素朴な疑問
「てかさ、意外と平和じゃない?」
ひたすらに真っ直ぐな道を驀進していた時に、松田が思い出したように呟いた。
「たしかに」
僕はこの世界で運転していて、今まで危険を感じたことがないことを思い出した。異世界なんだから、魔物に襲われたり、盗賊と遭遇したりするはずだ。あくまで僕の想像だけど。
「もしかして、安全な所を通るようにしてくれてる?」
川合も僕らと似たようなことを思ったみたいだ。
「そんなことないよ。君たちが強くなるために、一番危険な所を通ってるよ」
やっぱりこの説明不足である。アドミはガイドがなんなのか理解していないのかもしれない。それにアドミの思惑は一切、功を奏していない。
「えッ? ひどくない? そういうのは早く言おうよ。メッチャ油断してた」
川合は少し不服そうに言うけれど、こいつはアドミの次に寝ている。もちろんバカみたいな話を延々としている時も多分にあるけど、少し静かになれば気付けば寝ている。そんなやつが油断なんて言葉を使うとは許しがたい。ここで追及したりはしないけど。川合が静かにすることで、僕の運転が捗ることもあるから。
「でも、なにも出てこなくない?」
松田が不安そうに聞く。確かにそうだ。ここまでなにもないと逆に不安になる。
「そうなんだよ。不気味なくらい平和なんだ」
理由はアドミにもわからないみたいだ。
「青い怪物くらいだもんな。なぁ? 一ノ瀬」
川合がいつものように僕の痛いところを突いてくる。たぶんこのことを話している時が一番生き生きとしている。お菓子をもらった子供みたいだ。
「いちいち言わんでいい!」
僕はそんな嗜虐心の塊みたいな川合を怒鳴りつけて、僕の過去から目を逸らせようとした。川合は僕の言葉に閉口したけど、いやらしい笑みを浮かべながら僕を見る。都合のいいやつだ。川合が松田にしたことを思い出させてやれば、僕の過去をほじくり返したりなんてできないはずなのに。思い出させるようなことは言わないけどね。あれは……、本当に悲しい出来事だった。
「もしかしたら勇者が魔物を倒してたりして」
僕らの無意味な抗争など気にもかけずに、松田がアドミに訊ねる。松田のこういうマイペースな所は本当に助かる。意識的じゃないにせよ、僕を救い出してくれることが多々あるからだ。もちろん、そのせいで僕を窮地に立たせることがあるけれど。少なくとも今は感謝だ。
「勇者なんているの?」
松田の発言のおかげで、川合の気も逸れた。僕の安全は確保されたみたいだ。
「いるよ。ありふれた職業だからね」
「じゃあ、俺たちもなれるの?」
勇者と職業に憧れがあるのか、川合は子供のように瞳を輝かせる。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの純真さだけど、川合の気持ちもわからなくない。勇者と言う言葉には、僕たち薄汚れた大人を夢と希望が溢れる青春の輝かしいひと時に誘う力があるから。僕もなれるものなら勇者になりたい。
「なれないよ」
僕らの淡い期待はあっさりとアドミの言葉によって打ち砕かれた。毎度のことではあるけれど、このアドミラルという世界は僕らに厳しすぎる。北風みたいに僕らの希望を剥ぎ取る。
「なれないの!? なんで? 俺たちも勇者になりたい」
川合の落胆はすさまじかった。サンタクロースがいないことを知った子供みたいになってる。
「君たちはここの生まれじゃないから」
「出たよ。何なのその制約。俺たちなんにもできないじゃん」
「しょうがないことなんだよ。それに勇者だってありふれてはいるけど、簡単になれるわけじゃないんだ。知力、体力が優れていないとね」
僕たちはアドミの言葉に顔を見合わせた。
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