第15話 志乃の自分改造計画
「…………え? ごめん、もう一回いいか?」
「あーうん。だから、ね――私、読モしてみようかと思ってるの」
読モって読者モデルの事、だよな。
ファッション業界に疎い俺でもそれくらいは知識として知っている。
プロのモデルとは違うけれど、ファッション雑誌のコーナーの1つとして、アマチュアの一般読者がモデルとなり掲載されるものだ。
その殆どが学生や他に仕事をもつ人間が殆どで、芸能人のように事務所と契約を交わさずに本業の片手間で活動するモデルだと聞いた事がある。
その読者モデルを志乃が? 目立つ事を極端に嫌うあの志乃が!?
「驚いた、よね」
「……まぁ、そりゃな」
「……だよね」
食卓に重い空気が漂い出す。
正直、俺はどう言えばいいのか分からなかった。
読モなんてやりたくても誰でも出来る仕事ではないはずだが、志乃の容姿をもってすればモデルをする事自体に驚きはない。
だからこの沈黙は読モをする事そのものではなくて、志乃が何故数ある仕事の中からそれを選択した事に驚いて言葉が出ないのだ。
「良介が驚いてるのは、私の性格から何で読モを選んだのかって事で合ってる?」
「合ってる。読モなんてモデル業、志乃が一番毛嫌いする職種だろ?」
「……そうだね」
「なら、どうして?」
志乃はアルバイトを始めようとしたきっかけと、バイト先に読者モデルを選択した経緯を少しぬるくなった珈琲を一口飲んでから話し始めた。
「まずアルバイトを始めようと思ったのは良介も察してるだろうけど、こっちに来る為の交通費を稼ぐ為」
それは勿論わかってる。
そもそもの話。俺はこの交通費を全額払うと言ったのだが、志乃に拒まれている状況だから。
「前から言ってる事なんだけど、どうして交通費を払わせてくれないんだ? 俺の仕事が忙しくて中々そっちに行けないのが原因なんだから、俺が払うのが当たり前だと思うんだけど」
「そんなお金を受け取ったら今日みたいに会いたくなっても遠慮してしまって、会いに行けなくなるからだよ」
「なら、月額を設定してその予算をオーバーした分だけ、志乃が払えばいいじゃないか」
「確かにそうすれば最初は上手くいくと思うよ? でも、良介は私に激甘だから気が付けば結局全部良介が払う事になってるのよ、絶対」
流石は俺の恋人というべきか、俺がこの提案をしつつも自然と払う機会を増やして最終的に全額払う体制にもっていく狙いを、志乃に完全に読まれていた。
「ほら、やっぱり」
何も言えずにいる俺に「はぁ」と呆れるような息をつく志乃。
「どうせそんな事になってしまうだろうから、初めから全部私が払うって言ったの。良介の気持ちは嬉しいんだけどね、もう高校生じゃないんだし私だってちゃんとしたいもん」
「交通費以外は全部良介が払ってくれてるんだからね」と付け足した志乃が、次に読モをバイト先に選んだ理由を話し始める。
「良介もK大出身だから知ってると思うけど、あの大学って想像してた以上に単位取得が大変なんだよ。一回生の頃でこれなんだからこれから先はもっと大変になるはず」
「まぁ、そうだろうな」
「だから他の大学生みたいに拘束日数と拘束時間の長いアルバイトなんてしてたら、良介に会いに行く時間が減っちゃうでしょ? そんなの本末転倒じゃん!」
確かにアルバイトをする目的が俺に会う為の交通費だというのに、バイトに時間をとられてここに来る時間がとれないとなれば意味をなさないだろう。
という事は、志乃が読モを選択したのって……。
「だから私は極力拘束時間が短くて収入が他のアルバイトと同様の仕事を探してたの」
「……世間知らずとか言われなかったか?」
「んぐっ! お母さんに相談したら言われた……」
だろうなと苦笑いが零れた。
そんなバイトがあるなら誰しも飛びつくはずで、一般的なバイトでそんなのは存在しないだろう
――そう。一般的なバイトでは、だ。
「それでね、大学で仲良くなった友達に相談したら「あるよ」って言ってね」
「それが読者モデルのバイトだったと?」
「うん。その子は高校の時から読モのバイトしてたみたいで、本格的に受験勉強に取り組みだしてからは休止してたらしいんだけど、大学受かってからまた始めだしたんだって」
会った事もない子ではあるが、きっと志乃の相談にそう返答したのは相談者が志乃だったからだろう。
失礼を承知で言えば、容姿が整っていない子が同じ相談をしたら「そんなバイトはない」と答えたのではないだろうか。
「それでね、丁度その子がやってる出版社のスカウトの人がいいモデルいないかって言ってたらしくて、私にやる気があるなら紹介するって言ってくれたんだ」
「即答で採用されただろ」
「え? 何で分かったの?」
分からいでか!
