第44話 友魔使いと得物砕き(前)

 雲一つない青空の下、満杯になった観客席がこれから行われる試合の期待度を物語っている。


 精霊神武勇祭典の本戦、第二戦目。


 これから行われるのはウッドエルフの友魔使いルカ・オーディスティンと、鬼人族の狩人オルグ・バルバンデスの試合だ。


 エルフ・オリジンからするとウッドエルフは親戚とまではいかずとも近しい存在だと感じるのか、ざっと観客席の比率を見るに地元の者…エルフ族の観客が多いように思える。


 今日は俺の提案で、原作通り…つまりフエーナルクエストのシナリオ通りならパーティーメンバーとなる筈のルカ・オーディスティンの試合を観戦しにきたのだ。


 ルカが仲間に加入する為のイベントはまさに今日、この試合中に起きる筈だ。


 当初イベントの内容…その危険性を知る俺は、事前にルカのイベントそのものを阻止する事も考えていたのだが。


 そもそも何が切っ掛けでルカのイベントが発生するのか正確には分かっていないかった為…下手にイベントを阻止しようと動いて後々予期せぬタイミングでそのしわ寄せがくるよりかは、確実に対処できるであろう今日のイベントを見守ろうと判断したのだ。


(まあ…俺が一人でアレコレ悩んでても、結局今回のイベントを収めるのは勇者…アレンの筈だしな)


 テーブルが備え付けられた特等席で今か今かと試合の開始を待ちわびる赤髪の少女…アレンをちらりと盗み見る。


 本来であれば今日これから起こるルカのイベントは勇者であるアレンがその力の一部をもってして収める筈なのだが、アレンの性別が変わり原作との乖離も生じ始めている以上安心は出来ない。


(何があってもいいように、気を引き締めておかねぇと…)


 幸い、祭典の出場者でもあり本戦へと駒を進めていた俺は通常の観客席よりもずっとバトルフィールドに近い特別席を予約する権利が与えられていた。


 まあ実際は、混乱を案じて精霊神区へと移動させられたとの同じ理由で特別席以外の一般席はもう予約する事すら出来ないらしいのだが……。


 そんなわけで、試合が始まってしまえば何時も通り展開される透明な防御壁にて隔てられはするものの…ルカとオルグ氏のすぐ近くにて試合を観戦しつつ待機しておけるというわけだ。


 特別席の予約を入れている最中、今後対戦するかもしれない選手の試合にライバルである他の選手を招いてもよいのか? と、ふと疑問が浮かんだのだが…そもそもエルーン複写板にて後からいくらでも試合を観戦出来るのだから、生で観戦しに来ても何も問題ないのだろう。






 ◇◆◇






 動物の骨のようなものが各所にあしらわれた独特な防具に身を包み、エルフ族の中でも比較的小柄なルカからすれば見上げるような大男であるオルグ氏は野太く、男らしい声色で試合前のパフォーマンス…この試合に向けた意気込みを宣言した。


 続いて、紅と黒…多くの布地で装飾された防具…いわゆるゴスロリ風といば分かりやすいか、そんな可憐で高貴さも兼ね備えたバトルドレスに身を包み、ボーとした表情で観客席を見つめたままポソポソと途切れ途切れの言葉を口にするルカ。


 内容としてはオルグ氏と同じように試合の意気込みを語っているのだが、中継役である人型導具の拡声機能を用いても恐らく普通の聴覚であれば殆ど聞き取れないほどにか細い彼女…いや彼の声に観客達は首を傾げていた。


 さて、なんとも微妙な空気のまま開始されたルカとオルグ氏の試合だが…友魔使いと”得物砕き”の異名を持つ狩人、二人の相性を考えればこの試合はどちらに分があるとも言い難い。


 オルグ氏はその二つ名の通り、魔物の武器すら容易く破壊できる必殺の武技…得物砕きウェポンブレイクで相手の戦力を大きくそぎ落とし…その後は鬼人族ならではの豪快なパワーで一気に押し切る攻めた試合が特徴的だ。


 一方でルカは、自身の友魔であるグレアという名の白銀の大狼を基軸とした戦い方だ。


 友魔使いは自身の友魔と能力値やHPなど…様々なものを共有している為、グレアとルカは二つの的に一つの体力とも言えるのだが…その反面オルグ氏の必殺の武技が活躍する場面がないともいえる。


 何せルカの武器は友魔であるグレア自体であり、また友魔と力を共有した自分自身でもあるからだ。


(それにしても…)


 改めて観客席からじっくりとルカを観察してみても…白銀の髪を揺らす彼は何処からどう見ても容姿だけでいえば美少女であった。


 雪のように白い肌に、ぷっくりとした桃色の唇…眠たげな目元に光る瞳はアメジストのような紫色を帯びていた。


 加えて、フエーナルクエストにてルカのキャラクターボイスを担当していたのは女性の声優さんであったのだが、俺の竜血により発達した聴覚にてハッキリと聞き取ったルカ声もまた聞き覚えのある儚げな少女の声色であった。


(なんとなく…ルカのファン達の気持ちが分かった気がするぜ…)


 男の娘キャラとして男性ファンが多いルカだが、俺の記憶では数少ない女性ユーザーからの人気も集めていた筈だ…。


(そういえば確か…)


― わたし的には…アレルカより断然、グレルカだと思う…です ―


 記憶の片隅で一瞬チラついたそんな言葉。


 アレルカやグレルカが何を意味するのか俺にはいまいちピンとこなかったがどうもカップリング? を意味しているらしい。


 一体誰との会話だったかと思い出そうとしたものの、結局相手の顔すら思い浮かべる事は出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る