第3話 スタート
朝、自然と目が覚めた。
設定していたアラームが鳴る前に起きるというのは、何だか損した気分になるんだけど――今朝はそういうボンヤリとした寝起きじゃない。
「……なんで、あっ!」
私は家族の朝食を作ったりお弁当を作ったりしないといけないから気分とか気持ちなんて関係なく平日は何時も早くに起きるんだけど、今朝はまるで自分から早く目覚めたいと望んでいたかのようにパッチリと目が覚めた理由を思い出した。
私は枕元に置いてあったスマホを手に取って、昨日登録したばかりの番号をタップして耳に当てる。
相手を呼び出すコール音が……1回……2回……。中々出ないところを見ると、まだ深い眠りの中なんだろうか。
思えば、一昨日東京にまで私に会いに来てくれて疲れているのに、私がアポなしで家に押し掛けた上に……そ、その――明け方まで愛してもらってたから、余計に疲れさせてしまったんだと思うと心苦しくなった。
……5回……6回……。
そろそろ呼び出しが切れてしまう。
一緒に寝ていれば直接起こしてあげられるのにとソワソワして待つ事7回目の呼び出しで、コール音が消えた。
「……もしもし?」
「あ、起きた? おはよう、良介♡」
「? あぁ、そうか。モーニングコール頼んでたな。おはよう、志乃」
『志乃』と呼び捨てで呼ばれると、本当に良介と付き合えたんだと実感して何だか体がムズムズする。
昨日の夜、家に帰るとダイニングで家族がご飯食べてたんだけど、私の顔を見た三人の表情は文字通り三者三様って感じで、事情を知っているお母さんは今にも「どうだった?」って言い出しそうな雰囲気だったし、何故か希はドヤ顔だった(なんで?)
それから、一番気になったのがお父さんだ。
別に外泊したのは初めてじゃないし、何時も連絡さえしていれば特段煩く言わないのが私のお父さん。
だから今日もただ「おかえり」と言うだけで、いきなりの外泊だったけど叱られる事はなかった。なかったけど……何と言うか寂しそうに笑うお父さんの顔がずっと頭の中に残ったままだ。
『志乃? どうした?』
「へ? あ、ああ、うん。なんでもないよ」
お父さんの事を話したりしたら、優しい良介は絶対に気にしてしまって、私に会うのを遠慮しかねない。
(そんなの、絶対にいやだ……)
良介には会いたい時には会いたいって言って欲しいけど、私が会いに行ってお父さんに気を使って素直に喜んでくれないかもしれない。
そんな事になるのなら、昨夜のお父さんの話はしない方がいい。
「あ、ねぇ! 今週末に会いに行っていい?」
『……駄目だ』
え? 拒否されるとは思わなかった。
だって私達って付き合いたてなんだよ?
私はずっと傍にいたいって思ってるのに、良介は違うの?
『毎週毎週こっちに来てたら大変だろ? 交通費だって馬鹿にならないし。俺に払わせてくれないし』
毎週毎週会いに行くなんて言ってないんだけど……。言ってないだけで行くつもりだったのは内緒。
交通費の事は実は昨日新幹線を待っている時に話題になった。
曜日とか会いに来る予定とかがあるわけじゃないから、こっちに来た時に往復分の交通費を渡すって良介が言ってくれたんだけど、私はその申し出を断ったのだ。
だってそんな事をしてもらったら、良介のお金の事を気にしてしまって会いに行くのを躊躇してしまうと思ったからだ。
それなら全部自分が払ってしまえば、会いたい時に余計な事を考えずに会いに行く方がずっといい。
「ずっと受験勉強でお小遣いとかお年玉が殆ど手つかずだったから、お金の心配は当分心配いらないから」
これはちょっと嘘。
2度の卒業旅行でお小遣いに余裕がなくなっていた。
でも余裕がないだけで、お金が全くないわけじゃない。暫くは大丈夫だけど、色々と金策を考えないと駄目だろう。
ってそんな事言ってる場合じゃない。
「良介は私に会いたく……ないの?」
『会いたくないって言うと思うか?』
「質問を質問で返すのはマナー違反だよ?」
『はぁ……会いたいに決まってんだろ。今すぐにでも会いたいよ』
私も。日を跨いでずっと一緒にいたのに……ううん、一緒にいたからこそ少し離れただけなのに、もう良介の温もりが恋しくなってる自分がいる。
東京に帰ってきた時、この距離が丁度いいとか大人になろうとかよく言えたものだ。
「私も、今すぐに飛んでいきたい、よ」
そうだよね。
昨日の今日でこんな事じゃ、絶対に遠恋なんて続ける事なんて出来ない。
私は、どんな事があっても、どれだけ寂しくても――絶対にこの気持ちに2度と背を向けないって決めたんだから!
「ごめん! 今言った事、忘れて!」
『うん。それじゃ、そろそろ支度するから』
「うん! あ、朝ごはんちゃんと食べるんだよ」
『はは、分かってる。健康に気を付ける理由が出来たからな……面倒臭いけど』
まったく、ちょっと私がいなくなった途端、ダメダメになるなんて――可愛いじゃないか!
