SS④「幼馴染は、寄り道する。」

 私──佐倉さくら美穂みほには、いわゆる幼馴染というのが存在する。


 両親の帰りが遅く、小学校の頃はお互いの家で過ごすという、典型的なことをしていたが、中学生になり、学校から遠く離れたカフェとかショッピングモールとかで、私服に着替えてから出掛けることが多くなった。まぁ『放課後の楽しみ』みたいなものだ。


 そしてそれは、私達が高校生となった今でも変わらない。

 私達の『鍵っ子』生活は容易く変わるものではなく、家に帰ったとしても昔と変わらず互いの家に居座ることが多い。


 けれど、少し変わったこともある。

 中学生までだったら絶対出来なかったこと。

 中学生の時、私は違う中学だったし、まだ義務教育という立場があったため、これをする選択肢がの中にはなかった。


 9年間の義務教育が終わり、私達に夜時までの補導をされる時間帯──そんな夜遅くまでとは言わないけれど、それでも行動範囲が拡大したのは確かである。


 そう、それは“寄り道”である。



 ✻



 梅雨の時期に入り、雨が降ることが多くなった今日こんにち

 今日は久しぶりの晴天の日が訪れており、脳の刺激にいいとされている太陽の光がギンギンと教室の中に差し込まれていた。


 午後の最後の授業が終わった直後──私は自席にて天井に向かって背伸びをする。


 こんなに気持ちのいい日は、一体いつ振りだっただろうか。今日の体育は降り続いた雨の影響で使えなかったけど、体育館ではいい汗掻くことができたし! 人によっては嫌かもだけど、私はそれほどでもない。逆に運動するのって、いい気分だと思う。それに楽しいからね!


「あぁぁぁ〜〜!! やっっと今日が終わったぁぁ〜〜!!」


「その言い方だと、この後の放課後さえも終わったみたいな言い方だな」


「いや別にそこまで言ってねぇし! オレから放課後を奪っていくな!」


「ちっさいな、お前の楽しみ」


「お前も似たようなもんだろ!」


 私の斜め前の席に座る男子──凪宮なぎみや晴斗はると君は、私の幼馴染である藤崎ふじさきとおるのちょっとした一言にケチをつけると、そこから徐々にヒートアップしていった。


 毎度見てて思うけど、よくもまぁ毎日毎日同じようなもめ事をしててもネタが尽きないよね……。幼馴染としてのちょっとした会話ならまだしも、友達同士の会話でよくもここまでオーバーになれるようなと、若干呆れてる。


「まぁまぁ……晴斗も、言い過ぎだよ」


「からかっただけ。普段こいつが僕にしてることをそのまま返してるだけ。はい、反論は?」


「…………。……ごめんなさい、藤崎君」


「見捨てられた! このクラスのトップカースト者に見捨てられた!」


 凪宮君のことを静止させようとした彼女──一之瀬いちのせなぎさちゃんは、彼の幼馴染であり、現在では恋人関係にまで登り詰めている。

 ただその関係になる前もなった後も悩みは尽きず、よく相談に乗るくることがしばしばで……。


「さて、帰ろ」


「あっ、ちょっと待って! それじゃあ2人共、また明日!」


「まったね〜」


「気を付けろよー」


 ホームルームが終わった直後、凪宮君は颯爽さっそうと教室を後にする。本当に影薄いな……渚ちゃんが声掛けてなきゃ私だって分からなかったよ。けど凪宮君と渚ちゃんって、学校だと『幼馴染』の感覚が残ってまだまだ熟成してない感じするなぁ。まぁそれ言うなら、私達もなんだけど。


 あっという間に2人の姿は影形も無くなった。

 まだホームルームが終わって少しほど。凪宮君の行動力ってある意味早め?


