カレーなる異世界ライフ!!
浅見朝志
第1部 ソフィアと魔法の料理
プロローグ
第0話 私はそうして・・・
――戻りたくない場所だ。
願わくば、学校の授業が永遠に終わらなければいいのにと思う。
強い横風に吹かれた髪が顔にかかった。それは夏の日差しを反射させて一層強い金色になっていた。
――2か月前、両親が他界した。
それはニュースでよく聞くような話で、信号無視をした乗用車による衝突事故。当時の詳しいことはあまり覚えていない。
ただ、私が立っている場所の床だけが抜けたような孤独感。誰にも紐を持たれていない風船のように、当てもなくふわふわしたような気持ちが未だに残る。
そうして親戚に引き取られた先では、私の存在を邪魔にしか思っていない人たちとの共同生活が待っていた。
私のパパはロシア人で、ママが日本人。
母方の親戚は国際結婚に反対をしていたから今まではほとんど絶縁状態だったにも関わらず、私が事故のショックで呆然としている間に私の全てを奪ってしまった。
「あんな男に嫁いだからこんな事になってしまったんだよ、自業自得だ」
私を家に連れ帰った直後に叔母が堂々と言い放った時は、お腹の底からドロドロと煮えたぎった感情が渦巻いた。私は叔母へとその怒りをぶつけたけど、結局その言葉を取り消させることもできないまま、居場所だけを失ったのだった。
――せめてずっと学校にいることができれば、あんな場所に戻らずに済むのに。
でも結局学校にいる時間が長くなったとしても同じだろうな、とも思う。周りに気遣われて、腫れ物のような扱いを受けている私には決定的に居場所がなかった。
遅い足どりで住宅街を歩いている。すると急に懐かしい家庭の匂いがして温かな過去の記憶が蘇った。
両親が有って、当たり前に「いってきます」と「ただいま」が言えた頃の思い出。その匂いはパパとママが「これだけはプロにも負けない」と自信たっぷりに腕を奮って作ってくれた、私も大好きだった、あの。
ボヤっとしていたから周りに注意ができていなかったのだ。
――世界が、突然回った。
最初に感じたのは浮遊感で、衝撃はその次で。キキィッ、と大きなブレーキ音が聞こえる。小さな私の体は大きな放物線を描き、冷たいアスファルトへと叩きつけられた。
遠くに住宅のブロック塀に突き刺さる大きな車が見えて、ああ、私はあれに跳ねられたんだな、と割とすぐに自分の状況を理解できる。不思議なことに意識ははっきりとしているのに痛みはまるでなかった。ただ、1秒ごとに体の中から大事なものが抜け出ていっているような感覚が少し恐ろしかった。
でも死ぬことに対して抵抗感はない。この世界に、自分が生きる場所を見つけられていなかったから。しかしそんな自分にもひとつ、未練があるとするならば。
――もう一度、パパとママと一緒に。
――まだまだいっぱい話したいことだってあったんだ。
――温かな食卓で、いっぱい時間をかけて作ってくれた温かいカレーを食べながら、大好きな家族に向かって。
――あと一度だけだって、よかった、のに……
それきりもう、何も考えることはできなかった。
※△▼△▼△ ※
「やあ、ソフィアちゃん。キミの人生は終わったよ」
――うん。そうだね。
突然の人生終了の宣告に、車に跳ねられた記憶がハッキリとあるからか、私に特別な驚きはなかった。
そこは上も下も横も全てが真っ白な世界で、私へ話しかけた少年だけが金色に色づいていた。12歳くらいだろうか。声変わりをしていない少年特有の高い声に細い手足。
万人が目を惹かれるだろうとても整った顔立ちをしており、特にその紅い目は宝石のような美しさをたたえ、ブロンドの髪は絹のように細く柔らかで黄金色に輝いている。
――そんな美少年がそこにはいた。
服装もとても気品の溢れるもので、普通に生活していたら一般人がまず話したりすることのないような人種であることは確かだ。
そんな少年は今、私とは少し離れた場所に浮いていた。なんで浮いているのか、どうやって浮いているのかは不思議と訊く気にならなかった。神々しい外見のせいか、それが自然に感じられたからかもしれない。少年は私に言葉を続ける。
「さてキミには今、2通りの選択肢があるよ。このまま輪廻を抜けて無に還るか、転生を望むか。どちらがいい?」
――……わかんない。
「でもどちらかは選ばないといけないよ。〈無に還る〉というのは言葉通りさ。キミという存在を無くしてしまうんだ。キミはこの世界から無くなってしまうから、それ以降キミは何も感じる事はないし何も考えることもない」
美少年はそこまで言うと、理解できてる? とでも言いたげに目線を寄越したので、私は大丈夫と伝えるために軽く頷いてそれに応える。
「それじゃあ次ね。〈転生〉というのはキミに別の人生を与えるということだよ。色んな世界があるから、そのどこでも好きな場所を選ばせてあげられる。もし人生をやり直したいのであればこちらを選ぶと良い」
その2択の説明を果たすと、「どうだい?」と少年は私に答えを求める。私の答えは考えるまでもなく決まっていた。こうして死んでもなお、この悲しい気持ちが消えてくれないのなら。
――だったら私は〈無〉になりたい。もう辛いことは嫌だよ。
「ふーん。その選択でいいんだね?」
――……うん。私の居場所は、もう無いもん。
「ふーん……あっそう。よし、わかったよ。じゃあキミには素敵な転生生活をプレゼントしよう!」
――えっ……?
「どれにしようかな~っと。おっ、ここがいいや!! ちょうどいい場所があったよ」
――えっ!? ちょっと待って!! 私今<無>になりたいって言ったよね!?
「うんうん。わかってるわかってる。キミさっきから一言も声を発せてないけど、それでもキミの気持ちは手に取るように分かるよ!」
――わかってない! 全然わかってないよ! そもそも私、声出てなかったの!?
「うん。出てないよ」
――じゃあ早く言ってよ! ……って聞こえてるじゃない!
「はっはっは。まぁつべこべ言わずにいってらっしゃい!」
ドンッと背中を押されて前につんのめった。
「――痛いっ! ちょっとなにするのよっ……って……」
しかし、文句を言うために振り返った先に見渡せるのはすでに一面の白い世界ではなくなっていた。
そこは、森だ。一面に木々が広がっていた。意地悪い笑みを浮かべる少年もいない。そよ風が吹き、私の長い髪が揺れた。完璧に、屋外だった。
「ここ、どこぉ……?」
もう何が何だかわからないそんな状況で、強制的に私の異世界生活はスタートしたのだった。
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