その十一 売店の時間
A~Dグループまでのグループが買い物を終え、辻井さんがいるEグループが呼ばれる。
「それじゃあ行きましょうか」
デイルームから車椅子を押して食堂へ移動をすると、既に買い物を終えた人たちが最後のグループを待っていた。
「Eグループの人たち中へどうぞー」
椎名さんの声が聞こえ徐々に利用者が吸い込まれるように中へと入っていく。
「あ、お疲れさまー」
「お先に失礼します」
夜勤を終えた石井さんと中村さんが荷物を抱えて退勤していく。
定時を一時間程過ぎているが恐らく夜勤後の日報をまとめていたりしたためだろう。
23世紀になっても完全にペーパーレスの時代、というにはいかず未だ紙媒体は保存形式の一環として各所で活躍している。
日報もその一つで、今日の出勤者や日課、申し送りのまとめを夜勤者が記録し、各所になっている。
紙とデータ、どちらも同じはずなのだがそこはお役所的、というのだろうか。
「お疲れ様でした」
二人に対し会釈をする。
「次はいつ来んだい?」
買い物を終えた金本さんが買い物袋を手に下げて二人に話しかける。
「どっちも明後日には来ますよ」
「シフトは微妙にずれますけどね」
それぞれが答えると、金本さんは大袈裟気味に声を強調して言う。
「夜勤明けだってのに休み一日しかないのかい。大変だねえ」
その問いに二人は何も言わず、困ったように笑った。
『桐須くーん。空いてきたから辻井さん入れちゃってー』
椎名さんからの通信が入り『了解です』と返信する。
「じゃあいってきます。お二人ともお疲れ様でした」
二人に会釈をすると俺は車椅子を押し、『じゃあおやつ買いに行きましょうか』と辻井さんに声を掛けて食堂へと入っていく。
「何か食べたいものはありますか?」
車椅子を押しながら俺は辻井さんに尋ねる。
辻井さんは辺りを見回す。
「あれなんかどうだい?」
そういって辻井さんが指さしたのは、クロムブリテン鋼を円盤上に固めたお菓子で、
一応不安になり、桂木さんに指示を仰ぐ。
「あの、桂木さんすいません。桐須です」
『おー。どうした?』
「辻井さんがおやつにクロムブリテン鋼のやつを所望してるんですが」
『そりゃー止めた方がいいね』
即答だった。
「やっぱりですか」
『うん。やっぱり高齢なだけあって摂取した機器を分解、精製する機能も低下してるからね。辻井さんくらいのレベルだと……無難なのはアルミ製のかじゃないかなぁ』
「了解です。ありがとうございます」
『あいよ。あんま困るようだったら代わるから言ってな』
「ありがとうございます」
そう言って通信を切る。
「辻井さん」
車椅子の辻井さんに話しかける。
「どうしたんだい?」
俺はなるべく柔らかい口調を心がけて話しかける。
「あのお菓子はちょっと硬くて食べるの難しいかもしれないですからね」
「うん」
「だからあっちの同じようなお菓子にしてみませんか?」
そう言ってその隣にある、アルミ合金製のお菓子を指差す。
「あっちかい?」
辻井さんは逡巡するような素振りを見せる。
「うーん……」
「何か……あっちじゃダメな理由でもあるんですか?」
「ダメってわけじゃないんだけどねえ」
辻井さんはどこか懐かしむように言葉を続ける。
「あのお菓子はね。小さい頃散々食べてたんだよ。兄妹で取っ組み合いするくらいの勢いでねえ。だからあんまり良い思い出がないんだよ」
……なるほど。そういうことか。
「お兄さんと取り合いになったんですか?」
「そうだよ」
昔を思い出したのか、辻井さんの語る口調に熱が籠ってくる。
「わたしの兄はひどくてね。私にはちょびっとしかくれないのさ」
さっき散々食べたって言ってませんでしたっけ。
「なるほどなるほど」
「だからねえ。私はあっちのお菓子の方が良いんだよねえ」
そう言って辻井さんはクロムブリテン鋼のお菓子をじっと見つめる。
「お話はよーーーーーーく分かりました」
俺はわざとらしく周囲を伺い、辻井さんの耳元で言う。
「でも今ならお兄さんは見てないですよ」
彼女の兄はとうの昔に鬼籍に入っており、辻井さんは今後見人の元で施設に入所している、とかなんとか聞いた気がする。
俺の言葉を聞いて辻井さんが辺りを窺い、明るい表情になる。
「じゃあ……あれ一人で食べても良いのかい」
「大丈夫ですよ。ただし」
わざとらしく腰に手を当てて注意するように言う。
「一度に全部食べないように申し訳ないですけどこっちで量は調整させてくださいね」
「分かったよ。ありがとね」
辻井さんはそういうとアルミ製のお菓子を手に取り、会計のところにいる業者さんの
「良かったですね」
「うん。あんたのお陰だよ。ありがとね」
機嫌良さそうに辻井さんは笑って答えた。
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