかち合わせ、相手の闘気ごと押し返さなくてはならない」


「マジかよ…」


「聞いてるだけで無茶苦茶難しそうだべ…」


 リーニャ特製のサンドウィッチにかぶりつきつつ、休憩中も特訓の方針について三人で話し合う。


 ここ最近はカインも弁当を持参しており、聞いた話では妹のネイちゃんが毎朝つくってくれているようだ。


 呪いのせいでいままで動くこともままならなかったネイちゃんが、試行錯誤しながら作り始めたというお弁当はまだ具材が焦げ付いていたりしているが。


 カインは世界一美味いとこの時ばかりは緩んだ表情で妹特製の弁当をパクついている。


 パイセンであるオルグ氏は武技の伝授や特訓に不可欠な訓練場の確保などなにかと世話になっているので、リーニャ達に頼み込み俺の分と一緒に弁当を余分に用意してもらっている。


(こうやって野郎だけで飯食ってるとなんだか懐かしい気分になってくるな…)


 フエーナルクエスト。


 ゲームの知識以外、殆どの記憶が頭から抜け落ちてしまっている俺だが。


 ふとした時に感じるこういった懐かしさは頭の片隅に残された前世の記憶、その名残なのだろうか。

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