第4話

 3日目はみんなステータスのことに夢中になり、各々が記載されていたスキルなどを試し始めていた。


 雫の【職業】鑑定士はスキル鑑定を使用することで、あらゆるモノの情報を明確に知ることができた。鑑定を行うと鑑定対象の詳細がステータス画面同様に展開される。


 俺は雫に頼んで自分を鑑定してもらうことにしたのだが、結果は前日同様……雫の鑑定を使っても俺のステータスが開示されることはなかった。


「ごめんね、文吉」

「ううん。雫のせいじゃないよ。気にしないで」


 申し訳なさそうに頭を下げる雫に、俺は別に大したことじゃないさと声をかける。安心したように口元を僅かに緩ませた雫に小さく頷いた。


 東城のスキルは隠密。その能力は足音や気配を限りなく絶つというもの。限りなく絶つだけであり、耳を済ませば足音は聞こえるし、東城の姿が消えたりするような代物ではなかった。


 Lvを上げればその精度はさらに増すはずだと、本人は前向きだったと思う。


 常田の【職業】は戦士。そのスキルは身体能力向上であり、特に何かを発動する必要はないらしく、常時スキルが発動されているらしい。

 試しに校庭へ出て跳びはねているところを教室の窓から目撃したが、軽く3mほど跳躍していた。


 一堂は狩人であり、そのスキルは洞察眼。発動するとかなり遠くの方まで鮮明に物が見えるらしい。


 驚くべきは須藤茜の能力だった。彼女の【職業】は占い師。その能力は未来予知であり、彼女が予知した未来は今のところ100%的中している。

 例えばクラスメイトが喧嘩をすることや、誰々があそこで転倒するなど、すべて予め言い当てていた。


 須藤茜の能力が大当たりだと云われ、クラスの中心的人物――常田や一堂に変わってクラス内でのヒエラルキーを司りつつあった。


 しかし、その能力も完璧ではない。誰かが試しにいつになったら救助が来るのかと尋ねても、わからないと答えていた。

 須藤本人曰く、自分で未来を視ようとしてもせいぜい10分程度先の未来までしか視ることが出来ないらしい。


 ただ、稀に遠い未来が脳裏に映り込むことがあると言っていた。自分の意思ではないのでいまいち何のことだかわからないと言う。


 【職業】格闘家である鮫島秋人の能力は溜める。文字通り力を溜め込み、信じられないほどの膂力を得られるようになる。校内の壁に素手でヒビを入れていたのを目にした時は……少し嫌な予感がした。

 ただでさえ素行の悪い彼が暴力を振るえば、止められる人間は限られてくる。鮫島が理性を失わないことを祈るばかりだ。



 その他にも様々な能力を各自が身につけていた。中でも優秀な【職業】と云われたのが……魔法使いと呼ばれる人たちだ。

 一概に魔法使いと云ってもそれぞれの得意分野があるらしく、火魔法を扱える者や、水魔法が使えるものなど、その能力に違いがある。


 しかし、有り難いことに水魔法が扱える生徒たちによって、プールに水を貯蔵することが出来た。これで飲み水の心配は脱したと思われる。



 それは4日目の昼頃だった。

 することもなく自分の席からぼけっと窓の外を眺めていると、机が軽く蹴られた。



「YO、モザイク野郎! 喉が渇いたから水を汲んでこいYO!」


 鮫島と愉快な仲間たちが続々と集まってくる。モザイクとは云うまでもなく俺のことだ。


「おい聞こえてんのか、モザイク! 鮫島さんは喉が渇いたって言ってんだろうがっ!」


 じっと席に座る俺に、白川昇が怒鳴り声を上げながら額をぶつけてくる。所謂ガンを飛ばすという不良の威嚇行為の一種だ。


「ちょっと何してるのよ!」


 そこへ雫がやって来た。


「あぁ? 鮫島さんが喉が渇いたから能無しのモザイクに水を汲んで来いって言ってるだけだろうがァッ!」

「だから、何で文吉に水を汲ませに行くのよ! 喉が渇いたなら自分たちで行けばいいでしょ!」

「あぁ? てめぇ誰に……」

「いいよ雫。俺も丁度喉が渇いていたところだから、水を汲みに行こうと思っていたところなんだ」

「文吉……」

「ぎゃははははっ――モザイクは少しは身分てのを弁えているじゃねぇかYO」


 俺は席を立ち、雫に小さくありがとうと声をかけ、教室を後にする。雫は悔しそうに唇を噛みしめていたが、あそこで揉めてもカロリーを無駄に消費する行為にしかならない。それならば最小限のカロリー消費で済む道を選択するのが、俺という人間だ。


