第五部
第70話「幼馴染は、ダメ出しを喰らわされる①」
◆凪宮 晴斗◆
渚に断りを入れて、男子トイレの個室に入った僕はとある人物に電話をかける。
実を言うと、渚の後ろをまるで背後霊のように付き纏っていた奴に『ちょっと話したいことあるから、席外せ!』とメッセージが送られてきたのだ。……本当は無視したい気持ちで溢れかえっているのだが、相手が相手だし、諦めて従うことにした。
そして何コールかした後に……、
『もしもーし』
と、聞き慣れたムカつく野郎の声が耳に届いた。
「……あんなメッセージ送ってきて、一体何の用だよストーカー野郎」
『うっわー、すげぇ心外な言葉だなぁおい。いいか? オレは親友であるお前が好きな子との初デートを無事に終えられるよう、陰から見守ってただけなんだよ』
「……つまり?」
『お前と一之瀬の初々しいデート風景を背後からこっそりと拝みたかった!』
「それをストーカーって言ってるんだ」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまう、なんて文句もあるんだぞ。
第一、僕達のデート風景を見て、こいつらに一体何の得があるというのやら……ますます、陽キャの考えることというのはわからないものだ。
『別にいいじゃねーかー。邪魔はしてないだろ?』
「大前提だろそれ。……まぁいいや。これ以上お前と無駄話しててもしょうがない気がしてきたし」
『ひでぇ! 友を何だと思ってんだこの
まるで小さい子ども同士での言い争いかのような低能な仕返しだった。こいつは小学生か。高校生なら、もう少し言葉の作りを大きくしろよ。
それにだ。本物の外道というのは、この場において――透のようなストーカーのことを指す言葉だ。勝手に着いてくるなし。
話がある風なメッセージを送ってきたもんだから、一体何を言われるのかと思って電話してみれば……。話があるのならとっとと話してほしいんだが……って、違うか。それを言うべき相手が。
「……お前の相手なら今度してやる。だから、とっとと佐倉さんに代わってくれるか?」
『およっ、よくわかったな。用があるのはオレじゃなくて美穂の方だって』
「……勘」
『そういう奴だよな、お前って……』
電話の向こう側で呆れたようにため息を吐く透の声が聞こえる。
こいつにも言った通り――あのメッセージの本当の送り主が佐倉さんだと気づいたのは、本当にただの偶然だ。
いくら他人の視線や仕草、周りの気配などに敏感な僕でもメッセージの向こう側、つまりはネットの世界の気配なんてものにも敏感ではない。そんなことが出来るのは、本物の天才と呼べた人間だけだろう。
……ただ、何だろうか。
先程までの透とのやり取りを通して、妙な違和感にぶち当たったのだ。例えば今のように――話すべき相手が『自分』ではなかったとき、少し会話を引っ張り気味であったり、中々本題へ入ろうとしなかったりなど。微妙な違和感が、僕の勘を呼び起こしたのかもな。
すると電話の向こう側から『ほら、交代してるから短時間でなー』と、誰かと話す透の声が聞こえた。その相手は十中八九、佐倉さんだろう。
これ以上無意味に引っ張ったところで、こいつらにメリットなどどこにもないし。
『もしもーし』
「……デジャブ」
……幼馴染で性格までほぼ一緒となると、挨拶まで似るものなんだろうか。さっきの奴と出だしがまるで同じなんですけど……。
『あっははは! やだー、それだけは勘弁だわ』
「……何。2人はさ、付き合ってるんじゃないの?」
『付き合ってるよ? でも、だからって思考まで被さってくるのはご勘弁。何て言うのかな、こう……ものすごく嫌気が指してくるというか、襲ってくるというか。……おっそろし』
まるで本当に鳥肌がたっているような口調でそう言った。
残念だったな透。お前の恋路は遅かれ早かれ『終末』を迎えることになりそうだぞ。別れが決まったときは慰めてやることにしよう。それぐらいの慈悲は僕にだってある。
『それじゃあ改めて。……こっほん。もしもし、佐倉さけど今ちょっといいかな?』
そこからやり直すの? もう完全にツッコミ待ちな件について。
だがここで敢えて「やり直すの?」とツッコミを入れるのは何か究極的に間違っている気がしたので、僕はそれに乗っかる形で「もしもし」と受け答えた。
「というか、何で佐倉さんから電話かけてこなかったんだ?」
『しようと思っても無理でしょ。凪宮君、私と電話先交換してないでしょ?』
「……あっ、そういえば」
知り合ってから数週間という刻が流れたが、僕と佐倉さんが直接話す機会なんてまったく無かった。なるほど。それで透のスマホで電話してきたのか。それならあいつからのメッセージだったのも納得だ。
っていうか、透への扱い本っ当に雑なんだな。
身体測定の日なんか、透とのカレカノの事実が発覚したときなんかは後ろに隠れるようにして照れていたのを覚えているのだが。見間違い……なんてことはないだろうけど。
……もしかして、佐倉さんなりの『照れ隠し』のつもりなんだろうか。
いわゆる“ツンデレ”というヒロインだ。御坂美琴であったりシャナであったりと。ラノベの中にも幾人かそういう強気ヒロインというのは存在してきた。昔はそんなキャラが流行していたのだろうか。昔の作品をときどき電子で読んだりするが、そういう系のヒロイン、結構多かったりする。
今のラブコメ界隈だと少ないかもしれないが、僕個人の見解ではまだまだ捨てたもんじゃないと思いたい。
『納得致しましたか?』
「あぁ。それで、佐倉さん。話したいことって何なんだ? 出来れば早めにあいつのところに戻ってやりたいんだが……」
『様子がおかしかったこと、やっぱ気づいてたんだ?』
――瞬間、背筋を射貫かれた気分に陥った。
まるで今の自分の心を見透かされたような……表現することが難しい、変な感覚だ。
「……まぁな」
僕は簡単に返事をする。
あいつの様子がおかしいと感じ始めたのは、水族館に入ってからだった。最初は館内に入る前のことを意識してしまっているのかと思っていた。――だが、それだけでは説明のつかないこともある。
渚の、どこか遠くを見ているかのように魂が抜け落ちたような瞳。いつもは透き通る綺麗な色をしているというのに……今日はいつも以上に、濁った色をしていた。
それに気づかないほど、過去15年間――僕はあいつの幼馴染はしていない。
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