第2話 本当に求めていたもの
「――何から何までお世話になってしまってすみません」と私は深く頭を下げる。
「そんなに大したことじゃないわい」
そんな私の言葉を笑いながらそう言って受け止めてくれたのはリオル・ゴートンさん。私を助けてくれた、いや現在進行形で助けてくれている目の前の紳士の名前だ。
『――お嬢ちゃん、こんなとこでどうしたんじゃい?』と途方に暮れかけていた私へと、小さな崖の上からそう声をかけてくれたのがこの男性だった。
リオルさんの外見は60歳前後といったところで、身長はそんなに高くないけど、体格はがっちりとしていて不安定な足場をものともしない足腰をしていそうだ。彼はこの山に山菜採りにきている途中、私の声(『ばかー!』と叫んでいた時のものだ)を聞きつけてきてくれたらしい。
頻繁に訪れるこの山のことには詳しく、私が見たってどの方向も同じようにしか見えない森を、リオルさんはまるで道しるべがあるかの如くすいすいと進む。そうして10分と歩かない内に私を人が通れる道まで連れ出してくれた。道中に水と携帯食をもらったことで心なしか疲れは少し癒えている。
「ところでソフィアちゃんはどうしてこんな山の中で迷ってたんじゃ?」
「え、えっとー……」
(転生したとか話して頭のおかしな人間だとか思われないかな……)
そう不安に思いつつも上手いこと話をこじつけられる自信がなかったので、私は素直に自分にあったこと(別の世界で1回死んで少年に転生させられて山に放り出されたこと)を話した。
「ほぉ! きみは転生者だったんじゃな。珍しい出会いもあったもんじゃ」
「あ、あれ? あんまり驚かないんですね」
「うむ、確かに珍しいんじゃがのぅ。何年かに1人は異世界からの転生者がやってくるんじゃ」
「ええっ!? そんなにいっぱいくるんですか!?」
「ああ、君の前の世界にはいなかったのかい?」
「ぜ、ぜんぜん聞いたことないです」
「そうなのかい。それじゃあ驚くのも無理はないのぅ」
驚かれるか嘘つきと思われるかと思った私の言葉を受けて返ってきたその答えに、私の方がよっぽどビックリしてしまった。
(でもなんだか安心した。変な女の子だと思われずによかったぁ……)
そんな風に気が緩んだからか、
グゥ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!
っと、突如私のお腹が大きな音を立てて鳴った。
「あっ! あの! これは!! その……」
リオルさんは何を言うでもなく、ほっほっほと笑った。顔から火が出そうなほど熱い。真っ赤になっているのが鏡を見なくても分かる。
「とりあえず行くとこもないんじゃろ? ワシの家に来るといい。パンと温かいスープくらいは出せるから着くまで我慢じゃ」
「え――いいんですか!?」
「うむ、うちのカミさんも喜ぶじゃろ」
「――あ、ありがとうございます!」
この世界に来てから初めて目的地が定まったことへの安堵から、ホッと息が漏れる。
「それじゃあ行こうかのぅ」
「はいっ!」
体はもちろん疲れていたけど、足取りは森の中を1人で歩いていた時よりも軽くなっていて、私はリオルさんの背中を追って山を下りていった。
※△▼△▼△※
「ソフィアちゃん。お待たせしてごめんねぇ。ご飯、用意ができたわよ」
子供が実家に帰ってきたときお母さんが浮かべるような満面の笑みで、私の前に料理を並べてくれるのはロウネさん。山で私を助けてくれたリオルさんの奥さんだ。
歳はリオルさんと変わらないくらいなんだろうけど、とっても若く見える。40、いや見ようによっては30代にも見える。こんなことを思っては失礼かもしれないが、すごく可愛いらしい人だ。
「あの――ありがとうございます。こんなにいっぱいご用意してもらって……しかも急に押しかけてしまって」
ロウネさんは料理のお皿をテーブルへ並べながらうふふと笑う。
「いいのよぉ、そんなこと。いつも2人でご飯を食べるから、今日はソフィアちゃんも居てくれて楽しい食卓になるわぁ」
「そう言っていただけるなら、良かったです」
お話している内に支度が済んで、リオルさんとロウネさんも席に着く。
「さぁ、どうぞ。まだ山の方は寒かったでしょう? スープを作ったから最初に飲んで温まるといいわぁ」
「はい、いただきます!」
カットされたバケットに野菜スープ、サラダとこんがりと焼いたチキンが一羽まるまるテーブル中央に置かれている。私はまず深めのお皿に入ったホカホカと湯気が立ち昇る温かいスープを飲んだ。
「おいしい……!」
手が止まらず、スプーンをお皿と口にすごい速さで行ったり来たりさせてパクパクと食べる。そんな様子をリオルさんもロウネさんも微笑ましそうに見ていた。
――料理が、温かい。
スープが熱い冷たいとかのことではなくて、それは胸の内が温まるような、心のこもった温かさだ。雰囲気もとても温かい。それがなんだかとても久しぶりな気がする。こんなに私を邪魔にしない食卓は。そして私のためを思って作ってくれた料理を食べるのは。
「――ひぐっ」
そうして緊張の緩み切った私はいつの間にか頬を涙で濡らしていた。理由はたぶん、悲しいとか嬉しいとかじゃなくて。自分が欲しかったものにやっと今気付けたからだと思う。
――凍らせていた心が優しく解けていくのがわかる。
私は〈無〉に還るとかなんとかで辛さを感じたくないとかそんなことを思ってたんじゃなくて、元の世界で失くしてしまった〈私を想ってくれる人〉をどうしようもなく求めていたんだな――
ロウネさんが背中を撫でてくれて、リオルさんは何も言わずに、でもただそこに居てくれた。そうしてひとしきり泣いた後のご飯がまた美味しくって、私はスープをおかわりしたのだった。
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