第7話 シュールストレミングが嫌いなスウェーデン人は変わってる。Svenskar som ogillar surströmming är konstiga.
アキは、シュールストレミングを愛してやまない。
この世界一臭いと言われる缶詰の販売解禁日は、8月の第3木曜日となっている。この解禁日が近づくと、アキはいつ食べるのかと期待顔で聞いてくる。この解禁日の前にザリガニパーティがあるけど、これはアキのリアクションも普通過ぎて全然面白くないんだ。
で、シュールストレミング。僕は正直そんなにマニアじゃないから、今まで数えるほどしか食べたことはない。でもせっかく納豆という発酵した大豆を食べる国の人だから、アキに食べさせてみたいなと思ったんだ。
初めての時、アキは〝楽しみにしていた、試したい〟と漢気ある発言をして、僕をその気にさせた。よし、アキがそういうなら思い切り意地悪してやろうと。だけど僕の方が甘かった。
シュールストレミングは、知らない南スウェーデン人も多いと思うけど、ニシン丸ごとのタイプとフィレになってるタイプの缶詰がある。(訳者注:シュールストレミングは北瑞の特産品)
僕は北スウェーデン出身の友達に電話で聞いて、おいしいと評判のブランドをアキのために買ってきた。目印は、黄色いオスカーブランド。
パーティと言っても二人きり。だって、ストックホルムじゃシュールストレミングが好きな友達がいないからね。
まず最初に僕たちがやらなければいけないことは、ご近所さんたちに缶を開けるっていう告知をすること。知らずにこの匂いを嗅いでしまったら、いくら優しいご近所さんでもかわいそうだ。知っててもかわいそうだけど。
普通は外で缶を開けて外で食べる。家の中でやったら、一年くらいは臭いが取れないと思うよ。僕たちは毎年、解禁日後の週末にアパートメントの前にある芝生のテーブルで、ご近所さんに好奇心と嫌悪感が入り混じった目で見られながらパーティをする。
そして当日に大事なのは、缶を開ける時。ビニール手袋をして、水の入ったバケツの中で開けること。発酵してるから、缶に穴を開けた途端にすごい臭いの液体が飛びかかってくるからね。水に浸かっても味が薄くなるほどシュールストレミングはやわじゃないから大丈夫。
遠くで見守ってたアキが、すでに日本語で騒ぎまくってる。多分絶対に臭い!って言ってるから特に気にしない。
よく投稿動画サイトでシュールストレミングの缶を罰ゲームで開けた
あげくに捨ててるのを見るけど、流石に僕は悲しくなる。第一、わざと過発酵させてもいけないのに。
シュールストレミングはれっきとした食べ物で、ちゃんと手筈を整えて、あるべき付け合わせで食べれば、本当においしいものなんだ。アキにちょっと意地悪したかったのは事実だけど、アキが本気で食べたくないなら、僕が全部責任を持って食べるつもりだった。シュールストレミングを作った人は、食べ物で遊ぶために作った訳じゃないしね。
アキはそれをちゃんとわかっているから、騒ぎつつもしっかり他の付け合わせを用意してくれる。
まずは、トゥンブロッド(訳者注:薄くて大きなクラッカーみたいなパン)にバターを塗って、シュールストレミングの骨をとった身を均等に載せる。
そこにみじん切りの紫玉ねぎとパセリ、マンデルポターティス(訳者注:アーモンドの形をしたじゃがいも種)、グレッデフィル(訳者注:瑞のサワークリーム)。友達は必須じゃないけどと言って、プチトマトもお勧めしてくれた。僕もアキも、今はプチトマトは必ずのせる程好きな組み合わせだよ。
そして、大きな口を開けてガブリ。鼻に通る強烈な臭いも、くせになる味の前ではスパイスみたいなものだ。
僕はフェンネル風味のアクアビット(訳者注:じゃがいもの蒸留酒)も軽く歌いながらグイッと飲んで、ますます旨味を満喫する。これが僕の一番の組み合わせだ。
周りでは好奇心いっぱいの子供たちが、鼻をつまみながら遠目で僕たちのことを指さしている。まあ親が食べず嫌いなら、子供は体験する機会もないかもしれない。モッタイナイなあ。
アキは、丸ごともフィレもおいしいって言う。卵が入っている時はラッキーとさえ言ってくれる。嫌がって泣くどころか、僕よりたくさん食べる。僕の妻はゲテモノ好きだね。(…と言うことは、もしかして僕もそのゲテモノの中に入る?
そして、こんなおいしいのになんで嫌いなスウェーデン人がいるのか分からないと首を傾げる。
でも、納豆が嫌いな日本人もいるはずだから、それは仕方ないよって僕が言ったら納得してくれた。とても素直でよろしい。
全ての人が好きになるとは限らないけど、こうしてアキと食べるシュールストレミングは、僕にとって単なる臭いニシンの缶詰どころか〝愛すべきホービ〟になってしまった。
アキと一緒に他人に指をさされながら食べる、おいしくて強烈なご褒美。すっかり待ち遠しい毎年恒例のイベントだよ。
でも、食べた後3日くらいはお腹の調子が良すぎて、二人していつも大変な目に逢うんだ。しかも僕のキスを嫌がるアキを見られるのはこの時期だけ。ちょっと違う意味で新鮮だったりもするから、やめられないんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます