悲しい出来事
「あのさ、言いたいことあるんだけど、言っていい?」
唐突に川合が言った。こんなに真剣な表情は初めて見るかもしれない。
「なに? ため込むのはよくないから言ってみ?」
川合の表情が見えていないのか、松田がおざなりに言って、後部座席から身を乗り出して僕と川合の間に顔を出す。
「俺さ、お前らといれてマジよかったと思うんだよ」
川合以外の全員が石像みたいに固まった。アドミは寝ていた。
「これまじね。お前ら以外とこんなことになってたら、仲間割れしてすぐに死んでたと思う」
声のトーンがマジすぎる。眼ももちろん笑ってない。僕らも笑っていない。だって、男だけの旅で急にそんなことを言われたら、困るだろ?
「そうか、ありがとう」
松田が気を利かせて当たり障りのないことを言って場を繕おうとした。さすが松田だ。僕にはそんなことできない。だって、なにかおかしいから。
「それでさ、俺がいままで抱いていた気持ちに気づけた」
やっぱりなにかおかしい。この流れはダメなやつだ。この状況では一番避けたい言葉を川合が言うかもしれない。
「俺はお前らのことが好きかもしれない」
恐れていた言葉が川合の口から流れ出る。僕らはその言葉を聞いて蹴り上げられたように飛び上がった。そんな反応を見て、慌てて川合が弁明する。今さら弁明したところでなにもならないのに。
「勘違いすんなよ。お前らとそういう関係になりたいとかじゃないからな」
鼻息荒く弁明する河合の言葉なんて一ミリも信用できなかった。誰がどう考えたって、あれはLikeじゃなくてLoveだ。完全に川合は僕と松田を性的な意味で食べようとしている……。
僕らはなんとかして川合の気を紛らわせようとくだらない話をしていると、アドミがいつの間にか起きていて、事態をややこしい方向に誘導する。
「君たち種族がそういう思いを抱くのは何ら不自然なことじゃないから、私は邪魔しないように車から降りるよ。適当に車を停めて」
冷静にアドミは僕に指示する。僕はアドミの言葉を聞いてこれ幸いと追従する。
「僕も降りるよ。あんな怪物でも一夜を過ごそうとしたわけだし」
二人のお楽しみを邪魔するわけにはいかない。それに川合の相手は御免だ。
「怪物って言ってるじゃん! 洗脳解けてるじゃん! 俺を犠牲にするなよ!」
松田が悲鳴を上げて、助けを求める。
「遠慮するな」
僕は松田の制止を振り切って車を路肩に止めた。松田がこんなに声を上げているのを初めて見た気がする。すまん松田。僕にはどうしようもできないんだ。犠牲になってくれ。
「終わったら呼んで。アドミとお話してるから」
「やめて! 俺を置いてかないで!」
松田が僕に縋りついて助けを求めるけど、僕は心を鬼にして松田を引きはがした。あんなに松田を求めているのに、川合が可哀そうだ。
「なんだよ、俺たちの友情は本物じゃなかったのかよ――」
川合がいろいろと捲し立てて松田を抑え込もうとしてるけれど、僕とアドミはそれを聞き流して車を離れた。これ以上、見ていられなかったしね。
僕とアドミは車から離れた茂みに入って行って、お互い黙って地面を見ていた。なにか話す気分にはなれなかったから。松田の必死の形相が頭に浮かぶ。僕の心は川合を押し付けた罪悪感と魔の手から逃れられた安堵感でいっぱいだった……。いや、これは嘘だ。安堵感しかない。本当に良かった。川合に食われるくらいなら、魔物に食われた方がましだ。松田には悪いけどね。
少したってから松田が傷だらけの顔で僕とアドミを呼びに来た。僕とアドミはその姿を見て、いろいろ察した。凄まじい交流があったんだろう。なにも言うまい。僕らは誰も口を利かず、車に戻った。そこには人形みたいに虚ろな瞳の川合がいた。川合もボロボロだった。
川合はそれ以来自分の欲望についてほとんど話さなくなった。松田もあの時のことはなにも言わない。僕とアドミはそのことについてもちろん触れない。二人の甘いひと時を聞くなんて無粋だからね。
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