 空のペットボトルを入手し、校舎を出てプールへ向かうと、黒いカーテンのような物に身を包んだ集団が立ちはだかる。


「ここから先は我ら魔術師同盟の縄張りだ。通りたければ通行料を支払うのだな」

「……」


 昨夜来たときは普通に通れたし、水を分けてくれたのに……仕方ないな。


「余り所持金はありませんが……いくらですか?」

「1000円だ! それでここを通りペットボトル500ml分の水を汲むことが許される。ちなみに二つならさらに1000円追加だ」


 悪どい商売だな。お金なんてここでは使い物にならないのに……ま、揉めるのも面倒だし払うか。


「よし、通っていいぞ」


 やっとの思いで水場までたどり着くと、25mプールの一番奥には机が積み上げられており、その最上には赤いマント……カーテンを肩から羽織った須藤が深々と椅子に腰かけている。


「あら、桂じゃない。あんたも水を恵んで貰いに来たのね」

「須藤さん……一体何をやっているの?」

「無礼者! 我が魔術師同盟予言の王に向かってなんたる口の聞き方かっ! 身の程を弁えよ!」


 ハァ……納得した。

 昨夜は無料で分け与えてくれた水も、恐らく須藤さんの提案で料金を取ることにしたのだろう。彼女はずっと一堂に代わってヒエラルキーを握りたかったのだろうな。

 その欲求がここへ来て爆発してしまったと云うわけか……。


「かつら~、あんたステータスも【職業】も何もない……無職だって言うじゃない」

「そうだけど……それが何か?」


 ペットボトルに水を入れていると、嘲りの声が降ってくる。


「あんたみたいなのを新世界ではゴミと呼ぶのよ! この顔無し!」

「新世界……顔無し?」


 どういう意味だ?


「そうよ。あっし視ちゃったからしってるの」

「視た……何を?」

「決まってるじゃない。世界の未来よ!」


 須藤は優越感に満ちた相貌で脚を組み直し、汚物を見るような目で俺を見下ろす。積み上げられた机の周辺に固まり、黒い外套を身に纏った彼らはここが王の御膳とでも云うように、一斉に跪いていく。


「世界の未来?」

「そうよ。あっしの未来予知によると世界は未曾有の危機に陥るの。この世は力こそがすべてになるの。つまり何の力も持たないあんたはゴミってわけよ! まっ、あんたにはそもそも未来なんてないの」


 甲高い須藤の笑い声が洞窟内に幾重にも重なり反響すると、慌てた様子で飯塚先生と生徒会長の伊集院先輩が駆け込んできた。


「お前ら何やってんだっ!」

「生徒たちからお金を取ってるとはどういうことですの!」

「黙れ! 我ら魔術師同盟に逆らう者は誰であろうと容赦はしない」

「な、何が魔術師同盟だ! バカなことやってないで……」

火球ファイアボール!」

「うわぁ!? なな、何をするんだ風間!」


 風間と呼ばれた生徒が飯塚先生の足下にソフトボール程の大きさの火の玉を放った。驚いた先生が転倒すると、「大丈夫ですかっ」と伊集院先輩が駆け寄る。


「お前教師にこんなことしてただで済むと思ってんのかっ!」

「黙れゴミ虫めっ! 最早教師などという無価値な存在に意義などない。新世界では我ら魔術師こそが敬愛され、崇拝される神なのだ!」

「あなた正気ですのっ! このような非道な行いが許されるわけありませんわよ!」


 もう無茶苦茶だな。


 まだ4日目だというのに、未知の力を手に入れた生徒たちが暴走し始めていた。

 そしてこの水問題が発端となり、校内派閥争いへと発展していく。



 まさに校内戦争の幕開けだった。

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