第48話 ある獣の分岐点、あるいは始まり(前)

 俺の竜力を乗せた咆哮に吹き飛ばされるようにしてドス黒い魔力が霧散していく。


 邪悪な魔力が消えたことで正気を取り戻したのか、オルグ氏への抵抗を止めたグレアを確認し体の緊張が解けた。


「……おっと! 大丈夫か」


「……」


 身心ともに疲弊しきったのだろう。


 プッツリと糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるルカをすかさず抱き止め、相棒であるグレアのもとへと支えたまま連れていく。


(なにはともあれ…)


 秘策として考えていた竜技が成功し全員生きた状態で事態が収束して本当によかった、万々歳だ。




「助かったぜパイセン。 俺を信じてくれて、ありがとな」


「ハハ、なに。 お前さんの熱意に押されたというのもあるが、正直に言っておのれに状況を打破する策が他に何かあったかと聞かれれば、そんなものはなかったと答えるしかあるまい。 ルーキー、いや…たしかグレンといったか。 噂には聞いていたがこれはたしかに、将来が楽しみな新人だなお主は」


「そいつはどうも。 パイセンのお墨付きを貰えたんならこいつはもう大物になるしかねぇな。 というか、パイセン。 無理しねぇで人が来るまで寝転んでた方がよくねぇか? 」


 大太刀の鞘を杖代わりにし、なんとか立ちながら話してくれているオルグ氏にそう促すが。


「なんの、これくらい。 どうという事はない…といえば嘘になるが、後輩の前でくらい格好をつけさせてくれ」


「いやいや、もう充分パイセンのことは尊敬してっから。 マジでリスペクトだって」


「フッ、そうか。 そう思ってくれてるならお世辞だとしても嬉しいが、それより。 一つ聞きたい事があるんだが、いいか? 」


「もちろん、どうせ暫く暇だろうしな」


 一先ず事態は収まったが。


 現状こっちらから運営に連絡する手段が無い以上、エルフ・オリジンの救援ないし偵察の者達がここへやって来るまでにはもう暫く時間が必要だろう。


 グレアは大人しくなったがマスターであるルカの意識がない今、万が一という事もある無闇にこの場は離れられない。


「つか、ルカも寝かしといてやりてぇしやっぱ座りながら話そうぜ。 パイセンに立たせておいて後輩の俺だけ座ってんのも気が引けるし」


「む、それもそうか。 お主は口調の割に、案外礼儀正しいのだな」


「あー。 わりぃ、いっつも直そうとはしてんだが…」


 こればかりはグレンというキャラクターにかけられた原作の呪い(補正)のようなものなので俺にはどうしようもない。


「なに構わんさ。 己ら狩人の世界では礼儀や作法より生き抜く力が重視される。 お主は今回己やオーディスティン殿、その友魔を救ったんだ。 己がお主に小うるさく言えるような立場ではない。 同業者の中には等級を振りかざし下の者に強く当たる輩も居るがお主であれば実力でそやつらの口も閉じられるだろう」


「パイセン、あんま褒めると調子乗っちゃうぜ俺」


「ハハハ、そいつは困るな。 では、この話はこれくらいにしておくか。 それでは、改めてになるが」


「ああ、聞きたい事だっけか」


「そうだ。 先程この友魔を鎮めた叫び…いや雄叫びか。 単刀直入にいう、あれからは竜力を感じられた」


「……ッ」


「そう硬くならなくていい、己とて境界線は弁えている不必要な詮索はしないさ。 それに、己のように竜力を感じ取れる者は稀だ。 感じ取れたとしても先のようにお主が力を振わねばそうそう気付く事もなかった何か面倒ごとになると心配しているなら安心してくれ」


「おう…。 いや、正直パイセンの口から竜力って出てビビッたけど。 他の奴らには気付かれないって聞けて逆に安心したぜ」


「うむ、だが己のような例外もいる。 人の身に竜力を宿すと知られれば厄介な事態になる事は目に見えている、気を付けるに越した事はない」


「…だな」


「本題に戻るが…あの咆哮。 竜力を用いた咆哮にどんな効力があるか、教えてもらえないだろうか。 大まかな予想はつく、正常な状態に戻すもしくは何かを治癒する。 だが、実際のところは何が起きたのか己には分らぬ」


「パイセンは…それを聞いてどうしたいんだ? 」


「友を、救いたい」


「……」


「お主に手の内を聞いておいて、己だけ隠し事というわけにはいくまい。 友を救いたい。 道を違えた奴が引き返せぬところまで行かぬうちに。 そのために、お主の力が必要となるではそう見込んでの先の問いだ」