「んじゃ、オレ達も帰るか」


「そうだね」


 それから少しして荷物を整理した後、私はいつも通り透と一緒に教室を後にする。

 廊下は部活の使用品を出す生徒達や、ジャージやユニホームを着た生徒達が談笑している様子が窺える。……部活か。昔はやってたけど今は何の部活にも所属していない。


 運動が得意ということもあって、4月の身体測定の時やその後に運動部のチラシや看板を持った先輩達から「入らないか!?」と嫌というほど勧誘された。


 けど、私は運動がやりたかったわけじゃない。

 そのために運動が好きになったわけでもない。


『上手くなったな!』

『流石じゃん!』

『競走しようぜ!』


 これらの言葉を、1人の人物に言って欲しくて……この世でたった1人のあなたに褒めて欲しくて。その努力の成果で身についたものだ。

 決してのために身につけたのではない。


「そういや、美穂って中学なんか部活やってたのか? 今はやってなくても、中学の頃はやってたんだろ?」


「……陸上部。競技は100メートル走の個人種目。それ以外にもいろいろ試したけど、ピンってきたのはハードル走ぐらいだったかな。どうも団体競技は苦手で……」


「相変わらず、中身は陰キャだよな!」


「……彼女に向かって堂々と言うかそれ」


 基本的概念として、彼氏というのは彼女を褒めたりするものではないだろうか。偏見なので私の中で勝手に改竄かいざんされていたりするかもだけど。


「別にバカにはしてねぇよ。お前が誰よりも変わろうとしてきたのは、オレが1番分かってるし」


 透の手がスっと伸びてきて、私の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。


「ちょ! 髪の毛崩れる〜!」


「もう学校終わりだし、気にすることねぇだろ?」


「『女心』って広辞苑で調べてきた方がいいと思うよ」


「載ってんのか、それ?」


「知らない。見たことないし」


「大体、美穂は辞書なんか開かないだろ。何しろ、小学生までクラスの中で1番のば──」


「そういうこと言うから嫌われんのっ!!」


 何公衆の面前で私の黒歴史を暴露しようとしてんのこいつ!!

 マジで今度、晩ご飯抜きにしてやろうか……!!


「悪かったって。……あっ、そうだ。お前この後用事は?」


「……ありませんが何か御用でしょうか変態」


「引き摺るな! 後、オレは健全だ!」


 何のフォローにもなってないし。捉え方によっては自分で墓穴掘ってるよ。


「……用事ないんだったらさ、この後どっか寄り道してかね?」


「……寄り道?」


「そっ! 最近、そういうのする余裕無かっただろ? 空いてる日に限って部活あったり、アイツらのゴタゴタに巻き込まれたりしてたし」


「………………」


 中学生の時もよくしていたことだ。

 互いに『鍵っ子』であったがために両親の帰りはいつも私達が寝るような時間帯。それまで1人で居るのが耐えられなかった私達は、夕暮れが沈むまでの時間、放課後よく寄り道をしていた。


 友達同士でするのが今の時代なんだろうが、元陰キャを嘗めないで頂きたい。


 私が通っていた私立の中学は女子中だ。

 そのため、話題に着いていけないと自然と孤立化する。今どきの女子ってこんなに恐ろしいもんなんだと、だいぶ度肝を抜かれた思い出がある。


 そう、私が中学時代に絡む友人は──幼馴染の透しかいなかった。


 女子達の着いていけない会話に無理矢理合わせるより、断然気が楽だったし。そこは流石、男子って感じがした。


「……まぁ。少しぐらいなら」


「……あれ?」


「どうしたの?」


 いきなり考え出した透に私は疑問符を抱いた。


「これって、いわゆる“放課後デート”ってやつか?なぁそうだよな!」


「で、で、で……ート」


 ……まぁそうだよね。そうなんですよね。


 中学生の時みたいに、ただ幼馴染として遊んでいた頃とは立場が変わった。

 私達は、幼馴染で恋人なのだ。

 恋人同士で寄り道をするということは、即ちこれは──“放課後デート”である。


「………………」


「ん、どうした?」


「……着替えてから行く」


「えっ? それじゃただのデートじゃん! 制服で寄り道してこそだろ! 何でわざわざ着替えるんだよ。……もしかして、今更恥ずかしがってんのか?」


「ち……違うもんっ!!」


 結局、最終的に透が折れて着替えてから買い物に行くことにした。

 こういう状況の時、常々思う──幼馴染だった頃って、本当に楽だったんだなぁって。

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