第21話「幼馴染とは、離れられぬ関係のこと」
◆佐倉 美穂◆
「……寝ちゃった、かな」
彼氏が『弱音』を吐いた。
今まで前だけを見ていたはずの透が、突然後ろを振り返った。まるで、背後から迫る何かに怯えるみたいに。下を向くことも、私の前で弱音すら吐いたことなかったはずなのに。
こんなこと初めてで、少し驚いている。
どうやって返事をするべきなんだろう、どうしたら安心するんだろう……と。
でもその直後に、偶然悟った。
怯えるような手つきで私の手を握る透が、昔の自分に見えた――。言葉には出さないで、仕草ばかりに現れていた気持ち。かつての私達のような……そんな風に見えた。
だから最終的には、何も言わなかったし訊くこともしなかった。
倒れたときも、うわ言のように何かを呟いていたし。多分、その延長線なんじゃないかと。
弱音を吐いたのだって、熱で掛けていたセーブが外れたからなんだろう。
彼だって『人間』だ。
生きている限り、必ずしも弱い部分は持つことになる。
それを受け入れるか受け入れないか――はたまた、受け止めるか受け止めないか。一緒にいるということは、即ちそういうこと。
弱音をみせるということは、相手に自分がこうだと自白しているようなもの。
そしてそれは当然、私達にだって存在する。……過去という、弱い部分が。
彼に訊かなかったのは、そうなのだろうと思ったから。
透と私は、まるで瓜二つだ。
隣の家に住んでる幼馴染で、同じ鍵っ子で、そして……1人になることを極端に嫌う。
似た者同士というのは、幼馴染には良くある話なんだろうか。私の身近にいる幼馴染は、まったくの正反対だったけど……お互いを思い過ぎているというのは、嫌というほど似ている。
気を遣う。それが1番適切だろうか。
ならばそれは、私にも当てはまるのかな。――『偽物』は猫を被るのが得意だから。
私だってそう、学校では猫を被ってる。そうでもしないと、こいつの近くに居られない。また、迷惑をかけてしまうから。それでまた、1人になるぐらいなら……。
だから今、私が素でいられるのは透の近くだけ。
誰彼構わず必要とされたいと努力する私は、透の前では必要なくて、いつだって『正直な
ここまでやってこれたのは、本当、このお節介のお陰。……ありがとう、私の側に居てくれて。いつも、1人にしないでくれて。
「……私だって、そうだから。私だって、1人には……なりたくないよ」
意識を手放した彼の手を軽く握り、ボソッと言葉を呟く。
今にも消えてなくなりそうな……本人さえ、聞き取れないほどの少量で。
「…………」
私は透を布団へと寝かせ、そっと髪を撫でる。
高校男子のくせにあまり手入れしていないのか、少しざわざわした感触だった。あっ、でもそっか。風呂上りなんだもんな。髪だって乾かして放置してたし、少し痛んでる……のかな。
……そういえば、いつも隣には居てくれるけど、こうして密着するのは初めてかも?
「(……ち、知的好奇心が……っ)」
ちょ、ちょっとだけ。ちょっとだけ、透のこと自由にしてもいい……のかな? いや、いいよね。一応カノジョなんだし、夜はこいつに持っていかれがちだし。うん! 反撃大事!
決意を胸に秘め、そっと手を伸ばす。
起きないかと様子を
「……おぉぉ~!」
柔らかくて、少し肌荒れが残った感触に、思わず何度も突いてしまう。
こ、ここで起きられでもしたら一生の不覚になっちゃうんだけどぉ…………起きて、ませんよね? もし起きてたら明日の晩ご飯抜きにしてやる!
細心の注意を払いながら、私は透のがら空きになった手を取り、その間に指を絡めていく。
「ここは……。お、おぉぉ! これが、恋人繋ぎってやつ?」
私は、長年夢見ていた念願の手を繋ぐを凌ぐ上位互換『恋人繋ぎ』を実践していた。
そしてその結果――めっちゃ緊張するぅぅ~~!!
いつ透が起きるのかっていう違った緊張感が雑じり合っているせいか、普段以上の速度で心臓の鼓動が加速しているのかがわかった。
指の1つ1つを手の間に挟んでいき、更にはぎゅっと握ってみる。……こ、こんな恥ずかしいことを、白昼堂々、今の高校生たちはお構いなしにやってるってこと!?(※個人差があります)
「や、やばっ……。絶対私、今顔真っ赤じゃん……」
思った以上の緊張感に、私は思わず下を向いてしまった。
実のところ、これをしてみたかったのにはキッカケがあったりする。
以前、駅前のショッピングモールに出掛けた際、真横を通り過ぎた男女のカップルが、この恋人繋ぎをしながら歩いていたのを見たことがあった。そのときは、私もまだ小学生だったこともあって『友達同士でする手繋ぎと変わらないのかな?』と、そう思ったのだけれど……ぜっっっっんぜん違かった!! っていうか寧ろ、めっちゃくちゃ恥ずかしい――っ!!
えっ――えっ!? っていうことは何? あのときのカップルさんも、実は同じく恥ずかしいと思ってたりするの……!?
……謎が増えました。
もう私の脳内の処理スピードでは対応が追いつきません……。間もなく当戦艦は爆発を迎えます。緊急の対応を要請します……!
「……はぁああ。……本当、何1人ではしゃいじゃってるんだろ、私」
私が今こうして違った熱に侵されていることを、この男は知らないんだろう。
幼馴染だった頃は、こんな風に思わなかった。ただ隣に居てくれる存在。お互いに、それだけの認識で……それ以上の踏み込みは、お互いにしてはいけないと思って、関わろうともしなかった。
それが1つの出会いと崩壊を示し、今の私達が出来上がった。
運命の出会い――それとはまた違う、幼馴染だった頃の、透との出会いを。
私はずっと……それを、神様の気まぐれと、そう呼んだ。
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