猫と包丁

僕は駄菓子屋の子供なんだけど、お父さんお母さんは夫婦旅行に行ったんだ。


僕も着いて行きたかったけど、僕はそれじゃ親に楽しんで貰えないだろうと我慢して車を見送ったんだ。


お婆さんも何考えているんだか知らないけど、一日温泉旅行に行くって言い出して、どこかの温泉にバスで友達と行ってしまったよ。


親は三泊四日、お婆さんは一泊二日だ。


お婆さんは夜に帰って来るって言ったからほぼ二日は一人で暮すのか。


友達のうちに泊まる様な感覚がしてならない。勿論、それは嬉しいのさ。


僕は、泥棒やオバケが出るのは怖くない。

一人でいるのは八歳だから怖くない。

僕には変身ベルトがあるから。


僕が怖いのは、旅先で居なくなってしまう様な気がする家族の事さ。


そんな一人で過ごす、初日の夕方さ。

店を閉めようとシャッターを降ろしていたら二足歩行の猫が包丁を持っていた。


身体が威嚇して膨らんでいた。無口で立っている猫に、僕は数々の疑問が駆け巡る中、何とも言えない恐怖に教われていた。


烏が今回に限って電柱に止まらないで過ぎて行った。


今まで息をするのを忘れていて、フウと溜め息をした瞬間、猫は僕に飛び乗って来た。

僕は必死に振り払おうとしたけど、転がったラムネを踏んづけて倒れてしまった。


猫はぎこちなく包丁を両手で掴んで、僕の上に跨がり顔に包丁を向けた。


緊張感のある夕方。猫はやる気の無い空腹の音をたてた。


『食い物を買いに来ました』

猫は覚えたての台詞を言う役者の様な喋り方でそう言った。


僕は死というものを感じながら言葉を選んで答えた。

『何が欲しいですか?』


猫は上の戸棚にある缶詰を指した。言いたくは無いのだが、恐る恐る言った。

『届かないからどけてくれない?』


猫は素直に

『分かった』

と言うと跨がるのをやめた。


僕が缶詰を取っている間、猫は包丁を下に置いて正座していた。


缶詰を取り不安ながらも聞いた。

『100円になりました。』


猫は困った顔を一瞬して、小銭をチャラチャラと落とした。


『足りないです…』

『…必死に集めた』

『…16円しかないなぁ』

『足りないか?』

『うん…』

『これ』


猫はそう言うと包丁を差し出した。

『料理さん毎日ご飯をくれた。おいは、料理さん…好き。料理さんになりたい。仲間に食べさせたいけど、おい、死にそう。だからこれで勘弁…』


僕は少し迷ったけど答えは出ていた。

『包丁もお金も要らない。君は僕の友達だからただ!』


猫はゆっくり顔をあげた。

『友達?…仲間?』

『そう、仲間』

僕はゆっくりと噛み締める様に言った。


シャッターを閉めて、猫を家へ招待した。

そこで今夜、お婆さんが置いていった材料とメモでカレーを作る事になった。


猫はお茶に手を付けず、茶の間のテレビを見ていた。僕がジャガイモを切っていると、椅子を押して隣りに並んだ。

『どうしたの?』

『トモダチ、おいもやる。』

猫と一緒に料理をした。その間気になる事を聞いた。

『どうして包丁を向けたの?』

『テレビやってた。』

『それは、間違ったやり方だから駄目だよ…』

『分かった。』

『包丁はどこから持って来たの?』

『ゴミ、落ちてた。料理さんなりたい。四つ足、包丁持てない。二つ足持てた。クラクラ大変。言葉、少し聞いてた。意味も、少し分かる。おい、勉強した。でも、文字…分からない。』

