第46話「幼馴染は、密かな優しさを確かめ合う」

「あ、そういえばこれって既存なんだよね? 裏にもあったけど」


「そうだな。2017年のやつだし」


「じゃあ、晴斗も読んだことあるってこと?」


「読んでなくてレビューが出来るかっての」


「それもそうだね」


 渚は天真爛漫っぷりを発揮し始め、いよいよ収集がつかなくなってきた。


「だったら、これ読んでどんなこと思った? 晴斗の意見が聞きたい!」


 だからそんなの、検索かければ何万件もヒットするって! 人の話聞けや。


 どうやら彼女は期間限定の暴走列車に乗車してしまったらしく、こうなれば止めること、拒むことは不可能だ。

 読書家として仲間意識は感じるものの、こうも本領が発揮されると非常に面倒くさい。


 SNSにレビューをしない理由の1つでもある、この面倒くささ。


 本を読むことで得る感想なんて人それぞれだ。面白い、面白くない、続きを買いたい、もう買いたくない。――僕は、人に流される選び方はしたくない。

 読む本を決めるのと同じように、読んだ感想も自分で決める。

 他人が面白くないと思っても、自分は面白いと思っていればそれでいい。


 ……と、最もらしいことを言ってみたものの、実際僕の場合――こんな幼馴染がいるから、僕には感想の共有相手など必要ない。


「……ちなみにだが、拒否権は――」


「ありません!」


「ですよね……」


「ってなわけで――晴斗のレビューをプリーズ!」


 ソファーを降り、僕の隣に座り直す渚。元からゼロ距離だった距離が、渚がグイグイと攻寄ってくるお陰でミリ単位に。


 ……ちょ、渚さん? めっちゃ近いんだが? ただでさえ危機感無いんだからこういうときぐらい発揮しろ! ってか、貴女のご自慢のお胸が僕の二の腕に当たりそうだから今すぐ離れろやーー!!


「わ、わかった……。わかったから、一旦離れて」


「ふむ。それでよろしい!」


 こいつ、今日は何かいつも以上に上機嫌で、いつもの数倍面倒くさいんだが。

 ……と、他の男子だったら絶対思わないであろうことを思えるのが、僕という幼馴染なのである。まる。


「……そうだな。この作品、有名な作者さんが書いてるってこともあって発売前からかなり評判あったんだよ。で、いざ蓋を開けると、結構シナリオ構成がきちんとされてて、主人公とヒロインの精密な距離感ってのがちゃんと書かれてる。それと、これは僕個人の意見だけど――ここの、文章と絵がマッチングしてるこの描写。児童文庫とかでよく使われてる方法なんだけど、これって結構採用数少ないんだ。だから、ぐってきたかな」


「あぁ! そこなら私も好き! 一般小説だと挿絵が無いからその分、新鮮さがあったっていうのも嘘じゃないけど……こういう描写、めくるときかなりドキドキする!」


 ……へぇ。意外とわかってるな、渚も。

 僕は軽く「ふぅん」と頷くが、実際のところは渚と同意見だ。


 主人公とヒロイン、両方の視点で話が進んでいくラブコメ作品の中でも、この作品の文章力だったり挿絵は、かなりマッチしていると思う。


 それで、と付け加え、渚は再び僕との距離を詰めてきた。

 いやだから近いんだってば! 無意識なんだろうが、その無意識が逆に怖い! 知らない間に色々とやらかしてそうで……。


 ……というより、絶賛やらかしてるの間違いだ。

 渚の努力の賜物が、僕の二の腕に再び触れようとしているのだ。今度は未遂じゃ済まされなくなってしまう――!!


「晴斗が買った本はどこまで読み終えたの?」


「一応全部。後はあとがきを読むだけだ」


「さ、さすが……」


 平常心を保っているが、内心ではハラハラしまくっている。――近いんだってばっ!!


