第59話 再会、揺れる瞳(後)

 リンナの誘いに乗り訪れた場所は飲食店というより、どちらかといえば仕事場のような雰囲気だった。


 ドアベルが取り付けられた扉を開き店内に入れば。


 カランカランと響く、来客を知らせるベルの音が鳴り止む前に店の奥から姿を現したエルフの従業員に案内され。


 俺とリンナは小さな個室に通された。


「ここのメニューは全てエルーン文字で書かれているので、注文は私に任せて下さい」


 とリンナに言われ。


 味の好みなどを軽く確認された後、彼女がメニューからチョイスしたものを注文してくれた。


 一通り注文したものが揃い終え、ごゆっくりと言い残し従業員が部屋を退出してから早くも十分ほどが経過した。


 ほんのりと甘い香りがするフラワーティーにも手を付ける事無く、じっとシミ一つないテーブルを見つめ。


 時折り何かを口にしようとしてはもごもごとするだけに留まっているリンナの様子から、これから彼女がしようとしている話は込み入った内容のものか言い辛いものなのだろうと薄々察し始めた。


「例えば、の話です――


 とうとう意を決したのか、リンナは少し力の籠った口調でそう切り出した。


「グレンさんは、大切な誰か一人の幸せと数多くの人の幸せ…どちらを選びますか? 」


「お、心理テストかなにかか? 」


「…………」


「わりぃ…そんな感じじゃなさそうだな。 ま、俺が選ぶとしたら一択だぜ。 大切な一人の幸せ、これ以外の答えはねぇ」


「一人の幸せを選んだ結果、数多くの人の幸せが失われるとしてもですか? 」


「ああ…そうだな。 それでも答えは変わらねぇな」


「なぜ。 なぜ、貴方は…そう断言できるのです」


「単純な話だ、俺が選べるってんなら大切な人の幸せを選ぶぜ。 だってよ――






 ◇◆◇






「結局、本人じゃなけりゃ何が幸せかなんてホントのところはわかんねぇだろ? 」


 あくまで、個人的な意見だけどな。


 そう付け足して彼、グレンさんは笑ってみせた。


「とりあえず、あれだ。 せっかく注文したんだから冷めないうちに食いながら話そうぜ? 」


 彼に促されるようにしてフラワーティーに口を付けた私は、続く話に耳を傾ける。


 他の誰かの、本当の幸せなんて理解出来ない。


 なら、誰かに対し幸せになって貰いたいと思い行う事は”善意の押し付け”ともいえる。


「例えばの話だが、俺が教師だったとする。 そんで教え子の中にとびきり優秀なヤツがいて、俺はそいつの将来の事を考えて親御さんによりハイレベルな勉強をさせてみないかと持ち掛けてみた。 結果、その優秀な生徒には評判の高い家庭教師が付けられる事になる。 まあ、これも俺という教師が生徒に対して行った”幸せを思っての行動”なわけだが―」


「……」


「肝心の教え子は内心”勉強の時間が増えたことで友達と遊べなくなってしまった”と悲しんでいた。 この場合俺が生徒に幸せになって貰いたいと思って行った事が裏目に出たわけだ」


「ですがっ。 それは、その子の将来の事を考えて…」


「ああ。 だが、友達と遊べなくしてしまったのも間違いなく俺だ」


 たくさん勉強して優秀な学校に進学、希望した職にもつけて順風満帆な生活を送れるようになる。


 確かにそういう未来もあるかもしれない。


「けどよ、未来はどうなるかなんてわからねぇ。 周囲が期待してても受験に失敗するかもしれねぇし。 そもそも本人は、あのまま友達と遊びながら過ごして。 それなりの学校に進学し。 その時つける職についても十分幸せだったかもしれねぇだろ? 」


「……」


「俺はさ、誰かの幸せってのは理解しきれねぇから。 自分が後悔しないほうを選択するだけだ」


「後悔…しない」


「誰かの幸せを思っての行動も、受け取る側にとって幸せなのかなんて分からねぇし…ある意味独りよがりな行動といえるかもしれねぇ。 だったら、俺は自分の大切な誰かを選ぶ。 後悔しない為に、自分のエゴでな。 リンナならどうする? 」


「私は……」


― リンナお姉ちゃん、あのね…大事な話があるの ―


― 私、みたいなんだ ―


― 選ばれたの ―


― 精霊神さまの、次の器になるんだって ―


― ねぇ、お姉ちゃん ―


 私ね――


「うりっ」


「わっ!? な、なんですか急にっ。 人のおでこをつつくなんて、し、失礼な…! 」


「いや、めっちゃ眉間に皴が寄ってたからよ。 これも善意の押し付けってやつだな。 可愛い顔が台無しだぜって」


「かわっ!? あ、貴方ね…! そんなんじゃ誤魔化されませんよ、もう…」


「その割には嬉しそうだが」


「うるさいですっ」


「くくっ、ま、あれだ。 ……さっきの質問で、リンナが何を聞きたかったのか俺には分からねぇけどよ。 そんなに難しく考えなくてもいいんじゃねぇか? 」


「難しく、ですか」


「そうだ。 あの質問、どっちの幸せを選ぶかだろ。 別にどっちかを選んだら、どっちかが死ぬとかじゃねぇんだ。 なら、もっと自分に正直になってもいいんじゃねぇのか? 」


「自分に…正直に」


― いいですか貴女達、よく覚えておきなさい ―


― 貴女達の存在意義を ―


「私は……」


― 貴方達の誰もが、真の歌姫となれる特別な器なのです ―


― 表舞台に出された、見世物としての歌姫とは違う。 陰ながらこの国を支えていく存在 ―


― 誰かが欠ければ誰かが補う。 永遠に失われる事の無い器 ―


― 精霊神さまは何時も私たちと共にあります ―


― 間違っても、変な気を起こす事が無いよう ―


― 精霊神さまはいつ、いかなる時も。 貴女達を”見守って”いますよ ―


「…………いえ。 その、今日の話。 とても参考になりました」


「ん…。 おう、そうか。 なら良かったぜ」


「グレンさん」


「? 」


「優勝、して下さい。 私、応援…してますから」


「ああ、ありがとな。 頑張るぜ! 」


 奇跡にも近い、ごく僅かな可能性。


 私が望むのは、そんな未来。


 この国の闇、一握りの者しか知らぬ暗黒の神話。


 その神話をグレンさん…貴方が壊してくれたなら。


 神に見初められた、貴方が。

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