『そうか!とても偉いよ!』


そう言うと猫はムスッとした顔で玉葱に苦戦していたけど、尻尾を妬けに振っていた。


カレーが出来た時、猫はやっとお茶を飲んだ。猫が猫舌なのは本当なのだなと思った。

だけど猫はカレーの出来たてを平らげた。

『上手い』

そう言った。


口の周りの毛にカレーがついていた。だから時間も時間だしお風呂に入る事にした。

『熱いよ?』

『頑張る』

『!?』

『大丈夫?』

『…うん。温かい。』


二人の布団で一緒に寝た。お父さんもお母さんも居ない部屋で、猫もそんなに喋るのが上手じゃないから、少しばかり静かだったけど。寂しくは無かったんだ。

『明日の朝も食べていくと良いよ。』

猫は寝ていた。


翌日猫は味噌汁を作っていた。材料とか良く分からない筈なのに上出来だったけど、濃かった。

『濃いね。』

『おいたち、味覚薄い。これが良い。』

猫は満足げな顔をしていた。


お昼、旅立つ時が来た。猫はこれから料理人になる。僕は押し入れからバッグを取り出した。


少しばかりのお菓子、調味料、食べ物、使って無い食器、言葉を覚えなきゃ苦労するから、重いけど辞典を持たせた。


不安ながらも起き

『重い…』

そう口に漏らした。


『これから、おい頑張る。料理さんなる。弟子なる。今度来る時は料理さん。それまで忘れない。来ない。』

『分かってる‥そうしなきゃ猫の為にならないもん。』

『うん…なったら来る。んでね、町に連れてく。猫町。店を開いてる。』

歩きながら猫は言った。


僕は見送った。

手を振って見送った。

猫はもう一度だけ振り返った。




※※※




『もしもし?』

『はぁ!猫!?』

『弟子にしてくれ』

『え…』

『この通り。』

『色々聞きたいんだけど…』

『ニャオ』

『…!』

『ニャオニャ~オ』

『分かった分かった!?弟子にしてあげる!だからそんなに泣かないでおくれよ‥』

『泣いてない。鳴いているだけだ。』

『あぁ、そうかい。君は運が良いね。僕は料理長だ。』

『偉い。』

『そうだ一番偉いんだよ。でも、君がいるとちょっとややこしいから地図を書いてあげる。君には僕の家で修業してあげる。』

『大丈夫。トモダチ貰った。印、頂戴。』

『おお!そうか!こりゃ頑張らなきゃな!』

『うん。』




※※※




その日の夜。

お婆さんに話したけど信じて貰えなかった。お父さんお母さんに言っても信じて貰えなかった。


そして月日がながれた。


ある日、黒猫が二足歩行をしていた。

『トモダチさんですね。』

『はい…』

『猫さんが猫町に招待したいそうです。』

『猫ですか!?』

『はい。それにあたってのお詫びと感謝を読み上げます。』


「トモダチよ、じでかけるようになりました。ごめんよ。りょうりのしゅぎょうをがんばってやってみとめられて、みせをもった。ねこ、料理さん。ごめんよ。これしかかんじがかけないんだ。べんきょうする。そして、いそがしくてかわりのねこをおくりました。おなかはすかせてね。」


僕は涙が止まらなかった。

そのまま猫町に来て、料理店を見つけた。猫は料理服を丁寧に着てチャーハンを炒めていた。


『!?トモダチ。』

猫は僕の左足に抱き付いた。

『ありがとう。』


僕だけ特別室に招待され、猫の料理をご馳走された。

以前に比べ僕ごときだけど、手際が良く、相変わらず濃いけどとても美味しかった。


猫はどうやら猫国宝に入ったそうだ。

【貴方は猫の食文化において多大なる影響をもたらしました。今なお続く貴方の活動にこの賞状を授けます】

と掛軸があった。


そして悲しい話を聞かされた。猫は海外に行くのだそうだ。

『もう会えなくなるの…』

『大丈夫。またこれ位の時には帰ってくるから。』

『そうか…夢だもんな!』

『うん。』

『一つ聞いて良いかい?』

『なんだ?』

『メニューみたけどカレーが無いよね?あの時一緒に作ったじゃん。』


僕はその後の猫の言葉に泣いた。

『うん、いくら頑張ってもあの時みたいに美味しいカレーが出来ないから、店に出せないんだ。』

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