第21話 K大祭へ
松崎達と飲んだ翌日。
O駅前にあるビジネスホテルをチェックアウトした俺と田上はK大の最寄り駅に向かった。
気になったのが、昨日居酒屋でアレだけ騒いでいた田上がロビーで落ち合って現在に至るまで、気味が悪い程に静かな事だ。
昨日はかなり飲んでたみたいだから二日酔いかと心配になった。
「あの、田上さん?」
「はい。なんでしょう」
「えっと、今朝は随分大人しいけど、もしかして二日酔いとか?」
「いえ、昨日のお酒は完全に抜けてますのでご心配なく」
「そ、そう」
本人が心配ないと言うのだから、いいんだろう。
それに静かなだけで、目はやたらとギラギラしてるし。
K大の最寄り駅に着くと、駅前に見慣れたグループが目に入った。
「おはよ。ひさしぶり」
駅前にいたのは懐かしのメンバーである加藤に神山さんと佐竹君。そして昨日も一緒だった松崎だった。
「間宮さん! おっひさー!」
「おひさしぶりです。間宮さん」
「おひさっす! 間宮さん」
「……おう」
皆に挨拶すると、加藤、神山さん、佐竹君から三者三様の挨拶が返ってきた。
松崎だけは目線を逸らして気まずそうだったけど。
すると加藤だけがこっちに駆け寄ってきて隣にいる田上をチラっと見てから、小声で話しかけてきた。
「あの、ごめんね間宮さん。貴彦さんが余計な事したんでしょ?」
あぁ、なるほど。松崎が昨日勝手に志乃に電話して、K大祭に田上を連れて来る事にしてしまったのを加藤に怒られたんだろうと、松崎が気まずそうにしている理由を察した。
「あぁ、そういう事か。確かに困ったけど、松崎が志乃に許可とらなくても彼女を説得できる自信もなかったから、多分同じ事になってたんじゃないかな」
一応そういうフォローをしておく。
実際どうしたものかと困ってたのは事実だったから、嘘は言ってない。
「そうだとしても、だよ。まったく……」
チラリとしょげている松崎に目をやって呆れたように溜息をつく加藤に、2人の上下関係がどうなっているのか訊かずとも分かった気がした。
あのクソ女の時と比べて付き合い方が真逆でなんだか可笑しかった。まぁ、あの女と比べたりしたら加藤に失礼なんだけど。
「はじめまして、田上です。今日は無理言ってごめんなさいね」
松崎と加藤の付き合い方にほくそ笑んでいると、隣で様子を伺っていた田上が加藤にそう挨拶する。
「どーも、加藤です。まぁ、志乃が承諾したんならいいんじゃないですか?」
一応の反応を見せた加藤だけど、やっぱりこの場に田上がいるのが面白くないのか、シラケた様子を隠そうともしない。
実に加藤らしいと思う。
「ありがとう」
だけど、そんな加藤の反応を気にする素振りなく軽く会釈する田上の大物ぶりに、こっちが気まずくなった。
その後、合流した俺達はK大に向かって歩き出した。
加藤達大学生組は俺の周りに集まって会っていない間の事を話題に盛り上がる傍で、松崎と田上が並んで歩く。
俺は松崎達が気になって加藤達の相手をしながら2人の様子を伺っていたのだが、2人共妙に神妙な顔つきで何やら話し込んでいる。
松崎が絡んでいる為また何か妙な事をするんじゃないかと気が気でなかったが、ここからでは何を話しているのか聞こえなかった。
やがて俺達はK大の正門前に着いた。
シックで落ち着いていた佇まいなのに、どこか訪れる者を威圧するような有名大学特有の空気を醸し出している正門であったが、今日ばかりはその威圧的な空気も身を潜めて、訪れる者を優しく迎えているように感じた。
前にここへ来たのは志乃の受験日だったから、あまり久しぶり感はないと思ってたんだけど、こうして学祭色に化粧直しされた正門は懐かしさを感じる。
「ほえー、さすがK大! 門構えから既に違うね」
加藤が高くそびえ立つ門を見上げて感嘆の声をあげる。
どこがどう違うのか他の大学の門と見比べた事がない俺には分からなかったけど、加藤がそう言うのならそうなんだろう。
「そういえば着いたのはいいけど、どうすればいいんだ?」
丁度仕事で東京に来る日とK大祭の日が被ったからと、元々遊びにいく予定だった加藤達と連絡をとって一緒に行く事にしたんだけど、そういえばどういう流れになっているのか聞かされていなかった。
「うん。今メッセージ送ったから、もうすぐ志乃が迎えに来てくれるはず。ここで待ってよ」
「わかった」
昨晩ホテルに戻ってから志乃に電話で田上の事を謝ったんだけど、志乃は怒るでもなくただ「ダイジョーブ、ワタシゼッタイニマケナイカラ」と恐ろしい程の棒読みで勝利宣言していた。
何に対して闘志を燃やしているのか分からないわけではないが、そもそもの話として俺が志乃以外の女を意識するなんて天地がひっくり返っても有り得ないという事実をいい加減理解していいはずなのだ。
だというのに、志乃は何かあるごとにヤキモチを焼いたり落ち込んだり凹んだりと落ち着きがない。
拓郎さん達に俺の部屋での外泊の許可を得ようとしたのは、少しでも不安材料を取り除きたかったという理由もあるのだ。
あまり話してくれないがきっと大学でも色々な男から声をかけられまくってるだろうし、読者モデルの仕事を初めてから出版社の方にあの子は誰だと問い合わせがあると聞いた。
志乃は仕事で本名は明かさずにアルファベットで『Shino』と名乗っている。
女性ファッション雑誌に掲載されるから心配いらないと言っていたけど、どうやらShinoの画像を誰かがSNSにアップしたせいで拡散されてしまったらしいのだ。
今の所、Shinoと志乃が同一人物だと周囲にバレてないみたいだけど、もしバレてしまったら相当な騒ぎになってしまうだろう。
そのうえ、断れなかったという事情は理解したけれど、今日のK大祭のミスコンに志乃がエントリーする事になっているのが、また俺の心をかき乱す要因になっているのだ。
つまり、何が言いたいかというと、ヤキモチを焼きたいのは俺の方だと言う事だ。
絶世の美少女が子供の殻を破り美しい羽を広げて、神様の落とし物と言われても笑う事なんてできない美貌を手に入れた志乃が、何時か俺の手元から飛んでいってしまうのではないかと、幸せな時間と引き換えに俺はジリジリと隙を伺っている恐怖と日々戦っているんだ。
俺が日々そんな感情と戦っている事を志乃は知らない。
知られないように必死だ。
年上の男に求められるものがどういうものなのか、しっかりと理解しているから。
「ここで待っていれば、瑞樹さんと会えるんですね?」
「!?」
間もなく現れる志乃の事に思考を沈ませていると、何時の間にか俺の隣に田上がいた。
「あ、あぁ。そうみたいだな」
「そうですか。瑞樹さんとやらがどれほどのものか、楽しみです」
彼女は志乃の事を全く知らない。
知っているのは昨日の松崎の話と、川島さんから伝え聞いた事だけだろう。
川島さんが志乃の事を田上に話して聞かせたのは、彼女に余計な行動を起こさせない為だったと聞いた。
だが、田上は行動に移したのだ。
川島さんから田上には気を付けろと忠告されていたけど、俺は事前に彼女の行動を抑える事が出来なかった事を今更に悔やむ。
「おまたせ、みんな!」
志乃に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた時、正門の端からひょっこりと俺の恋人が現れた。
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