第9話 愛情表現は、靴下でお尻叩きが一番。Det bästa uttrycket för kärlek är att slå rumpor med strumpor.
僕たちには、多分他の夫婦にはないオリジナルの言葉や習慣がたくさんある気がする。
まず、アキは家に帰ってきてただいまを言う時、ただいまのセリフの後になぜかマンモスをつける。これって、日本の人にとっては普通なの?タダイマっていうのは、日本語で家に着いたよって意味。そこになぜかマンモスをつける。それで〝タダイマンモス〟となるわけだけど、スウェーデン人にも多分日本人にも通じない僕たちだけの暗号みたいな挨拶になる。これはアキの習慣で、日本でも言っていたらしい。僕も知らないうちに、タダイマンモスって言うようになっちゃった。
しかも、最近それから進化して語尾の〝ス〟だけになってしまったよ。この前僕が友達と電話してる時にアキが帰ってきて、大きな声で〝ス!〟って言うから、もうなんだか訳がわかんなくなっちゃった。
でもそれが、僕には心地いい。二人にだけ通じる言葉があるって、本当に素敵でワクワクするよね。
それから、僕たちがオーケーと言いたい時、代わりに〝オッカル・ドッカル〟って言うんだ。これもスウェーデン語でも日本語でもない僕たちオリジナルの言葉。
オーケーって、英語でOkey-dokey(オーキー・ドーキー)の意味だよ、ってアキに言ったら〝じゃあスウェーデン語だとオッカル・ドッカルだね〟って言い始めた。びっくりしたよ。新しい言葉が誕生した瞬間に立ち会えた、嬉しい驚き!
まさか英語をスウェーデン語読みするなんて。この時から、僕たちはオーケーって言う代わりにOkkar-dokkar(オッカル・ドッカル)っていうようになった。他の人には全く通じないところが、すごく楽しいよ。
それから、朝は大抵僕の方が先に家を出るんだけど、アキは必ず窓から、下の道路を歩く僕に向かって手を振ってくれる。これが僕にはたまらなく嬉しい。朝の眠さやアキと離れたくない気持ちも、笑顔の見送りで仕事へのモチベーションになる。すごい魔法だよね。
この前なんか、行ってきますのキスを忘れて慌てて戻ったから、二回もアキが手を振ってくれた。ちょっと得した気分。
アキが子供の頃、アキのお父さんは朝早くに車で仕事に出かけていたらしい。幼いアキは、みんなが寝ている時に会社に行って働いてくれるお父さんのために、せめて朝出かけるときに手を振って見送りをしていたと言う。毎日欠かさず。
毎日朝早く起きるの大変じゃなかった?って言ったら、〝車の音がしたら飛び起きて、窓を開けて手を振るだけだからそんなに辛くなかった。それに毎日手を振ってたのにやめてしまったら、私がいない窓を見たお父さんががっかりするでしょ〟って言うんだ。
かわいい!優しい!アキは本当にかわいくて優しい!僕はそれを聞いて、アキが嫌がるくらいに頬を撫で回しちゃった。
あとね。僕がアキに何か苦情を訴えるときは、必ず最初に〝アキチャン〟って呼ぶ。チャンって言うのは、日本で親しい女の子や女性に対して使う敬称だ。
そう言う時は、アキはすぐ怒られた犬みたいな顔をする。これから怒られるってわかってるからね。まあ、僕が腰に手を当てて呆れた顔をしているから、当たり前なんだけど。アキの怒られ待ちの顔もすっごくかわいいけど、ここは大事なところだから、僕も威厳を保つのに必死だ。本当はそのまま押し倒しちゃいたいところなんだけど。
それから、不意打ちの愛してる攻撃は何と言っても最高だ。
何でもない時会話をしている時とかに、不意打ちで愛してるって言うだけだけど、これがなかなか効果的なんだ。例えば、そろそろ食洗機がいっぱいになったからスイッチ入れるけど、君を愛してるよ。とか。今日お隣さんの子供の友達が間違えて、ウチのポストにお誕生日会の招待状を入れてくれたけど、君を愛してるよ。とか。すべての事柄は、アキへの愛に通じちゃうんだ。
でもアキもスマートに反撃してくる。愛してるって言われることに慣れてないんだ。〝靴下をこんなところに投げ捨てないで!でもあなたを愛してる〟とか照れながら言ってくるんだよ。びっくりするくらいかわいくて、相手にとって不足はない。なかなかの手練れで、こちらも油断ならないよ。
だから僕はいいことを思いついた。靴下を床に置く(捨ててるんじゃないよ)代わりに、いけないことしたアキチャンのお尻をその靴下でペシっと叩く。いけないことしてなくても、結局ペシっと叩く。
これが、不意打ちの愛してる攻撃からの変化球〝スウェーデン伝統の靴下でお尻叩き〟だ。これ、ちゃんと愛情表現だからね?DVじゃないよ?で、アキはすぐ怒って靴下を奪い取るから、洗濯カゴに僕がいちいち入れなくて済むし。ナイスなアイデアでしょ。
そんな面倒臭いことするなら、最初から自分でカゴに入れろと?まあまあ、僕はアキとイチャつく理由が欲しいだけだから、気にしないで。
それにしても、日本ではあまり相手に好きだとか愛してるって言わないらしいね。愛情表現の仕方は、人それぞれでいいし、どんな方法でもちゃんと伝わっているなら問題ないと思う。でも個人的に思うことはあるかな。シャイな国民性だって言うのはよくわかるけど、勿体ないなって。
おいしい料理を二人で食べた時、散歩でかわいい野ウサギを見かけた時。公園のひなたぼっこが気持ちいい時、テレビのコメディが泣くほど笑えた時。雨上がりの夕焼けがとても綺麗だった時。そして、何でもない普通の時間が二人の間に流れる時。
そんな毎日の小さな出来事をアキと二人で共有できる幸せを感じて、僕はその瞬間の正直な気持ちをアキに伝えたくてどうしようもなくなるんだ。
君を愛してる。そう言うだけで、僕の心が幸せで満たされる。愛してるって言える人がいる幸せ。愛してるって言ってくれる人がいる幸せ。これは僕が持ってる、世界一の宝物。
僕が君を愛してるって伝えたい。何度も何度も伝えたい。僕の思いを、世界で一番素敵な僕の妻に。でもアキは、すごく恥ずかしがる。愛を受け入れるのに慣れて欲しいと思うけど、強要するのも申し訳ない。だから、そして今日も僕は愛してるって言う代わりに、アキのお尻に靴下スパンクをお見舞いするんだ。
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