「つっても、勢いで読んだ感するから、時間あれば読み直しするかもな」


「読書家の鏡だね~! さすが、全国模試国語1桁台のことはある!」


 何故他人ひとの、それも僕の模試結果なんて覚えてやがるんだこいつ……ちょっと引いた。


 あの現国の模試を受けたとき、確かテストを受けている……というより、読書をするって意気込みで解いてたんだっけ。

 その方がより読みやすくなるし、何しろ気が楽になるからな。


「……その点で言えば、お前はどうなんだよ。お前だって、読書家だろ?」


「でも私は、晴斗みたいに毎日読んでるってわけじゃない。暇なときに読んでるって感じだから、晴斗と同じ肩書きっていうのは少し違うかな」


「……へぇ。てっきり、逃げたのかと思ってたが」


「私が晴斗から逃げるわけないでしょ? いずれ晴斗に勝つ! そのためにはまず、勉強面から攻めていかないとだからね!」


「そうかい。ま、楽しみにしてる」


「ちょっと! 絶対今私のこと小馬鹿にしたでしょ!」


「未来を見据えての結果だろ」


「それをバカにしてるって言ったの! ……本当、そういうとこ可愛くない」


「それで結構。っていうか、さっきまでの感動はどこにいったんだ?」


「誰かさんのせいで吹っ飛びました!!」


 渚はぷいっと顔を僕から故意に逸らした。


 どうやら少しやり過ぎてしまったらしい。僕目線からは、小柄な背中と小さく纏められたポニーテールしか見えないが、プルプルと震えているのがわかった。

 ……怒りか? それとも、笑っているのか?


 いや、どちらでもないな。

 この沈黙が産まれて約10秒。――その間僕は、一言も喋っていない。ため息も何1つ残すことなく、ただただその沈黙を受け入れているだけだった。


 ――と、ここまで来れば何となくわかる。


 これはあれか、顔から耳朶まで真っ赤になってるやつだ。震えているのは、目袋に涙が溜まっているせいだな。、そんなところか。


 だが、僕から話しかけてやる義理はどこにもない。今回ばかりは渚自身のせいだ。

 怒った、拗ねたぐらいで僕が動揺するだろうか? いや、しない。


 だからといって、僕とこいつの思考がリンクするはずもない。兄妹でもなければ、恋人でもない。――


 ……これ以上続けたら、どんな仕打ちが待っているだろうか。怒られる? 泣かれる? いや、もう既に泣いてるのか。いずれにせよ、放置するしか選択肢はない。だって、僕今回何もしてないから。こいつの自爆だからね。


「…………」


 僕は振り向くこともしない幼馴染を放置することに決め、テーブルの上に置いてある未読のラノベを手に取る。

 表紙、口絵、目次。一通り見た後、本編を読み始める。


 すると――スゴい形相をした渚が涙目になりながら、僕の制服の裾を引っ張った。


「────ごめんなひゃい!! 私が悪かったかりゃ! だかりゃ無視しないでぇぇぇ~~~!!」


「……最初からそう言えよ」


 本当にかまってちゃんだなこいつ。15年間の付き合いだし、扱いには困らないけど。


 不意に顔を逸らしたのは、僕に『ごめんな』と言わせ罵倒(弄る範囲)について謝らせたかったのかもしれない。頭を撫でながら、僕にそう言わせたかっただけなんだろうが、さすがに沈黙という武器が強すぎた。


 ……ったく、素直じゃないのはお互い様だな。こういうところまで似なくてよかったのに。

 僕は涙目になる渚を、自分の方へと抱き寄せる。


「……っ!!」


「~~~~~っ」


 そして、そのまま抱き寄せた方の手で、彼女の頭を優しく撫でる。……意外と恥ずかしいな、こういうの。滅多にやらないことだけど、今回ばかりは……特別だ。


「……優しいね。いつもだったら、こんなことしないくせに」


「うっせ」


「ふふっ。晴斗~……」


「……今日限定だ。明日からは、いつも通りだから」


「……うん」


 幼馴染とは、一体どういう距離感が一番正しいのだろうか。


 ラブコメ作品に登場する幼馴染ポジションのヒロインは、いずれも神様から与えられし“絶対”を持って産まれてくる。

 ならばこいつも、そうだろうか? そう聞かれたら僕はきっと……違うと答える。


 こんなにも弱い部分があって、こんなにも愚かで……優しくて。そんな奴に告白をされても尚揺るがなかった心に――ちょっとだけ、光がともった気がした。

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