第17話 彼女と激情

 テスト返却の翌日、僕達は朝のホームルームでクラスメイト達と話していた。


「クロエ、そう言えばテスト何点だった?」

「ん?1点」

「は?」

「1点」

「マジで?」

「まじで」

 こちらは男子サイド


「ねぇねぇ藤宮さん、テストどうだったの?」

「もしかして全教科満点?」

「キャーすごい藤宮さん!流石委員長!」

「いや……ちが」

「藤宮さんはやっぱり見た目だけじゃなくて頭もいいんだ!」

「いや、だから」


 藤宮さんが女子達に押されてる。


「すげーな委員長は!流石俺達のだぜ!」

「全教科満点とか」


 男子達も混ざり始めた。


「流石!私達のの藤宮さん!」


 藤宮さんもいい加減鬱陶しくなったのか、ここで少し語気を強めて反論する。


「満点じゃない!168点だ!いい加減しつこい!」

「えっ……」

「……168」


 藤宮さんの言葉にクラス中が固まる。


「あはは、藤宮さん冗談だよね?」

「5教科で?」


 まさかというクラスメイトの声を。その声を受け藤宮さんは少し悲しそうな表情で呟く。


「……悪いかよ」


 その表情と言葉が本気だと悟るとクラス中は声を潜めて周りとヒソヒソ話している。


「えっうそ?マジで委員長が?」

「流石に……ありえないよね」

「クラスの代表が赤点なんて……」

「俺達の「私達の」が……」


 藤宮さんはどこかバツが悪そうに下を俯きプルプル震えている。

 その光景に担任の園田先生が口を開きかける。


「おい、おまえら……」

「ねぇ……君たちは何を言ってるの?」


 園田先生の声を遮る程の声……正確には威圧と冷酷さを持った言葉にクラス中が振り向き戦慄している。


 ーー声の主、僕の顔を見て


「えっ、クロエ?」

「クロエくん?」



「さっきから聞いてたけど、君たちは何を言ってるの?」


 僕は続ける。


「何って……」

「だってなぁ……」

「委員長が赤点なんて……」

「クラスの恥……」


 その言葉に僕の感情の決壊は簡単に崩壊した。


「点数がとれない事がそんなに悪い事なの?」

「いやだって……」

「なぁ……」


 周りに同意を求め出す。


「そもそも僕はともかく、藤宮さんは皆から推されて委員長になったんだよ?だったらその理屈なら1番頭がいい人が委員長になればいいんじゃないの?このクラスで1番は誰?」



 僕の発言にクラス中は静まり返る。


「それにさって何?なんでそんな事を藤宮さんに押し付けてるの?理想って自分で目指すから意味があるんだよ?なんで他人にその理想を押し付けてるわけ?」


 僕の言葉に誰も何も言えない、先生さえも。

この時初めてクラス中が理解した……クロエが怒っている事に。その事実に呆気に取られ何も言えないでいるのだ。


「だいだいさぁ!君たちは藤宮さんを全然理解してないよ!そんな上っ面ばかりみて、表面ばかりみて、藤宮さんの内面を全然見てないじゃないか!!」


藤宮さんは僕の方を真っ直ぐに見つめている。どこか潤んだ瞳で……


「藤宮さんが勉強してないとでも思ったか!藤宮さんはな……藤宮さんは、食事の時も放課後も必死で勉強してんだよッ!いっつも遅くまで頭を抱えながらッ!その努力も知らないで、何が理想だ!何が委員長だ!!藤宮さんの事を知ったような口を聞くなぁぁぁぁ!!」


 はぁ……はぁ……と僕の息遣いだけが教室に響く。

 静まり返る教室、激情と緊張の渦で誰も何も言えない……辺りに静寂が訪れる。唯一時計の音だけがその中に無機質に響き渡る。


「……クロエ……お前」


 それを破ったのは藤宮さんだ。そして次の言葉に僕は息を呑む。


「泣いてるのか……」

「えっ……」


 僕の方を見た藤宮さんは驚いた表情で呟いた。

 僕は気づいていなかった……自分の頬を一筋の雫が流れている事に。


「ッ!!ご、ごめん」


 僕は袖で涙を拭うと足早に教室を出ていく。去り際に先生に「今日は帰ります」とだけ告げて……

先生はどこか寂しそうに「わかった」とだけ告げて送り出してくれた。



 あとに残された人達はその光景を黙って見つめる事しかできなかった……






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