番外編「幼馴染からの、恋人関係とは①」

 ◆佐倉 美穂◆


 私――佐倉美穂には、いわゆる彼氏というものが存在する。


 今では陽キャとしてクラスの女子達と気兼ねない話をすることが出来る私だが、昔の私が今の私を見たら……一体どんな感想を持つだろうか。


 とはいえ、クラスから除け者にされていたわけではない。

 話しかけてくれる女子達も居て、私もその『輪』には何度も入れさせてもらったことがある。最悪なぼっち生活にはならなかったものの、私には何かが欠けているように思えてならなかった。


 けれどあのときに欠落していた何か。その正体が何なのか、今ならわかる。

 それが、小学3年生まで関わりが一切無かったお隣さん――幼馴染の存在だった。


 そんな幼馴染は頭が良くて成績もいい、中の下の成績を保つことが精一杯な私とは全く違った幼馴染だ。

 けれど、そんな強い彼でも私と通ずる部分があった。


 それは――夜が嫌いだということ。1人でいることを極端に嫌うところだ。


 だからこそ、私には彼以上に心の拠り所になる人などいなかった。あいつが実際どう思っているのかなんて、わかりきったことではないけれど。

 ……そうであったら嬉しいな、と。そう思うことはこの数年幾度もあったことだ。



 ✻



 ゴールデンウイーク初日の午前中。

 部屋の掃除やら頼まれた家事を一通り終わらせた後、私は人の気配がしない部屋の中を1人で過ごしていた。


「……終わってしまった」


 1人で静かに過ごすというのも存外簡単ではないものだ。

 学校からいくつか課題が出ていたのだが、この間友達の渚ちゃんに教えてもらった公式や解き方が主な範囲だったために、いつもなら苦労する宿題も今回はすぐに片がついた。


 ……課題って、暇潰しでやってたら終わるものだったんだぁ。何でもっと出さないの……! 暇潰しが終わっちゃったじゃない!


「はぁ……。過去に怒ってもしょうがないか……。遊ぶ予定も、特に無いし」


 学生ならばこの大型連休に外へ行ったり遊びに出掛けたりするのが一般的なのかもしれないけれど……私の場合、そうではない。

 この向かい合わせの部屋で今頃のんびり過ごしているであろう幼馴染の姿を想像すれば、その答えは自ずとはっきりする。――読書しているに違いない。


 陽キャの1人として、クラスでは誰にも分け隔てなく接している私だけど。……実のところ、本物のリア充をやれているかと訊かれれば嘘になる。他人との距離感を一定に置いてしまう癖があるからかもしれない。


 ……そう考えると、やっぱりあいつはスゴいのだと改めて気づかされる。


 1人1人に愛想を振り撒いて、積極的に『輪』へと溶け込もうとしている。

 同じ境遇を持つ人間でも、過ごした感覚というのは不思議と身についてしまうものらしく――癖となったものは、簡単には直らない。


 あいつみたいに、もっと愛想が良かったらいいんだけど――。


「って……には、まだキツいか」


 私は椅子の背もたれに身体を預けながらそう呟いた。

 誰もいない空間なためにこの言葉は空を切り、私以外の誰の耳にも届くことは無かった。


 虚空の彼方へと消え去った言葉の後追いをしていたのだが――私はすぐにリセットをするために、頬を少し強めに両手で叩く。

 ヒリヒリとした痛みと痺れを感じたが、吹っ切れるようなことは何も無かった。

 つまり、リセット失敗である。


「……あいつのとこ、行こっかな」


 と、一瞬思い浮かんだものの、それはすぐに破棄した。


 ダメだダメだ!! あいつのとこにいったら、何されるかわかったもんじゃない!! ……ただでさえ、こっちは若葉マークだって云うのに。


 そう、私は隣の部屋に住む幼馴染――藤崎透のカノジョになってしまった。


 自分から望んだ結果とはいえ、私の頭の中には幼馴染=彼氏という区分が定まっていなかった。結果だけを手に入れる。それだけを考えていたからだ。

 付き合って、もう1ヵ月を過ぎている。


 私の両親もあいつの両親も仕事人間であるが故に、時には深夜、又は帰って来ず泊りになるなんてケースもざらじゃない。

 だから……その……し、したいと思えば、出来なくはない。……ないけども。

 如何せん、私も透も誰かと付き合うことが初めてで、どこが一線を踏み越える踏み場なのかと日々奮闘しているわけで……。


「――あぁぁああああああ!!」


 ――昼間っから何深く考え込んでんのよ私っ! そんなキャラじゃないくせに!


 とにかく、今はあいつ以外のお喋り相手が必要ね……少し落ち着かないと。


 私は机の上に放置していたスマホを手に取り、電話帳を開き友達に電話をかけた。

 あのアホの幼馴染以外で、しかも休日でも連絡が付きそうな友達。言っては難だと思うけど、居そうな場所がはっきりしている分、昼間でも出てくれそうだと思ったのだ。


 そして思惑は当たり、その人物は何コールかした後に電話に応答した。


『も、もしもし? 佐倉さん、どうしたの?』


「ごめんね、突然電話しちゃって。今、時間あったりする?」


『それは構わないけど。何かあったの?』


 ……あぁ~、どうしてだろう。こんな優しく癒しのある声を聞くと、不思議と安心するなぁ~。さすが、凪宮君のカノジョだなぁ。


 電話をかけた相手は、一之瀬渚ちゃん。成績優秀・容姿端麗である彼女は、同じクラスでトップカーストに君臨する美少女。同じ女子である私でさえ可愛いと思えてしまう。


 そしてそんな彼女の電話越しより……、


『電話の相手、誰だ?』


『あっ、うん。佐倉さんから。ちょっと電話してくるね』


『どうぞごゆっくりー』


『もぉ……』


 男子の対応に呆れた声をもらす渚ちゃんの声が聞こえた。


 その声の正体は、凪宮晴斗君――渚ちゃんの幼馴染であり、現在は彼氏でもある。家が隣同士ってこともあるのか、渚ちゃんに電話するとかなりの頻度で凪宮君の声も聞こえる。


 一見、根暗で空気なところはあるけど、実は渚ちゃんの上を行く『天才』らしい。

 そして意外な一面としては、ちゃんと他人想いなところもあって、渚ちゃんのことを考えて、先日のラブレターのことを隠していたりしていた。


 でも、お互いにお互いを思う分、お互いに遠慮している部分もあったりで……まだまだ難関な課題は山積みだけど。


 透の話だと、過去に何かあったみたいで、それが原因じゃないかって言ってたっけ。

 その話は2人の間でもタブーみたいだから、実際には聞いたことはない。それに――本人達が明かさない限り訊かないし、私と透も深追いする気など全くない。

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