その八 お掃除とトイレ誘導

 朝会を行っていた椎名さん、石井さんと交代をして朝会を引き継ぐ。

といっても二人が朝の体操等を終わらせていたため、やることと言ったら一日の日課の発表と、最後に何か一言付け加えるくらいである。

「えー今日の予定ですが、午前中は10時から売店の販売があります。午後は1時30分から外来の先生が来所されますので体調で気になる方は受診してください。あとですね、夏で湿気も上がってきましたので、錆とか注意しましょうね」

 いいですかー?と全員に向けて言うと半ば投げやりな調子ではーい、と返事が返ってくる。

「それでは本日も一日、よろしくお願いします!」

 おねがいしまーす、とまた全員が返事をする。

 この後は館内の清掃を行うことになっているので、清掃用具が入っている倉庫へ向かう。

 と、その前に……。

「すいません、俺辻井さん部屋に送ってくるので掃除用具入れ開けてもらっていいですか?」

 桂木さんがはいよー、とやる気のない返事をするとドアノブに手を置く。職員の指紋認証でロックが解除されモップやら掃除機を利用者が自ら取っていく。

 長年ここで生活している人も多いので、慣れというか自分の分担等は暗黙的に決まっているようだった。

「それじゃ辻井さん。一度お部屋戻りますね。あ、そうだ。おトイレとかは大丈夫ですか?」

 機械生命体《アンドロイド》は機械だから排泄をしない、等と言うのは大昔の話だ。彼らは自立していて、食事もする。そうなれば当然メカニズムとして排泄行為というのは不随してくる。

 辻井さんは今年に入ってから、機能低下に伴い失禁等の排泄ミスが多く見られるなったとのことで使い捨て用の下着―――要はおむつの着用をしている。

 居室へ戻る前にトイレでそういった部分の確認をしておくことは現場職員として大事な仕事だった。

 俺は『すぐ戻りますから少しだけお待ちくださいね』と声を掛け、車椅子のストッパーを掛けると走らず、でもなるべく急いで支援員室に戻る。そうして替えの下着とビニール手袋を着用すると辻井さんのところへ戻る、のだが……。

「辻井さん、一緒に行きましょうね」

 内心叫びそうになるのを堪えながら、なるべく優しい声で声を掛ける。

「あぁごめんね。迷惑掛けたくないもんだからさ」

 その気遣いが余計おっかないです、と言い掛けて止める。

「お気持ちは嬉しいんですけどね。やっぱり一人で歩いていると心配なので一緒に行きましょうか」

「そう?じゃあお言葉に甘えちゃおうかね」

 辻井さんはそう言うと強化外骨格パワードスーツの腕を取る。

 二足歩行の介助の時は介助者、つまり俺は被介護者、この場合は辻井さんだ。

 肘の辺りを持ってあげると重心が安定して歩きやすくなる、ということらしい。

 強化外骨格パワードスーツ越しでもずしりと伝わる重みを感じながら、俺は辻井さんをトイレへと誘導する。

 下着を下してトイレへ座ってもらう。下着の内側を確認するとオイルの漏れと一緒に、螺子やら発条やらの細かい部品が付着していた。人間ヒューマンでいうと……いや、止めておこう。

「大丈夫だった?」

 辻井さんは自身の状態に気付いていないようである。

「少し汚れてますね。念のために交換しましょうか」

「あら……ごめんねぇ。自分では大丈夫なつもりだったんだけど」

 申し訳なさそうに謝る辻井さんに、俺は努めて優しく声を掛ける。

「気にしないでください。すぐ交換しますね」

 俺はそう言うと下着の交換を行う。

「じゃあ次はここを持って立ってもらって良いですか?」

 トイレに備え付けられた手すりに手を誘導し、腰の部分に手を当てる。

「いきますよ?よい……しょっと」

 声を掛けて立ち上がらせる。

「申し訳ないんですけどそのまま少しだけ待っててくださいね」

 そう言うと臀部に当たる部分の清拭を行う。あとはトイレを流して終了だ。

 ちなみに利用者用のトイレは機械生命体アンドロイド用なので下水の流れが違うので俺たち人間《ヒューマン》はちゃんとそっち用のトイレを使わなければならない。

 そうしてトイレ誘導を終え、車椅子にまた座ってもらう。

「お、トイレありがとね」

 申し送りを終え、居室の清掃に回っていた椎名さんが声を掛けてくる。

「辻井さんごめんねー。ちょっとお部屋掃除するから待っててねー」

「はーい。いつもありがとうねぇ」

 椎名さんは笑顔でそれに応えると、室内に掃除機を掛けていく。

「はい、終わったよー。どうぞ」

「ありがとうございます」

 お礼を言うと椎名さんは先ほどと同じく笑顔で応え、次の居室へ向かう。

「それじゃあどうします?このまま待ってますか?横になってます?」

「待つって、何かあるんだっけ?」

「売店が今日はありますよ。おやつ、買わないんですか?」

「あぁ。そうかそうか。そうだったねえ。じゃあこのままここで待っててもいいかい?」

 辻井さんがそう言うので分かりました、と答える。

「それじゃあ売店始まったらお呼びしますね。あと何かあったら呼んでください」

 はいよ、と辻井さんは言う。辻井さんの居室は支援員室から近くで、直接目が届く配置になっている。その為本人には申し訳ないが、居室の扉は開けて置き、他の職員にも彼女が居室に居ることを伝える。

 これで誰かが支援員室に残り―――、この場合は主任の桂木さんだ。桂木さんが彼女を間接的にではあるが見守りをする、という構図が出来る。

 そうして辻井さんのトイレ誘導を行っている内に掃除は終わり、皆が掃除用具を倉庫に戻していく。全員分が戻ったのを確認して再度施錠。

 これで午前中の日課―――に入るまでの行動は終わりだ。

 次は売店の準備に取り掛からなくては。

 

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