その十四 昼食~昼休み

『えー昼食の時間となりましたー。利用者の皆様は食堂へお越しください。繰り返し連絡します。昼食の時間となりましたー』

 桂木さんの平坦な声がスピーカーから流れると、利用者が食堂へ向かっていく。

「じゃあ桐須君は先休憩取っちゃって」

「分かりました。ではお先に」

 午後12時。早番のどちらかが休憩に入ることになっているので、午後から買い出しに行く俺が休憩に入ることになった。

 人間ヒューマンの俺は検食もないので朝コンビニで買ってきたパンを齧りながら端末でニュースを見ていた。

「お疲れ様です」

 静かに支援員室に入ってきたのは副主任の川上さんだ。

 川上さんは20代半ばの人間ヒューマンで、長い黒髪を三つ編みに結び、俺と同じくAR眼鏡を着用している。

 目鼻立ちが整っていて着飾れば美人なのだろうが、本人はその気がないのか大体無表情でいる。

「あ、お疲れ様です」

 立ち上がって会釈をする。

 なんというか、川上さんのイメージは、こう。クールな人とでも言えばいいのだろうか。必要なこと以外は特に喋らない感じだ。

 最初余りにも何も話さなかった為『あれ?俺嫌われてる?』と思ったのだが、周りの職員に話を聞くと誰に対してもそうらしい。

 こういう言い方をすると失礼かもしれないのだが、機械生命体アンドロイド以上に機械ぽい人だ。

「買い出しですか」

「え?」

 自分が話しかけられていることに一瞬気付かず聞き返してしまう。

 川上さんはじっと俺を見る。

「午後の予定です」

「あ、あぁ。ですね。七夕会でやるものを買って来て欲しいって椎名さんから頼まれまして……」

「成程」

 川上さんはデスクトップPCに繋げられた液晶モニターの画面をスクロールさせる。

「車の予約は大丈夫そうですが事務所に買い物代の申請は出しましたか?」

「あっ、やっべ……!」

 ていうかいくら貰えばいいのかすら分からない……!

「ちょっ、ちょっと椎名さんに聞いてきます……!!」

「落ち着いてください」

 呆れたようにため息を付くと川上さんはデスクトップを操作する。

「…………そうですね。5000円もあれば十分でしょう」

「えっ」

 どうやって出したんだ……?

「企画書の準備物と買う物、後は過去の同じ行事の規模から考えておおよその値段を出しました」

 すっと空間を指が滑ると、AR眼鏡の画面上に今年度と前年度の七夕会の企画書が送られてくる。

「あとは昼食が終わって戻ってきたら椎名さんに確認してください」

「あ、ありがとうございます……」

 もしかして……苦手意識持ってたけど結構良い人……?

「どうしましたか?」

 小首を傾げる川上さんに『い、いえ』と返す。

「次からは気を付けてください」

「は、はい……」

 それきり、川上さんは口を開くことなく昨晩からの援助記録を見始める。

 その横顔はやはり無表情だった。


 それから椎名さんと桂木さんが戻ってくるまで、なんとなく気まずさを感じながら支援室で二人過ごす。

「はい戻ったよー」

「お疲れ様です」

「おっ、川上さんお疲れー」

 椎名さんと川上さんが挨拶をする。

「や、お疲れさん」

「お疲れ様です」

 桂木さんも川上さんと挨拶を交わす。

「あ、そうだ椎名さん」

「ん?」

 俺は先ほど川上さんから言われた買い物の予算のことを椎名さんに尋ねる。

「あ、そうだったねえ。ごめんねそこ言うの忘れてて」

 椎名さんは手を合わせて頭を下げる。

「あ、いえいえ。川上さんに教えてもらいましたからなんとか」

「川上さんもありがとうね」

「気にしないでください。フォローも仕事の内です」

 こちらを見ることもなく、川上さんが言う。

「じゃあそれで申請出しといて。書き方分かる?」

「すいません……教えて貰っても良いですか?」

 あたふたとしながら椎名さんに教えてもらい、何とか職員用の電子マネーに5000円がチャージされたのを確認する。

「いやーほんとごめんね桐須君。色々ギリギリになっちゃって」

「い、いえいえ。俺の方こそ気付かずにすいません」

 お互いに謝る俺たちに、川上さんが静かに口を挟む。

「段取りをきちんと付けておいてくださいね。でないとこういうことは何度でも起こりますよ」

「いやー、面目ない」

 椎名さんが頭を掻きながら言う。

「主任もその場に居たのでしたらきちんと教えてあげてください」

 ぼーっとデイルームを眺めていた桂木さんが自らを指差す。

「俺?あーごめん。その時居なかったわ」

「……そうですか」

 はぁ、とまたため息を付く川上さん。

「とにかく、行くなら事前準備はしっかりとしてくださいね」

 まるで初めて買い物に行く子供を諭す母親のようだ……って実際仕事で買い出しに行くのは初めてだった。

「は、はい……」

 としか俺には言うことが出来なかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る