「はぁ…ったく。 パイセンには竜力の事も知られちまったし、そうなりゃ秘密の一つや二つ追加でバレちまってもかまわねーか」


(あんな真剣な顔で、ダチを救いたいとか…卑怯だっつうの)


 そんな理由を聞いておいて、適当に誤魔化す気に俺はなれなかった。


「さっきの咆哮は、あらゆる付加を取り除く」


「付加? 」


「ああ、それが良いものでも悪いものでもだ。 例えば魔法による肉体の強化、例えば呪い、性質としては対照的な二つだがそのどちらもあの咆哮で消し飛ばすことが出来る」


 俺が用いた竜技、万余滅却ノ咆哮ばんよめっきゃくのほうこうはバハムートがボス戦で用いてくるあらゆるバフ(有利効果)デバフ(不利効果)を一度に取り除くスキルだ。


 デバフには麻痺や毒、呪いといった状態異常も含まれ敵味方関係なく付加されている効果を全て打ち消す為状況によってはプレイヤーが助かる場合もあった。


 その事を思い出した俺は、邪悪な魔力がバフもしくはデバフに含まれている事に賭けて咆哮を発動したのだ。


「ッ!! 呪いも、呪いも消せるのか…! グッ…」


「ちょっ、急に動いたら傷が開くぞパイセン! 何があったかは知らねーけどさ、俺に手伝えるんなら協力すっから」


「協力…」


「ああ、助けるんだろ。 パイセンのダチを」


「だが…いいのか? お主とは先程会ったばかりのようなものだぞ、己の面倒ごとに巻き込んでしまって」


「俺達命を賭けて踏ん張った仲だぜ、付き合いの長さなんて関係ねーよ。 それにさ、パイセンのダチの事は知らねぇけど。 助けられるかもしれねぇ人の事を放っておけねぇよ、俺」


― アレン、てめぇ。 バカか!! なんであんな面倒ごとに首突っ込むんだよ ―


― だって、助けられるかもしれないんだよ! ボク達で! 助かられるかもしれない人の事、放っておけないよ… ―


― はぁ…ったく、仕方ねぇ。 俺はお前のダチだからな……協力してやるよ ― 


 不意に脳裏に過る記憶。


 原作での勇者アレンとグレンの一幕だ。


(だいぶダチに影響されてるよな、俺も)


 まあ、アレンは数百時間も費やしたゲームの主人公なのだ影響されていても不思議ではない。






 ◇◆◇






「カインお兄ちゃん…ありがとう」


「ん? どうしたネイ、もう食べないのか? こんな量じゃ、あとで腹減っちまうサ」


「ネイもうお腹いっぱい…。 カインお兄ちゃんが残りは食べて」


「兄ちゃんにあんま食わしたら太っちまうべ。 っと、もう眠いか? ベッド行くべ? 」


「うん…」


「じゃあ、先に洗面所向かうべ。 虫歯にならないようちゃんと磨かないと駄目サ」


「え~……」


「え~じゃないサ、ほら、兄ちゃんが今日は磨いてやるからサ。 行くべ」










「……こうして、悪い魔女は倒れ。 お姫さまは森の動物たちと妖精に囲まれ幸せに暮らしましたとサ、めでたしめでたし」


「ん…。 もう一冊。 読んで」


「続きはまた明日にするサ、今日はお薬を飲んでもう寝るべ」


「……」


「じゃあ兄ちゃん、お水とお薬持ってくるからいい子で待ってるサ」


「ねぇ…カインお兄ちゃん」


「? どうしたサ」


「ネイのびょうき…治るのかな…」


「! もちろんだべ、必ず治るサ。 だからそんな暗い顔しちゃ駄目だべ」


「……うん」


「そうだ、今日は特別に寝る前にもう一冊本を読んであげるサ。 兄ちゃんがお薬持ってくる間に選んでおくといいべ」


「えっ、いいの…? 」


「もちろんだべ、じゃあちょっと行ってくるサ」







 今までの人生、オレは何度嘘をついてきただろう。


 生きる為の嘘、奪うための嘘。


 何千か何万か。


 嘘を重ね、人を欺き、人を陥れオレは生きてきた。


 醜く汚れたオレの魂。


 そんなものと引き換えに大切な家族を、ネイを救えるなら。


― で、決心はついたのかよ ―


 声が聞こえる。


 祭典で敗北したあの日、不意に聞こえた囁き。


 その囁きが今もオレに問いかけてくる。


― オマエはオマエの魂を賭けてもアイツを救いたいカ? ―

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