志乃が不採用で他の子が採用される理由が全く見当たらない。
それは贔屓目なんかじゃなくて、ごく一般的な意見としてだ。
「それで読モってわけか」
「うん。説明を聞いたらまさに希望通りのお仕事でね。拘束時間や日数は少ないのに、お給料は大学生の平均的な金額だったんだ。それに友達がやってる所だから危ない感じもないだろうし」
そこは俺にとってもとても大切な所ではあるのだが、確かに身近な人間がすでに同じ所で仕事をしているとなれば安心材料として十分だろう。
そこまで説明を聞いた俺はハッと気付いた事があった。
「もしかして、ミスコンの参加がバイトに関係してる理由って……」
「あ、はは。分かっちゃった? うん。それくらい出来なくてモデルなんて出来るわけないと思って、ね」
ミスコンと読モの話を一気にしてきた事に合点がいった。
つまり志乃にとっては何方も同じカテゴリーと捉えていて、そしてその根元にあるのは……。
「それが志乃の言う自分改造って事に繋がるって事か」
「ふふ、良介は何でも分かっちゃうんだから、困るよねぇ」
何でも分かってるわけじゃない。
そんな便利な思考回路を持っていれば、志乃とあれだけすれ違う事なんてなかったはずなんだから。
「うん、そう! 私って周囲の視線に臆病で同性の人ならなんとかなるようになったけど、男の人にはまだやっぱり構えちゃっててね。学生の時ならそれでいいかもしれないけど、こうして大学生になったらその先の事も考えるようになって、ね」
志乃が見ている先にはもうすでに社会が広がっているのだろう。
志乃の言う通り男が苦手だからと毛嫌いしても、それは個性の一貫として許されるのは学生の時までだ。
社会に出てしまえばそんな事はただの我儘でしかなく、判断する人間次第では社会不適合者という不名誉な烙印を押されかねない案件だ。
志乃はその為に自分の改造計画を練っていると以前話してくれた事があったが、具体的な行動をとろうとしたのは初めてで、そんな経緯で今回の事を決めたのであれば俺から何も言う事なんて出来ない。
「そうか。俺個人としては思うところもあるけど、そういった理由があるのなら反対はしない」
「うん、ありがと。じゃあさ! 学際の時良介も来てくれる?」
「うん。志乃の晴れ姿見ないわけにはいかないしな」
もやっとする気持ちを押し殺して志乃がしようとする事を肯定してみせたけど、どうやら志乃には見抜かれたみたいで。
「心配しないで。これは自分を変える必要があるからするだけで、私の心は良介だけのものだから、ね」
言って、志乃はテーブルの席を立って俺を後ろから抱きしめて頬にキスをおとす。
最近痛感させられる事がある。
志乃の事が好き過ぎて、どっちが年上なのか分からなくなる事があるのだ。
情けないと思うのだが、志乃はそんな俺を受け入れてくれているのが分かるから、余計に不甲斐なさを感じずにはいられない。
そんな気持ちが渦巻いてしまった俺の頭には明日の会議の事など消え失せていて、ただただ志乃の温もりを求めた。
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