その六 朝食
朝食、といっても有機物を胃に収める、という
身体の主な構成要素を金属としている彼らは機械を食べるのだ。
そこから内部の―――
これがどういうメカニズムによって引き起こされているのかはいまいちよく分かっていないらしい。
俺が車椅子に乗った辻井さんを連れて食堂へ行くと、他の入所者の人たちがトレイを持ち、カウンターから朝食の金属類を皿に並べていた。
辻井さんは―――本来であれば自力で食事が出来るはずなのだが、最近AIの認知症が進んでいることから職員内では二派に分かれていた。
即ち、『自分で食べてもらう派』と『
一応、時間を掛けたり『ご飯まだありますよ?』等声を掛けると食べることもあるのだが、この食べることもあるというのが中々の曲者なのである。
なので、じれったくて介助で食べさせてしまうという気持ちも分からなくはない。
辻井さんの食事は事前に配膳をしてもらっているので、カウンターへ取りに行く必要はない。
車椅子をテーブルへ近付け、ストッパーを止めると俺は『足降ろしますね』と声を掛ける。
辻井さんは『はいよ』と笑顔で答える。
脚を床に下したので、今度は『じゃあご飯食べましょうか』と声を掛ける。果たして今日は自力で食べられる日なのだろうか。
辻井さんはプラスチックのスプーンを手に取ると、お皿に盛られた粉末状の金属を口元へ運ぶ。
今日は自力で最後まで食べられるかな……?と思い少し離れて様子を見る。
「どうだい?」
椎名さんが声を掛けてくる。
「とりあえず自分で食べ始めることは出来ましたね。あとは……」
「どれくらい食べるか、だねえ」
「ですね……」
食堂に並べられたいくつものテーブルの上では、夜勤者である石井さんと中村さんの姿も見られた。
夜勤明けの職員は検食の名目で食事が提供されるのだが、石井さんは
夜勤者の二人が利用者と話をしながら周囲を絶えず気にしている。中村さんの視線があるところで止まった。
彼女は立ち上がると辻井さんのところへ歩いていく。
「辻井さん、ご飯まだ残ってますよ?」
その問いかけに辻井さんは、そこで初めて気が付いたというように言う。
「ああ。ほんとだね」
そう言うと辻井さんはまた食事を再開するのだが、数口を口へ運ぶとまた動作を停止してしまう。
古い物言いだが、
結局その都度声掛けを行い、何とか完食するころには食堂には誰も残っていなかった。
夜勤者は朝の申し送り用の援助記録を仕上げる為に自分の食事が終わると席を立ち、椎名さんも大部分が居なくなるとその分利用者が集まるデイルームの見守りの為にそちらへ向かった。
「美味しかったですか?」
食べ終わった辻井さんに声を掛ける。
「あぁ。美味しかったよ」
笑顔で答える彼女は、心の底からそう言っているようで、俺は『よかったですね』と声を掛ける。
「じゃあ、またデイルームまで行きましょうか」
「はいよ」
今度は食堂へ着いた時と違い、『足、上げますね』と声を掛けフットレストに足を乗せる。
そして車椅子をゆっくり押すとまたデイルームへと移動を開始する。
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