番外編「幼馴染は、お互いが好きな病にかかっている①」

 ◆藤崎 透◆


 オレ――藤崎透には、いわゆるカノジョというものが存在する。


 とはいえ、そんな一歩進んだ関係になったのは1ヵ月前。それまでのオレ達はただの腐れ縁――つまり、幼馴染の関係性でしかなかった。



 オレと彼女はいわゆる『鍵っ子』と呼ばれる奴だった。


 それはオレと彼女が小さい頃からそうであったもので、今に至ってそれについて攻めだてることはしない。

 それが事実である限り、オレと彼女に取り巻く環境に変化など起きないのだから。


 ――それに今は、そんな問題は必要ない。

 何しろそのお陰で、幼馴染基カノジョと一緒の時間を。嫌いな夜を共に過ごせるのだから。



 ✻



 5月の始まりに訪れる休日。

 学生にとってWIN・WINな大型連休である『ゴールデンウイーク』において、オレは自分の家、自分の部屋で溜まったラノベの消化作業に取り掛かっていた。


 所属している文芸部も、活動が主に文化祭の出し物しかない以上、ゴールデンウイークにわざわざ集まってすることは読書しかない。そんなの、普段の活動と対して差が無いに等しいのである。

 そのお陰も相まって、こうして今も読書という幸せな時間に注ぎ込めているというわけだ。


 ちなみに家はもぬけのから。オレ以外の気配はどこにもない。

 仕方がない。両親は共働きな上に、仕事をすることに生きがいを感じる人達だ。ゴールデンウイークの日ぐらい休めばいいものを。


 仕事人間と聞くと、家庭崩壊が起こっているのではないかと心配になるかもしれないが、実際そんな典型的な家庭崩壊は起こっていない。


 いや……オレの両親が家庭崩壊を起こすなんて天地がひっくり返っても起きやしないだろう。何しろ――“超”が付くほどのなのだから。


 仕事場が一緒なことから出会い社内恋愛へ。そして行く年が過ぎ結婚した2人は、朝は共に通勤をし家では隙を見つけてはキスをして、寝室では近所迷惑で訴えられそうなレベルで激しいし……。今どき、そんな創作上の中でしか存在しないようなバカップルがいると、不思議と慣れてしまうものだ。毎晩毎晩遅く返ってきては濃厚に楽しんでんじゃない。寝ていたのに起こされた、まだ幼かった頃のオレの感想でした。チャンチャン。


 だからと言って、オレに両親の色恋沙汰に口出しする権利はどこにもない。


 寧ろこれは尊敬すべきことに近しい。

 世の中でのカップル成立など、星の数も存在しない。大体は望んでもない政略結婚やお見合いによって、喜ばしくもない婚約をさせられる。


 澱んでいるかもしれないが、それが現実である以上――否定出来ないのも事実だ。


 そういう場合、大抵の家庭は家庭崩壊へと陥る。資金目当てだとか、そんな碌でもない奴もいる世の中だからな。人間不信だった晴の気持ちもわからなくはない。


 だが、そんな人達が世の全てじゃない。

 信頼出来る人なんて、早々出来ないかもしれないけれど……。


 けれど自分を受け入れ、共に戦ってくれる人は必ずいる。晴にとってその人間とは、隣に住む幼馴染『一之瀬』のことを指すように。


 そしてオレもそんな家族の一員として産まれてきたことを、スゴく誇りに思う。

 そのお陰で……あいつとも出会うことが出来たのだから――。


「――少しは動けっ!」


「いったぁ……。ちょ、わざわざ叩くことないだろ。読んでる本に傷でも付いたらどうするつもりなんだ?」


「それは安心していいわ。本より、あんたを叩く方が価値あるから」


 どういう価値観見出してるわけこの子……恐ろしいんですけど。オレのこと一体何だと思ってんだ。


「……ってか、家のことはいいのか? 休日だろ?」


「それ、おばさん達にも言えることだと思うけどね。誰もいないわよ、私の家も。宿題も片付いたら暇になったから来たの」


「左様ですか。それはそれは大変ご苦労なこって」


 最寄り駅から徒歩5分のところにある高級マンションの10階。

 全15室以上あるその階の隣同士で暮らしているオレとこの幼馴染――佐倉美穂。もうかれこれ十年以上の隣同士の付き合いではあるのだが、実のところ初めて会話を交わしたのは小学3年生のとき。


 美穂の家も両親が共働きであったがために、隣に住み尚且つ同じ境遇を持った同年齢であるオレと遊ぶことが非常に多かった。


 夜まで帰って来ないなんて状態がザラにあったお陰で、どちらかの家で晩ご飯を食べるなんてのも今でもよくあることだ。

 お互いが側に居ることが当たり前で、逆に居ないと一抹いちまつの寂しささえ湧き上がってしまう。


 それは――きっと、幼馴染の宿命なのだろう。

 いや……もしくはオレ達が、同じ“寂しさ”を抱えた人間同士だからなのかもしれない。

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