「それじゃ、今日も頑張ってね、良介」
『あぁ、志乃もな。モーニングコールありがとう』
言って通話を終えたスマホを胸に当てて思う。
付き合う事がゴールじゃない。寧ろこれからがスタートなんだと。
「さて、私も起きてご飯作らないとね」
少し気合いを入れてベッドから降りようとシーツを捲り上げた時……。
「……あ」
「お姉ちゃん! 朝っぱらからボソボソとうっさいんだけどって……は?」
シーツの中から出てきた自分の恰好に言葉を失ったのと同時に、さっきの話声が聞こえたのか希が寝惚け眼で私の部屋に相変わらずノックもせずに突撃したのが重なった。
「……なんでお姉ちゃん、真っ
「きゃー! ノックしなさいって何度言わせるの!?」
すっかり忘れてた。私……昨日なにも付けずに裸で寝たんだった!
慌てて捲ったシーツをまた体に巻き付けて突撃してきた希に抗議すると、そんな恰好をした私になにか察する事があったのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
「はっはーん。さては昨晩の熱い夜が忘れられなくて、少しでもあの夜に近付けようと裸でベッドに入ったな?」
「っ!?」
図星だ。なんでこういう時だけエスパーみたいに鋭いんだろう。
「……は?」
「……え?」
「え? ち、ちょっとマジなん? 当てずっぽうで言っただけなんだけど」
「……へ?」
しまった。希はエスパーじゃなくて、ペテン師だった!?
「え? う、うそ! お姉ちゃん……マジで!?」
「ち、違うの! いや、違わないけど!」
もう自分でも何言ってるのか分かんなくなってきた。
良介と付き合う事になったのは、昨日ご飯を食べてお風呂に入って寝ようとした時に、質問攻めにあって言ってある。
別に付き合ってる事を隠すつもりもないし、というか大声で拡散してしまいたいって思ってたからいいんだけど……。
その……シちゃったっていう報告は恥ずかしくて暫く黙ってようと思ってたのに……。
因みに希の予想はズバリ当たっていて、こうして裸でベッドに入るとあの夜に感じた良介の温もりにちょっと触れれるような気がして、こんな格好で寝たんだ。
まぁ……無理だったんだけど。
「ま、友達とパジャマパーティーなんかじゃなくて、間宮さんチに突撃しにいってたんだから、驚く程でもないのかな」
「…………」
高校生にズバズバと行動と思考を読まれてる私って、お姉ちゃんとしてどうなんだろうか。
そういえば、結局昨日は寝室に入っていくまでお父さんは何も言わなかったけど、本当に何も気が付いてなかったんだろうか。
「ね、ねぇ、希。昨日のお父さんなんだけど、私が帰ってくるまでに何か言ってた?」
「ん? 別になにも? なんで?」
「えっと、いつもの外泊から帰ってきた時と様子が違ったような気がしたから、ね」
「あぁー、うん。多分だけど薄々は気が付いてるんじゃないかなぁ。だって、私電話で間宮さんの名前だしちゃったしさ」
そっか。あの電話の時は良介が私に会いに来てくれたって事を知った嬉しさで頭がいっぱいになってたけど、冷静に考えると希と一緒にお父さんもいたんだから気付いててもおかしくはないよね。
「怒って……るよね、お父さん」
「んー? さぁどうかなぁ。ま、とりあえずさ」
「ん?」
「お腹減ったから朝ごはんよろしくね!」
言って「顔洗ってくる!」と希が階段を軽快に降りていった。
偶には手伝うとか言ってもいいんだぞと思う。
別に私ばっかりって思ってるわけじゃないんだけど、希は色々と大雑把で心配だ。
女は料理が出来るべきだとまでは言わないけど、簡単なもの位は作れるようになっても損はないと思うんだけどなぁ。
それにしても、やっぱりスタートだったね。
これから良介と付き合うにあたって、色々と問題が出てきた。
恋人ができたって話は父親には絶対にタブーだって口々に友達が言ってたけど、私は何だか黙ってるのは違う気がする。
勿論、正直に話して反対されたとしても良介と別れるなんて選択肢はないんだけど、お父さんの反応はともかくやっぱり話しておきたいな。
それとお金、か。
やっぱりアルバイトするしかないよね。
前に良介から訊いてはいたんだけど、K大って単位の取得が想像していた以上に大変なんだ。
他の大学にいった友達は早速バイトして色々と遊び回ってるみたいだけど、私の大学ではバイトを詰め込むのはかなり厳しいと思う。
それに、大学とバイトに時間を取られてしまって、肝心の良介との時間がとれなくなってしまったら本末転倒もいいところだ。
拘束日数と時間が少なくて、一般的な大学生が稼ぐ給料が貰えるバイト……そんなのあるのなかぁ。
とにかくここで悶々と考え込んでもしかたがないから、由美に相談してみようかな。確か効率の良いバイトしてるって言ってたし。
私はそこで考えるのを打ち切って朝ごはんを作ろうと部屋を出たんだけど、そこで妙にヒンヤリするなと思ったら――私、まだ裸のままだった。
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