煙草
ガラガラガラ...
男は、カーテンを避けて窓を開けると、サンダルに履き替えてベランダに出た。
手に持った箱からタバコを一本出すとそれを口に咥え、もう一方の手に持ったライターでカチリと火をつけた。
「フー...」
ふわぁ、と、灰色の煙が登る。
男は後ろに振り向くと、手すりに体を預けて上を向いた。
何秒ほど上を向いていたのか、男はふっと視線を戻し、自分の部屋を見ながら思った。
(厄介な事になったな...)
(うーむ...)
(どうしたもんか...)
(この、"死体"...。)
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20分程前の事。
突然部屋のインターホンを鳴らされ出てみると、記者を名乗る女に強引に部屋に入られてしまった。
その女はどこで調べたのか、男が過去に、自らに暴力を振るっていた父親を殺害した事を知っている、と、分かりやすい脅しをかけてきた。
女は勝手に椅子に腰掛けると、どうするかは貴方に委ねるとえらく余裕な表情をして言った。
他にやりようが無かったのだ。
男は、女が護身用の武器を持っていた場合に備えて、一度瓶で殴り、気絶させてから手で首を締めた。
何十秒ほど力を込めていたか、女の顔が真っ赤に腫れ上がり、指先ひとつ動かなくなった頃に締めるのをやめた。
とりあえず、女が部屋に上がってから触れた場所全てを布で拭き、リビングにレジャーシートを敷いて女を移動させた。
その後、瓶と床に付いた血痕を拭き取り、一先ずそれなりの対処は行った。
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男は、昔から考え事をする時はタバコを吸う習慣があった。
だからその日も、リビングでレジャーシートの上に横たわる死体の処理を考える為、いつものルーティーンを行っていた。
(.............。)
タバコがだいぶ短くなると、足元の灰皿に押し付け、タバコの火を消した。
頭を掻きながら部屋の中へ戻ると、死体の隠蔽工作に着手した。
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男は、女のポケットから取り出した身分証明書の数々を見ながら考えた。
初めに男が考えたのは、女の首にベッタリと残った、自分の手形の事だった。
この女の親戚や交友関係は不明だが、日本の警察にかかれば、すぐに行方不明事件として捜索されてしまうだろう。
そうなれば、女が最後に目撃された場所を洗うのは当然で、結果、行方不明になる直前にこのマンションに入っていた事が防犯カメラから見つかるのは明白だった。
この辺りは住宅街が多い為、死体をどこかに隠そうにも恐らくすぐに見つかってしまう。
ならば、後は首に残った手形から、犯人は自分だと特定されてしまう。
そこで男は、"手形さえ見つからなければ何とかできる"と考えた。
この女が死んだのはついさっきで、恐らく一階の防犯カメラに写ってから30分程度しか経っていない。
今このマンションの屋上から放り投げれば、手形諸共グチャグチャになり、手を加えれば自殺に偽装する事も出来る。
男はまず、寝室の引き出しからある薬を取り出した。
それは海外旅行に行った際に購入した、大麻の袋だった。
男は、女の服のポケットに中身をほとんど空にした袋を入れると、レジャーシートで死体をくるみ、屋上へ運ぶ準備をした。
これで屋上から放り投げれば、女のコートのポケットから袋が発見され、僅かに残した大麻が検出される。
これで自殺の理由は、"薬が切れたことによる錯乱"と結論づける事が出来る。
男はレジャーシートにくるんだ女を担ぎ、屋上へと運んで行った。
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階段で屋上へ出ると、レジャーシートの紐を解いて広げた。
そしてレジャーシート越しに女を抱えると、死体だけを柵の向こうへと頭を下にして放り投げた。
暫くして、下から水袋が破裂したような音がしたのを確認すると、レジャーシートを纏め、急ぎ、自室まで戻った。
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先程の"あれ"はすぐに騒ぎになり、マンションの住人が通報したらしく、瞬く間に警察が訪れた。
男がコーヒーを淹れ、本を読んで居ると、玄関のインターホンが鳴った。
男が玄関を開けると、そこには背広の男が二人、立っていた。
一人は、如何にも熟年の刑事と言った風貌をしており、もう一人はその刑事と比べて少し若い印象を受けた。
男は、二人の質問に疑われぬよう適当に答え、その場を平然とやり過ごした。
二人が一通り質問をし終えて帰ると、男は再び机に戻った。
コーヒーを一口飲むと、読みかけだった本を開き、再び読書へと戻った。
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数日後。
その日は、急に訪れた。
男が自室で仕事をしていると、インターホンの音とともに、ガンガンとドアを叩く音が聞こえた。
男は手を止めて玄関まで行きドアを開けると、それは突然告げられた。
「○○さん、××氏殺害の容疑で、逮捕する。」
熟年らしき刑事は片手に手錠をぶら下げ、もう一人の刑事は逮捕状と思われる紙を男に突きつけていた。
男は署まで連行されると、取り調べで様々な事実を述べられた。
もはや抵抗の余地は無いと考えた男は、その場で自供した。
男はその後、一つだけ最も決め手となった証拠は何だったのかを質問した。
「...タバコだよ。」
「タバコ?」
「被害者のコートからタバコの臭いがしたんだ。だが調べてみると被害者は非喫煙者だった。」
「コートに染み付いた煙からタバコを特定した。あのマンションの近所のコンビニ全店舗当たって、同じ銘柄を買っていった人間を探した。」
「...残念だったな。あんた、中々いいヤツ吸ってたみたいじゃねぇか。おかげで買う奴が少なくてすぐに分かったよ。」
男は最後まで聞き、呟くように告げた。
「タバコか...」
「禁煙、何度か考えた事もあったんですがね。やはりしておくべきだった。」
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その後、裁判で有罪判決を受けた男は、懲役刑を言い渡された。
その後刑務所に収監されたその男は、これ以上なく人当たりが良かった。
模範的な態度を取り続け、看守や他の囚人に対して細かな賞賛を積み重ね続け、所内の誰からも好印象の存在となっていった。
そうした働きを半年以上積み重ね続けた結果、遂には異例の速度での仮釈放が決定された。
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そして刑務所に収監されてから僅か数年後。
男は仮釈放され、刑務所の門をくぐった。
一先ず昼食を取ろうと歩みを進める。
手に持った箱からタバコを一本出し、それを咥えようとした所で手を止める。
「...いや、やめておくか。」
そう言うと男はタバコの箱を握りつぶし、道端のゴミ箱へと放り投げ、どこへともなく歩いて行った。
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