第68話「幼馴染は、初デートで服装を褒めるらしい」

「……おーっ! すげぇ展開になってきたぁー!」


「ちょ……、声がデカいってーの!」


 そして――……そろそろ触れても大丈夫だろうか。


 緊張と困惑に支配され周りが見えていない渚とは違い、僕にはきちんと視認出来ている。

 館内が静かというのも一理あるだろうが、遠く離れた物陰から聞こえた声。その声はつい最近……というより、数時間前に会っていた人物の声と瓜二つ。そしてそこにプラスでもう1人、女子の声も聞こえた。


 その2人は僕と渚に気づかれないようにとコソコソ移動している様子。だが、気づいている人間の前でそんな不可思議な行動を取ると逆に怪しまれるぞ。


 僕はチラリと背後に視線を動かす。

 そこには、帽子にサングラスという変装グッズの代名詞を身に着けた男女。藤崎透と佐倉美穂。この2人の姿があった。


 透が『着いていくつもり』だと言っていたが、まさか本当に着いてくるとは。っていうか何か一人増えてるし……。


 何で佐倉さんまで? という疑問が残るが、大方透の野郎が面白半分で呼び出したのだろう。幼馴染という関係性も相まってか、あの2人、妙にキャラが似てるし。ノリで動いてる感スゴいしな。


 ……っていうか、まだ本物の恋人関係でもない僕達の経験値が足りないデート(透談)何か盗み見て一体何が面白いのか……相当暇なようで。


 鋭い目付きで背後を見続けていた僕に気づいたらしく、透と佐倉さんは少し慌てた様子を見せつつも落ち着きを取り戻し――僕に向かって、勢いのある親指を立ててきた。プラス、スゴく腹の立つドヤ顔付きで。


 ……何か、スっっゴい腹立つんですけど――っ!?


 そんな透に腸が煮えくりかえる寸前、僕はここに来る前にあいつが言っていた言葉を思い出した。



 ――いいか? デートの基本は相手の服装を褒めることからだ。簡単でもいい、とにかく一之瀬が喜ぶ褒め方をすればいい



 ……ついつい忘れかけていたが、そういえば何も言ってなかったな。


 渚は僕の服についてコメントを付けてくれたが、僕は何も言っていない。ドタバタしていたせいもあり、つい忘れてしまっていた。

 今日の使命『その1』を思い出した僕は、褒めるというたったそれだけの行為をした経験がほとんどなく、途端に照れくさくなってしまった。


 渚はそんな僕の表情の変化に気づいていない。彼女も彼女で、色んな出来事を頭の中で整理しているようだ。


 ……今だったら、言えるだろうか。

 薄い白のカーディガンに膝付近まであるピンク色の花柄ワンピース。もちろんの如くタイツも穿いているが、今日はいつもより薄めのようだ。

 髪は耳に髪を掛けないためにかヘアピンで止めてある。


 ……何か今日、やたらとお洒落してきてるな。いや、僕的にはスゴく嬉しいんだけど。

 渚も今日はデートのつもりで来てくれたと言うし、それでお洒落にも気を遣ってくれたのだろう。普段よりも女子力が引き立てられており、これで落ちない不逞共はまずいないだろう。


 それに、1ヵ月で髪も少し伸びてきており、今では腰付近にまで届きそうなほど伸びている。相変わらず、容姿に隙が無い。それもこれも、みんな、今日僕のためなのだと改めて自覚すると……結構照れくさい。今どきの男子高校生とは、こういう状態に陥ることが当たり前なんだろうか…………検索をかけたい。


 ……だが、そんな動悸を根底とする前に、1つ疑問を提示させてほしい。


 いや。――どうやって褒めればいいんだよぉぉ~~~~っっ!!


 片や恋人も友達も碌にいない人生歴。そんな童貞野郎にどんな台詞を期待してるのか知らないが、明らかに無茶苦茶な要求をされていることだけはわかる。


 誰かこの場に友人の1人や2人が居てほしい……っているか。いるわあそこに。って、出てくるつもりもない奴らにどんな懇願しても無駄か……。



 ――絶対、相手を褒める言葉を掛けろよ?



 脳内であいつの言葉が反芻はんすうする。

 ……あぁもう! わかった! ちゃんと言うからこれ以上僕の脳内で反芻してくるんじゃない――っ!!


「……あの、えっと……」


 僕は狼狽えながらもその言葉を伝えようと口を開いた。

 すると渚はゆっくりと顔を上げ、まだ真っ赤に染まった顔とうるんだ瞳を向けてくる。


 へ、兵器かよ……っ。――反則だろそれぇぇぇ~~~~っっ!!


 心の中で叫んだ。軽く富士山は登っただろう。もちろん、顔には出していない。そこはもう慣れてしまった感覚故に戻すことは不可能だ。


 ……それにしても、こう改めて至近距離で見ると、睫毛長いんだなこいつ。

 潤んだ瞳に加えてパチパチと長い睫毛を付けた目が何度も瞬きをする。

 僕は思わずその強烈すぎた攻撃から目を逸らした。


「……晴斗?」


 ……くそっ。今日に限って渚がいつもの数倍以上可愛く見えてしまう謎現象に襲われてしまっている。いや……自覚していなかっただけで、実際はいつもこうだったのかもしれない。――って、今はそんなことどうでもいい!



 ――くれぐれも、怠るんじゃねぇぞ?



 その言葉はトドメの一撃となった。

 気持ちの整理が追いつかないままに、僕は言うとも思っていなかった言葉を言った。


「……今日のお前、可愛すぎ」


「~~~~~~っ!?」


 み、ミスったぁぁぁ――――っっ!! こんな照れくさい台詞を言いたかったわけじゃなく、もっとこう……シンプルに『似合ってる』的なことを言いたかったのに――。


 しかも、僕の言葉がクリーンヒットした渚の心は既に蒸発。最早意識さえ働いていないんじゃないかと思うほどに、大量の熱を発していた。


 まるで噴火した火山のような顔をしており、その表現は真っ赤という台詞では説明がつかないほどになっていた。例えるなら、沸騰ふっとうしすぎで割れてしまったビーカーみたいな、そんな感じだろうか。


 ……とにかく、やりすぎたと後悔する他なかった。

 しかし時既に遅し。僕の目の前に立って……いるのかどうかも怪しいほどにフラフラした状態の渚が、目をグルグルさせていた。


 …………大丈夫かな、僕達。

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